子どもにとって「褒められること」こそが唯一として最大の原動力であり、必死に取り組むものである。 我が家の目の前には青く煌めく…とは程遠い陸奥湾が広がっている。景色を楽しむようなきれいな海ではなく、やや陰気臭さが漂う至極普通の海である。実際すぐそばに小さな漁港があり、「番屋」と呼ばれる漁師小屋が立ち並び、漁網や浮き玉といった漁具がそこら中に山と積んであるため、いつまでも魚臭さが染みついている小さな町だ。 海水浴ができるような砂浜は見当たらず、何キロも続く堤防が海を遮り
まだ明かりがついていない大きな赤提灯の下で、開店するのをソワソワしながら待っていたのだが、常連客らしき3人が私の前を通り過ぎてさっさと店内へ入っていった。曖昧な開店の仕方だなと明かりがつくまで真面目に待っていた私は恥ずかしくて居たたまれなくなったが、ここで引いてなるものかと常連客の後に続く形で暖簾をくぐった。 「はぁ?つぎ何人?今来たばかりだからすぐ出ないよ何も」 「あぁ…あとから2人くるんだけど、いい?」 「はぁ…いいよ、ほら空いてるとこ座りな!」 相変わらずの威勢のよ
子どもの頃からの習慣は意外に抜けないものである。 我が家では入浴する際、家の風呂に入るということはほとんどなかった。祖母は「風呂のボイラーが壊れている、そのうち修理するから」と言っていたように記憶しているが、私は毎日のように近所の温泉銭湯へ連れ出された。いつも晩飯を終えるとすぐに、てぬぐいを首にかけてもらい黄色いケロリンの風呂桶に着替えを入れて風呂敷で包んだものを抱えたまま、家からまっすぐ海沿いを歩いていく。今日もあの熱い風呂に入るのか、今日こそは祖母の目を盗んでこっそり
子どもの頃から『かさじぞう』という昔話が大好きだった。 あるところに貧しい老夫婦が暮らしており、爺さんが正月の餅を買うために町へ笠を売りにいったが一つも売れなかった。帰り道で通りがかった雪深い峠に地蔵様が寒そうにしているのを見て売れなかった笠をかぶせてあげた。笠が足りなくなると自分のてぬぐいもかぶせてあげた。帰って婆さんにそのことを話すと、それはいいことをしましたねと喜んで出迎えた。夜中に物音がして外を見ると玄関に米や野菜や着物などたくさん置いてあり、お地蔵さまが帰ってい
今日は見事な秋晴れで最近では一番過ごしやすい気候に恵まれた日ではなかっただろうか。暑すぎる日、涼しすぎる日の繰り返しで気力もいよいよすり減ってきたところでいくつもの不調が心身を襲っていたこの頃。顔面にヘルペスという名の熟したイソギンチャクをいくつもへばりつけた状態で数日間を過ごした。声を出すほど痛いわけでもなく熱が出るわけでもないが、ただただ不快感で全くもってさっぱりしない。そのうち治るだろうとたかをくくって放置したせいで悪化し、顎の下まで腫れてしまい頭を自由に動かせないま
昔の父と母は同じ大学の剣道部で出会ったそうだ。2年先輩の父はすでに彼女っぽい女性がいたが、いまでいうサークルの新勧で周囲がざわつくほどに美人であるミニスカートの女子に一目で恋に落ちたそうだ。映画『ある愛の詩』のヒロイン女優アリ・マッグローにそっくりだったと言っていた。彼女がいるにも関わらずアタックして大変な修羅場を経験することになり、当時1年生だった母は上級生からの過酷な嫌がらせに対して3倍にして返したとニヤついていた。強い、強すぎる。そんな超絶強気な母にすっかり依存的にな
北国ではどうやら夏休みが終わったようだ。日中の時間帯にあちこちで見かけた子供たちの姿が見えない。学校がはじまり日常が戻ってきた証拠だ。我がコインランドリーでも子供連れの客は見なくなった。教育現場ではこれから2学期とよばれる長い長い退屈な時間がはじまるのだろう。 夏休み中、しこたま楽しい毎日をすごし、ゲームやスマホのような秘密道具が手を伸ばせば届く距離に常にあり、お腹が空けば自由にお菓子やジュースをたらふく飲んでいた甘々な環境から意を決して抜け出さねばならない。あきらかに
普段からよく車に乗る 地方だから当然、車は一家に一台どころか一人一台だ 職場まで車で片道1時間半かかる、なんてのもここでは珍しくないのだ 公共交通機関は最初から選択肢にない 電車やバス移動なんて非現実的よね、ぐらいにみな思っている 私は運転が全く苦ではない 2時間くらいの場所ならば思い付いた瞬間に出掛けていく 確かに体力的に足腰がきつい、という現実はある、もうそういう年齢だし無理はできないとは思ってきたところだ ただ精神面では運転している間、実に楽しい時間なのだ 私はよく
つい先日の話である 今年にはいって父方の祖母が亡くなったため新盆にあたる今年の夏は、数年振りに親族一同が集まることになった 以前にも母親の七回忌法要を行おうと計画していたが、あのコロコロリンが日本中に広がりはじめたため急遽取り止めた以来だから、かなり久しぶりのことだった 地方のお盆は気合いの入りようが全く違うのだ 地元のじさま、ばさまは早くも明け方からスタンバイしている お盆がはじまる2週間前には墓周りの雑草を刈り、除草剤のかわりに熱湯あるいは塩水をまいておき根絶やしにして
ほんの少しだけ、こだわっていることがある 私にはそういうちょっとしたこだわりやルールがたくさんある 独特な感覚の持ち主のようで他人からはなかなかに気味の悪い話 自分でもこだわりの理由が謎であることぐらいはわかっているけど いつだってホクホクしているのさ そんな私のここ最近になって新たに追加されたルーティンを1つ ソレとの出会いは2ヶ月ほど前だろうか 独特なPOPが購入意欲を刺激してくる地域の名物スーパーに行った 常に攻め攻めなハイセンス、色々とギリギリなワードを並べたりして
私はコインランドリーが好きだ。 昔住んでいたおんぼろアパートのすぐそばにあった古いコインランドリーを思い出すのかもしれない。雑居ビルの1階にある狭くて小汚ないコインランドリー。錆びた丸いパイプ椅子が2つか3つおいてあるだけの簡素な店内で、乾燥機の轟音と店内に流れるローカルラジオを聞いてボーッとする。床に無造作におかれた灰皿にたばこの吸い殻があふれていて、缶チューハイやカップ焼酎の空ビンが転がっているこの治安の悪さも、薄暗くて少しカビ臭い感じもグッと来ていた。 学業にア