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『星美くんのプロデュース』リクエストSS3
『理想のメイド』
ふわり、と目の端で真っ白いフリルが踊った。
人通りの多い駅前の通りは、いつも俯きながら早足で通り過ぎる。それなのに、視界の隅に映ったそれが気になって、わたしは思わず足を止めて振り返った。
そこにいたのは、メイド服を着た一人の少女。白と黒のいかにもメイドっぽいエプロンドレスに、サイドでポニーテールにしたミルクティー色のふわふわロングヘアが目を惹く。
可愛いな、と思った。メイド服なんて着たこともないし、なんとなくニッチな趣味のように思っていたけれど、彼女が着ているメイド服はわたしの想像の中のものよりずっと上等で、美しいものに見えた。
――わたしも着てみたいな、なんて、柄にもなく思ってしまうくらいには。
ふいに少女がこちらを向いて、ぱちり、と視線がぶつかる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳に見つめられたわたしが動けないでいると、彼女はトットッ、と軽い足取りで近づいてきた。
「興味ある?」
「……へっ」
「いや、ずっとこっち見てたから、メイド喫茶好きなのかなー、って」
彼女はそう言って手に持っていたチラシを差し出してくる。どうやらメイド喫茶の客引きらしかった。
「……ぃ、いえ、別に」
興味ってそっちか、と思い、ほんの少し落胆したわたしに彼女はことん、と首を傾げると、それから何かに気づいたように手を叩いた。
「あ、もしかしてお客さんじゃなくてメイドやりたい方の興味だった?」
ぐっ、と顔を近づけてくると、彼女はにっこりと笑う。
「新しいメイドさんも絶賛募集中だけど、どう?」
人懐っこいその笑顔につい頷いてしまいそうになる。けれど、彼女の瞳に映る自分の顔を見て我に返る。
重い前髪が目許をほとんど覆い隠した、暗い顔。こんなわたしがメイドだなんて、無理に決まってる。
「……ぃえ、け、結構です……わたしなんか……」
顔を隠すように掌を突き出して、わたしはその場から立ち去ろうとした。けれど。
「待って!」
突き出した掌に、きゅ、と柔らかな五指が絡んだ。
「ぅぇっ、ちょっ……!」
突然手を握られ変な鳴き声みたいなものが漏れるわたしに構わず、彼女はぐい、とわたしの手を引く。
「ちょっとだけ時間、ある?」
随分強引な客引きに捕まってしまった……と思った。
*
「――おかえりなさいませ、お嬢様!」
押しの強いメイドの少女に連れられてメイド喫茶の店内に入ると、華やかなトーンの声に迎えられる。当然のようにみんなフリフリの可愛いメイド服姿で、地味なパーカーにデニムという自分の格好がひどく場違いに感じる。
席に案内されメニューを開くと、動物の顔をイメージしたオムライスとかパフェとか、とにかくどこに目を遣っても可愛いものに溢れている。あ、でもちょっと高いな……。
「ご注文決まりましたか?」
お店の外では砕けた口調だったけれど、店内に入った瞬間に接客モードに切り替わっている。
「ぁ、えっと、じゃあこの……これで」
「はーい、『天使の夢カワドリンク』ですねっ!」
口にするのが恥ずかしくて濁したのにバッチリ言い直されてしまった。なんか顔が熱い……。
ドリンクを運んでくると、メイドの少女は胸の前で手をハートの形にし、
「ドリンクがおいしくなる夢カワ魔法をかけるから、お嬢様もご一緒にお願いしますっ」
にっこりと無茶ぶりをしてくる。わ、わたしもやるの……⁉︎
「それじゃあせーのっ――おいしくな〜れっ、おいしくな〜れっ、ふわふわ、らぶち〜」
とびきり可愛く笑う彼女に、わたしは「ふわふわらぶち、ってなに……?」という突っ込みすら忘れて見惚れてしまった。
「あ、お嬢様も一緒にって言ったのにやってな〜い! もう一回やりますよ〜? はいっ胸の前でハートを作って〜――ふわふわ、らぶち〜」
「ぁっ、ぇ、……ちぃ〜……」
彼女とは比べるべくもない、へにゃへにゃのハートに息漏れみたいな声。恥ずかしさのあまりテーブルの下に隠れたくなる。やっぱりわたしなんかがこんな可愛いところ、来るんじゃなかった――
「――うんっ、可愛いですよっ、お嬢様っ!」
「へっ? か、かわ……?」
「はいっ、慣れてない感じが初々しくてとってもらぶちでしたよっ!」
「うっ……」
「でも、」
意味ありげに言葉を区切ると、彼女は密やかな仕草で人差し指を唇に当てる。
「もう少し自分に正直になったら、もっと可愛くなれるかも?」
そう言って片目をつぶってみせると、「それではお嬢様、ごゆっくり」と言い残して離れた。
テーブルに一人残されたわたしは夢カワドリンクをちびちび飲みながら店内を見回す。
