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明美の駆け足:ショートショート

 視界のずっと先が朝もやに覆われた湖のほとり、明美の姿もほのかに霞んでいて、ともすると彼女はやがて消えてしまうのではないかと、あられもない不安に苛まれた。
 そんな心配などどこ吹く風、彼女はロングスカートを膝まで捲り上げ、浅瀬をのらりくらりと楽し気に歩きまわっている。何を思ってか、ときおり水面をパシャリと蹴り上げたりする。威勢よくそうするわりに、水しぶきは彼女の繊細な足首とまるっきり比例するように儚いものだった。
 よほど楽しいのだろう彼女はそのたびに子供みたいに笑った。

 するうち、浜に上がろうとする仕草を見せたので、僕は言った。

「だめだよ」

「どうしてー?もう飽きた。そっちに行きたい」

「こっちに来たって、いいことなんか何もないよ」

「そんなの、行ってみなきゃわからないじゃない」

「ここはね、汚いんだよ」

「汚い?」

「そう、汚れているから、そのまま上がってみ。足の裏が真っ黒くろすけになっちゃうよ」

「それでもいいの、そっちへ行きたい。汚れているなら、きれいに掃除してさしあげます」

 そう言って彼女は、スカートを一段と捲り上げ、ぴちゃぴちゃとこちらに駆けた。反対に僕は、慌てて彼女の方に向かい、腕を突っ張り棒のようにしてその両肩を掴み、彼女を湖水のなかに押しとどめた。

「だめだめ。そこで生きている命もあるんだから。生態系を破壊しちゃいけないよ。汚れずに上がりたいなんて、恐ろしいことだ」

「じゃあ汚れてもいい。そっちに行くの。離してー」
彼女はもうスカートをひらりと落として、裾を水面に浸した。そして僕の手を力の限り掴んで、己の方から外そうとする。
思いのほか彼女の力は強く、のけぞりそうになる。

「こら明美、僕は君をそのままにしておきたいんだ」

「知らない!」

さっと明美は、後ろに身を引いた。

『しまった!』と思ったときには、僕は前のめりになって勢いそのまま、水のなかに飛び込んでいた。

しかしむろん、瞬時の間に、水を吸って重たい服の体を引き起こし、ぶはっと喉を鳴らした。

見えもしない朝もやの向こうに目をやりながら、

「おれ泳げない!」

と叫んでいる自分がいた。

 ハッと我に返って後ろを振り向くと、明美があっかんべーをして軽快にどこかへ走り出した。そのあとを僕は重たい足取りで追いかけた。ひょいひょいと身軽な駆け足で、上手に走って見せる器用なその後ろ姿が、羨ましかった。そして僕は彼女に嫉妬した。

( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>