「うつ病」になって。終わりが見えない、「生きるのつらい、もうむり」
「生きるのつらい、もうむり、早く解放して」
いま、ただただそればかり頭ぐるぐるしているつむです。
まさに「梅雨」というようなお天気ですね。
こんな日、きっと、多くの方がどんよりとした気分になるのかな。
体調も悪くなりますよね、つらい日々です。
そして、例に漏れず、つむも今日も「つらい日」です。
全てが、何もかもが、「生きることが」つらい、終わりが見えない日々です。
「うつ病」って。もう生きるのむりだよ。
そもそも「うつ病」ってなんだろう。
うつ病。ってそもそもなんだろう。自分が罹患してみると、本当になんて残酷なんだろう、と思ってしまいます。(※あくまでも主観です)
媒体はなんでも、調べれば似たり寄ったりなことが書いてあります。
症状、原因、治療法、などさまざま。
ちょっと?かなり?前に、「こころの風邪」なんて表現が広まった頃があったような記憶があります。いまでも、そのような認識の方も少なからずいらっしゃることでしょう。
この、「うつ病はこころの風邪」という表現は、
精神疾患はなにも特別なことでなく、誰に起きても不思議でないこと。そこから心療内科、メンタルクリニック、精神科等への受診のハードルをさげよう。悩みを抱え不安に思っている人が一人で抱え込むことなく、少しでも気軽に受診できるよう、そして世間一般に対しても、誰にでも起こりうる身近な疾患である、ということを伝えたかった、という背景があったということを見聞きしたことがあります。
(諸説あると思いますので、間違っていたらすみません。読み飛ばして下さい。)実際に心療内科等の受診者はその後増加した、統計もあるとか…。
しかし。のちに医学会からはこの表現に対し、警鐘を鳴らす意見が多く聞かれるようになりました。
表現の問題、その背景にどのような意味が込められ、など様々ですが、
「そんな簡単な、軽々しい言葉で表してよい疾患ではない、誤解を招く」
「脳の病気だ」などなどなど。
(こちらも諸説あると思います。その中でも、自分が知っている、専門家が書籍等に記載した表現を拾ったつもりですが、間違い等があったら申し訳ありません。深入りせず読み飛ばしていただけたら幸いです。)
自分のこれまでは。ずっと「生きるのつらい」と思ってたよね
実際、自分の過去を振り返ってみて。
プロフィールにかいてあるとおり、
物心ついた時から「生きることはつらいこと」これが当たり前だと、本気で思って生きてきました。
「生きることはなんてつらいことなんだろう。なんの修行なの」とか。
小学校も大嫌いだったけど、
中高時代の「絶賛不登校、引きこもり。」
のちの出席日数ギリギリ、墜落寸前、超低空飛行の出席日数と成績。
当時の自分がどんな診断名をつけられていたのか、
主治医がどんなことを話していたのか、自分はよく知りません。(何故。)
ただ、無気力だったこと、人と会うのが怖かったこと、
そして「生きるのがつらかった」こと。
これは、今でも確かに覚えています。
「こんな人生、早く終わってほしい」明確に、毎日、ずっと思っていました。日曜日の夜は、学校に爆弾でも落ちないかな、とか毎週本気で考えてました。(今思えばアホ。)でも、当時はおそらくそのくらい必死でした。
嫌だけど、学校に行かないと進学できないし、大人になれない、仕事ができなければ、生きていけない…。
まるで生きることが押し付けられた「義務」かのような。
でも、学校に行くのが怖い、行きたくない。そして、親からは怒られる。
こんな毎日のどこが楽しいのか、苦しみに決まってます。
出席日数ギリギリの高校生生活も、何かのたびに、「行きたくない」VS親。
永遠、この繰り返しの6年間。まさに地獄の毎日です。
そして、「勉強」も…。得意不得意がかなりはっきりしていた自分は、苦手科目の勉強となると気が狂いそうでした。
そして、こんなに苦しんで進学し、大学生や大人になったところで、
「この生きる苦しみは一生変わらない。どうせいつか死んじゃうんだから早く終わればいいのに。」
と思っていました。しらけた生徒、学生だったと思います。
これをどの程度、と判断されるのかは分かりません。
当時の自分は、自分なりに、これでもかというほど毎日苦しみ、
深刻に悩んでいました。それはもうここまでの記述でしつこいというほどお分かりいただけたと思います。
あ。。🧸実際に自分で過去に書いていたんでした。笑
お読みくださった方もいらっしゃると思いますが、
その記事をご覧になりたい方は、
もしよろしければ以下をご覧ください。
そして
過去の書類を探していたら、
当時の診断は、
起立性調節障害
社会不安障害
神経性無食欲症(いわゆる摂食障害。の中でも拒食型)
そして、「抑うつ状態」。