どのメイドさんも可愛い笑顔で、そんな彼女たちが接客している人たちもみんな笑顔になる。中でも一際輝いているのは、わたしをここまで連れてきたサイドポニーのメイドさんだった。
おいしくする魔法に、お客さんとのチェキ、果ては店内にあるミニステージのライブで歌って踊る。その全てでキラキラの笑顔を振り撒く彼女は、まるで太陽みたいで。
明るくて、可愛くて、誰かを笑顔にすることができる。わたしとは、対極の彼女。
「――お嬢様っ! 楽しんでくれてますか?」
華やかな声に、物思いに沈んでいたわたしは顔を上げる。
どんな顔をしていたのか自分ではわからないけれど、彼女は完璧な笑顔を一度引っ込めると、それから柔らかく微笑む。
「あんまり楽しくなかった?」
接客口調ではなく、きっと素の響きをしている声に、わたしは思わず本音を零してしまう。
「ぃえ、楽しい、です……でも、わたしはここの人たちみたいには――あなたみたいにはなれないな、って、思っちゃって……」
「どうして?」
卑屈な感情を零しても、彼女は嫌な顔をすることもなく優しい微笑で先を促してくれる。
「……だって、わたしは、可愛くない、から。あなたみたいに、可愛い女の子じゃないから」
そう言う声が少し震えた。
「可愛い女の子じゃない、か」
わたしの言葉を口の中で転がすようにして、彼女はす、と目を伏せた。どうしてだろう、その仕草はどこか切なくて胸の内が痛む。
けれど再び目を上げた彼女は真っ直ぐな視線でわたしを見つめる。強く、キラキラとした眼差しに、息ができなくなりそうになる。
「あのね、生まれた時からメイドの人なんていないんだよ」
「えっ?」
唐突にそんなことを言われ、わたしは戸惑う。それはそうだろうけど……。
「つまり、ボクが言いたいのは、みんな自分で一歩を踏み出してメイドになってる、ってこと」
「一歩を……」
「うん。メイド服が好きな子、誰かを楽しませるのが好きな子、歌とか踊りが好きな子、楽しく働きたい子、メイドになる理由は色々あるけど、みんな『なりたい自分』になるために一歩、踏み出したからここにいる。自分の好きなものを好きだって、胸を張って言うために」
店内をぐるりと見渡し、最後に視線をわたしに留めると、彼女は不敵に笑う。
「ねぇ、君は何が好き?」
率直で、だからこそ誤魔化す余地のないその問いかけに、わたしは小さく息を吸った。
……言えるかな。わたしみたいな人間がこんなことを言って笑われないかな。……ううん、きっと大丈夫。
自分の好きなものに正直な彼女は、だからキラキラしていて、――そして誰かの好きなものを笑ったりなんてしないんだ。
「わたしが好きなものは――」
*
「――それじゃあ今日から新しく入るメイドの子を紹介するわね。はい、自己紹介」
数週間後、わたしは再びあのメイド喫茶に足を踏み入れた。
ホールに並んだメイドさんたちの中に、あの日のサイドポニーの少女を見つける。
彼女は一瞬びっくりしたように目を見開いて、それからくしゃっと、嬉しそうに笑った。
「こ、心寧四夜ですっ……す、好きなものは可愛い服で、メイド服を着てみたいな、って思って、メイドになりました……っ」
「それにしても、本当に働くことになるとはね」
更衣室へ向かいながら、先を歩く彼女は愉快そうに言った。
「あ、あなたのおかげです……わたしが一歩を踏み出せたのは、あなたみたいにメイド服が似合う、可愛い女の子になりたい、って思ったから……っ、だから、あなたが理想のメイドさん、ですっ……!」
「……そっかそっか、理想のメイドかぁ。それは責任重大だ」
歌うように呟くと、彼女はくるり、と振り返る。
「ジルだよ」
「へっ」
「君の理想のメイドの名前。これからよろしくね、心寧!」
「っ、は、はいっ」
差し伸べられた彼女の手を取ろうと、一歩踏み出した時だった。
ぐきり、と踏み出した足を捻り、わたしは前方につんのめると、ジルちゃんを巻き込んで倒れる。。
「ぃった……って、あああ、す、すみませんジルちゃ――ん?」
慌てて身を起こしながら謝ると、掌に何やらさらさらと柔らかいものが――
目を落とすと、わたしの手にはミルクティー色のロングヘアが、ふぁさっ、と引っかかっていた。……あれ?
恐る恐る目を上げると、そこには髪の毛を丸ごと毟り取られたジルちゃんが。
「えぇぇ、こ、これ、ウィッグ……っ⁉︎」
目にも止まらぬ速さでウィッグを奪い返して被り直すと、ジルちゃんは何事もなかったかのように立ち上がる。
「え、どうかした?」
「いやこれ誤魔化すのは無理ですよねぇ⁉︎」
「うわーん、やっぱりー⁉︎ お願いだからボクが女装してることは秘密にして〜!」
理想のメイドだと思った人は、まさかの女装男子でした。