悠木りん
『星美くんのプロデュース vol.1〜』(ガガガ文庫)のSSをまとめてあります。
『悪い魔法使い』 「しーちゃん、今度のハロウィン、一緒に仮装しない?」 「ぅえっ!? は、ハロウィンですかっ……!?」 ある日、学校へ行くと聖蘭ちゃんが目をキラキラさせながらそんなことを言ってきた。ハロウィンってあの、集団心理で倫理の箍が外れた人たちが露出多めの格好で渋谷を練り歩く奇祭のこと……!? 「むむむ、無理です……! 普段の渋谷ですらまだ怖いのに、あんな魑魅魍魎が跋扈するハロウィンの渋谷なんて絶対に無理……! 生きて帰ってくる自信ないです……!」 「……心寧、
学校の屋上から見上げた空は、珍しく晴れていた。澄んだ青には、小島のような白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。 「夏だな」 降り落ちる陽射しに手を翳すと、顔にその分だけ影が落ちた。 陽を浴びている掌と、陰になった顔と、どちらも感じる温度は変わらないけれど。 この地下都市では、空の有機ディスプレイに映る天気が晴れだろうと雨だろうと気温はほぼ一定で、人工太陽は本物の熱を降らせはしない。 だから、どれだけ季節が巡ろうとも、それは多くの人にとってはただの暦の上での区
『特別に、変わらずに』 「この後そのままカラオケ行ってクリスマス女子会やるんだけど、心寧さんもこない?」 十二月二十五日。 終業式も終わり、長期休みとクリスマスの到来に浮き足立つ教室で、クラスの女子(ギャル)からそんな誘いを受けた。聖蘭ちゃんに誘ってもらって度々一緒にお昼を食べる派手めのグループの子だ。 「え」 まったく予期していなかった誘いに、思わず真顔で振り返ってしまう。 「いや、心寧って一人しかいないでしょ、このクラスに!」 「あ、そ、そうでした……」
『紛らわしい』 「あ、心寧、待ってたよ!」 扉が開くと中からぴょこり、と顔を覗かせたのはまるでうさぎの耳みたいに、高い位置に二つお団子を作った髪型の星美くん(ジルちゃん)だった。えっ……。 「な、なんですか、それ……⁉︎」 「え、変、かな? うさぎっぽいヘアアレンジにしてみたんだけど」 絞り出すように問いかけると、星美くんはしょん、とした顔でお団子に手をやる。その姿は耳を畳んでしょぼくれるうさぎみたいで。ぅぐっ……こ、こんなの……! 「――か、可愛すぎます……っ
『理想のメイド』 ふわり、と目の端で真っ白いフリルが踊った。 人通りの多い駅前の通りは、いつも俯きながら早足で通り過ぎる。それなのに、視界の隅に映ったそれが気になって、わたしは思わず足を止めて振り返った。 そこにいたのは、メイド服を着た一人の少女。白と黒のいかにもメイドっぽいエプロンドレスに、サイドでポニーテールにしたミルクティー色のふわふわロングヘアが目を惹く。 可愛いな、と思った。メイド服なんて着たこともないし、なんとなくニッチな趣味のように思っていたけれど
『強制ガチ恋距離』 じぃぃぃ、と横から何やら熱い視線を感じる。 今日も今日とていつものように女装して心寧と出かけているのだけれど、なんだか心寧の様子がおかしい。 「……どうしたの、心寧?」 そう言って視線をそちらに向けると、ふいっ、と視線を逸らされてしまう。 「い、いえっ、別に何もないですけど……?」 明らかに何かある風だけど……と思いつつも視線を戻すと、しばらくするとまた横顔を見つめられている気配。ホントになんなの? *** わたしは今、猛烈
『美容魔法少女・心寧』 朝起きたら、目の前にちっちゃい星美くんがいた。なんか宙に浮いてて、掌サイズのぬいぐるみみたいな大きさで、ミルクティー色のロングヘアがふわふわのしっぽみたいに踊っている。え、可愛いすぎでは……? 「な、なんでちっちゃいんですか、星美くん……?」 「ちっちゃい? ホシミ? 何言ってるの? ボクは惑星BAからこの星の美容を守るためにやってきた使者、ジルだよ!」 「唐突なガバガバSF設定……⁉︎ というか、なぜ美容……? 普通は平和とかでは……?」 「
『願い事』 七月の初旬、登校すると昇降口前に笹が置かれていた。何人かの生徒がシートの上に横たえられた笹を前に楽しげにさざめいている。 「そっか、七夕か」 近づいていくと、笹の傍にはいくつか机が置かれており、そこには短冊の束と筆記具の用意、そして『七夕の願い事を書きましょう』とのこと。皆が短冊を付けた後、七夕の日に立てて飾られるらしい。 「願い事だって。心寧も書く?」 「え、書きませんけど……」 短冊を手に取って振り向くと、少し重めのグラデーションボブの少女――