知らない間に、抗うつ薬もしっかり飲んでいました。💊
喉元過ぎれば熱さ忘れる。なのか。
いや、でも。
当時は当時で、人生はなんて地獄。と本気で毎日思っていました。
だから、過去と今を比較することは難しいけれど、
どちらも生きることに苦しんでいた、これは紛れもない事実です。
じゃあ、いま(大人になってから)は
自分で自らの不調に気づき、自覚していながら
仕事のいそがしさを言い訳に、そして、しばらく経てば治る、気合い。なんて微かな期待もあり、受診せずにしばらく過ごしたがために、
というよりは、「もうこれはあかん。」と感じるまで放っておいた自己責任です。受診にたどり着いた時には、
もう、はっきりと「うつ病」評価を加えるなら「かなり重度」と言われました。のは覚えてます。(その評価は果たして本人に伝える必要があったのか。)
なんとなく自覚があったから受診した、そして医療職でもあった自分です。予測ができなかったわけがないのですが、いざ言われると、
「あ、ついに片足深く突っ込んでしまった」と思いました。
そして、もう当時はボロボロだったので記憶も朧げですが
不眠、というかオール。食欲もなにも、なんの意欲もないです。という感じだったと思います。
そしてほんの数ヶ月後には、
本当に自分でも気付かぬうちに「自殺未遂」ということになりました。
しかし、未遂に終わったがために、悔しさゆえか、どうしても終わらせたかったのか、当時の自分は、それを一度では終わらせられませんでした。
未遂を起こすまでに、希死念慮が常に頭のどこかにあったのか、突如起きたことなのか、いまだに自分でもよく分かりません。
だけど、その時思ったのは、人間追い詰められるとこうなるんだな。ということです。(その背景や、原因はひとりひとり、みな様々だと思います。)
いま、ここでぽちぽちと文章を打っているということは、
この「つむ」は結局のところ、いまだ生き延びてしまっているようです。
今。生きるのつらい。終わりが見えない。もうむりだ
だけど。未遂に終わったあの後から。
そして、今回休職してから。
「生きるのつらいよ」「もうむりだよ」という思いは
強くなる一方。そして、強弱あれど、常に離れない。
何か些細なことをきっかけに爆発的に威力を増すこともある。
学校も仕事もいかず、家にいるだけなのに。
意味も理由も理屈もない。
じゃあもう、どうしようもない。
うつ病だから?症状のひとつ?そんな理由で、耐えられない。
気持ちが落ち着くまで、ゆっくり過ごしましょう、
少しずつよくなるようにゆっくり過ごしましょう。
休職して2年。もう2年も仕事から離れてる。今や引きこもり。
生活の中に、何もストレス源がないわけではないけれど。
こんなのきっと多分絶対。治らない、治らないよ一生。
生きるのがつらい。もうやめたい。
でもそうかんたんにやめられるものでもない。
なんで。どうして。どうしてこんなに生きるのつらいのに、
まだやめられないの。もうむりだよ。いやだよ。
やめさせてよ。おねがいだから。
後なにをしたら許してもらえますか。この苦しみでしかない人生から解放してもらえますか。
これは、もはや冗談でもなんでもなく、
真剣に、真面目な、心の叫び、悲痛な叫び、願いです。
でもそんなこといくら願っても、誰かに言ったとしても、言える人なんかいないけど、叶わない。叶わないけど、もう限界で、
もう限界だけど、
やめられない、逃げられない。
仕事は転職、退職できるのに。転職できるなら、人間から他の生き物になれないの、人生を退職することは自分で決められないの、とか真面目に考えてたり。
嫌なことからは逃げてもいいんだよっていうのに、人生はだめなんでしょ。
逃げるが勝ち。ともいうじゃん。逃げ恥なんて素敵なドラマもあったじゃん。なのに。なんでよ。なんでよ。なんでダメなの。だなんて思って、思い詰めて。
どうしたらいいかわからない、どうすることもできない、
堂々巡りな、近頃のつむです。
冷静に、これはちょいとよろしくない、真面目に思ってることだけど
よくない傾向が続いているかもしれません。
この度も実に不適切な言葉、表現の数々、捻くれまくった考え等々、
ご気分を害された方にはお詫び申し上げます。
申し訳ございませんでした。
でも、これは嘘でも遊びでもない、いまの自分の本当の気持ち、究極に追い詰められた心の叫びだと、それは事実だということをご理解いただけたら幸いに思います。
このような気候のなか、みなさま毎日本当にお疲れさまです。
なにもしてない、こんな自分が弱音ばかり吐いていて、申し訳なく、情けなく思います。
おつかれさまです。
本日もここまでお読みくださった皆さま、本当にありがとうございました🫧
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