『そんなに好きじゃない、でも嫌じゃない』 雨の休日はあまり気分が上がらない。せっかく可愛くメイクができても湿気でヨレると最悪だし、オシャレをして出かけても服やバッグが濡れると嫌だから無意識のうちに傘の下で体を縮めてしまう。 けれど、今日は窓越しの梅雨空を眺めても不思議と嫌な気分にはならなかった。 メイクがヨレないように、洗顔の後にはしっかりと保湿をしてから油分をティッシュオフする。それから下地、ファンデーションは厚塗りすると崩れやすいから薄く塗る。梅雨時は特にベー
『猫目メイク』 学校帰り、道端にしゃがみ込む心寧の背中を見つけた。 「どうしたの心寧? 具合でも悪い――」 「にゃ、にゃー……!」 僕が声をかけるのと、彼女が猫撫で声を出すのはほぼ同時で。 「っ!? ぁ、ほ、星美くんっ!?」 上擦った声を上げて心寧が振り返ると、彼女の前から一匹の黒猫が駆けていった。 「あっ、逃げ……」 「なんだ、猫と遊んでたのか」 それならそっとしておいてあげれば良かった、と思いつつも、 「心寧も猫相手に『にゃー』とか言うんだね!」
『ハッピーバレンタ陰・当日編』 二月十四日、登校すると既に教室には仄かに甘い香りが漂っていた。 発生源は教室前方、手提げバッグや紙袋から可愛くラッピングされた包みを取り出して渡し合う女子たちだ。幾人かはその場で包みを開け「めっちゃ凝ってる! アートか!」「いやでも味は普通!」「割りチョコって感じ!」「うっさ!」などとはしゃいでいる。 「おはよー伊武。チョコ持ってきた?」 「もち! 配るから一列に並んでー!」 「配給か!」 そんなキャッキャッと嬌声の響く教室にそ
『ハッピーバレンタ陰・チョコ準備編 〜星美サイド〜 』 バレンタインはあまり好きじゃない。 なぜなら―― 「次郎ー、今年もバレンタインお願いね」 「えぇぇ、姉ちゃん、いい加減に自分で作りなよ……」 「一緒に作ってはいるじゃん」 「でも面倒くさい工程は九割方僕にやらせるだろ!」 ――姉の一希が周りの子にあげるチョコを僕に作らせるからだ。 日頃の炊事を担当しているだけでなく、ちょくちょく姉の「これ食べたい」というワガママに応えて簡単なお菓子作りなんかもしていたせ
『ハッピーバレンタ陰・チョコ準備編 〜心寧サイド〜 』 バレンタインはそこそこ好きだ。 二月に入りスーパーやデパートなど至る所で色々なチョコが展開され、街の空気すらなんだか甘く感じられるようなこの時期、わたしはそわそわと浮き足立つ。 ――なぜなら、母がバレンタインフェアで色々なチョコを買ってきてくれるから。 わたしが甘いもの好きなこともあり、かつ、友だちとチョコを交換し合うなんてこととも無縁だったからか、いつからか母はやたらとわたしにチョコを買ってきてくれるよ
『メリー陰クリスマス』 「心寧、明後日の日曜って何か予定ある?」 そう、なんでもないふうに――でもどこかなんでもない風を装っているような不自然さを微かに感じさせる声で、星美くんは言った。 二学期の終業式も終え、二人で並んで帰っている時だった。 「……? 何言ってるんですか? 予定なんていつも通りないですけど――」 休日に予定があるなんてわたしみたいな陰キャには無縁の話、といつものように自虐っぽく返そうとしたところで、わたしはふと気づく。 待って? 今日は十
十話『SNSダルい』 『心寧をキラキラSNS女子にしよう作戦』で映える写真を撮って回った翌週の教室で。 「おはよー心寧。どう、SNSの調子は?」 「ぁ、…………した」 「え?」 「……や、やめました」 「なんで!?」 なぜか振り出しに戻るだけでは飽き足らず逆走までしていた。 「もしかして、この間撮った写真、ホントは気に入らなかった?」 思い返せば場所や店のチョイスは僕がしたものだし、ホントに心寧が撮りたい写真は違うものだったかもしれない。 「い、いえ、そういうわ
九話『渋谷・蒼の洞窟』 展望台を下りる頃には、夜の帳が渋谷の街をすっぽりと覆っていた。十二月の夜気はボクらの体を冷たく撫で、心寧は首を竦めてふるり、と肩を震わせる。 「寒い?」 「あ、だ、大丈夫ですっ」 慌てて首を振る心寧の肩に、ボクはバッグから取り出したストールを掛けた。 「最後の場所も外だから、冷えないようにしないと」 「ぁ、りがとう、ございます……」 うっすら白く染まる息を吐きながら、ぽそり、と心寧は呟いた。 スクランブルスクエアから渋谷公園通りへと、