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『星美くんのプロデュース』クリスマスSS


『メリー陰クリスマス』


「心寧、明後日の日曜って何か予定ある?」

 そう、なんでもないふうに――でもどこかなんでもない風を装っているような不自然さを微かに感じさせる声で、星美くんは言った。

 二学期の終業式も終え、二人で並んで帰っている時だった。

「……? 何言ってるんですか? 予定なんていつも通りないですけど――」

 休日に予定があるなんてわたしみたいな陰キャには無縁の話、といつものように自虐っぽく返そうとしたところで、わたしはふと気づく。

 待って? 今日は十二月二十三日。つまり、明後日は二十五日。

 …………二十五日って、確か、俗に言うクリスマスというやつでは? そんな日に誰かに予定を訊かれるなんて初めてのことすぎて定かではないけど、クリスマスの予定を訊くってことは、何か、えっとこう、ちょっといつものショッピングのお誘いなんかとは違う意味合いがあるのでは……!? ――はっ、もしかして聞き間違い!? ぁぁぁ、わたしはまた先走って恥ずかしい勘違いをしてしまうところだった……! 危ない危ない……!

「あ、明後日って、確かクリスマスですよね? 星美くん、もしかして忘れてました……? あ、わたしは特に予定はないんですけど家でケーキは毎年食べてるので今年も多分――」
「いや、忘れてないけど……でもそっか、心寧さえ良ければうちに来ないかな、って思ってたんだけど、家でケーキとか用意してるよね……」

 しゅん、と肩を落とし、寂しげに目を伏せる星美くんに、わたしは一気に心臓の鼓動が早くなった。

 ……え、もしかして、星美くんは明後日をちゃんとクリスマスと認識した上でわたしのことを誘ってくれている? それって……え? 待って待って? え、なに? あ、「実は嘘でしたー」ってやつ!? いやそれはエイプリルフール! ……ダメだ、頭がおかしくなってきたかも。

 考えすぎで脳が熱を持っているようにぼんやりとする。もうわけわかんないし、あとなんか顔もすごい熱い。冬の屋外なんですけど!?

「――じゃあ、僕はここで。良い冬休みを」

 ぐるぐると色んな思考が駆け巡っていた頭に星美くんの声が届いて、わたしはハッとした。もう既に別れ道で、星美くんは今にも背を向けようとしている。

 家族以外の誰かとクリスマスを過ごすなんてしたことなくて、こんな時どうするのが正解なのかも全然わかんないけど。

 でも、気づいたらわたしは、遠ざかる星美くんの制服の裾を指先で掴んでいた。

「ん、なに、心寧?」
「ぅあ、えっと、……」

 振り返って不思議そうに首を傾げる星美くんに、喉の奥から変な声が漏れる。な、何も定まってないのに引き留めちゃった……! どどど、どうすれば……!?

「――ぁ、えっと、け、ケーキ!」

 空回る頭からなんとか絞り出したのはそんな言葉で。

「け、ケーキがあるなら、星美くんの家、い、行きたい、です……!」

 一度吐き出した言葉を引っ込めることもできず、わたしはそう言っていた。

 星美くんはぽかん、とした様子で、ゆでだこのように顔を赤くしてケーキを所望する変な女(わたしだ)を見つめている。

 ……これは、やってしまった感じでは?

 じわじわと湧き上がる後悔に思わず俯くと、やがて「ぷっ」と小さく吹き出す声がした。

 顔を上げると、星美くんは目を細めながら、

「わかった、ケーキもちゃんと用意しておく!」

 そう言って、堪えきれなかったみたいに破顔した。

「やっぱり心寧は甘いもの好きだよね」

 ……待って? これじゃあわたし、ただのケーキに飢えてる女では?

 なんだか不本意な誤解をされたまま、わたしはクリスマスに星美くんの家に行くことになった。


   *


 迎えたクリスマス当日。いつもならぐずぐずと布団に潜っているわたしだけれど、この日ばかりは二度寝を決め込むこともできず、朝早くから起き出していそいそとメイクをしたり、クローゼットから出した洋服をベッドに並べてはどれを着ようか悩んだりしていた。

 だ、だってクリスマスだ……! クリスマスなんて陽キャたちのイベントであって、わたしにとっては『誕生日でもないのにケーキが食べられる日』くらいのものだった。でも、今日はこれまでのクリスマスじゃない……! なぜなら星美くんに誘われて、し、しかも家に呼ばれて、――はっ、これはもしやクリパというやつでは? そんな陽気なイベントに誘われるなんて、もしかして、わたしはいつの間にか陽キャになっていた……?

 ベッドの上、ぼんやりと空想と洋服を広げていたら約束の時間が近づいていて、わたしは慌てて白のニットとチェック柄のブラウンのロングスカートを選んで着替えをした。


 星美くんの家に着き、白く弾む息を吐き出しながらインターホンを鳴らす。

「いらっしゃい、心寧!」
「あ、め、メリークリスマス、です……!」
「あはは、それ玄関先で言う? ほら、冷えるから早く入って」
「ぉ、お邪魔します……」

 ドアを開けて出てきた星美くんはいつものミルクティー色のロングヘアの女装姿で、しかもジェラパケ? か何かのもこもこのルームウェアなんかを着ていて、あまりの可愛さにわたしは家に入りながらその姿をついつい凝視してしまった。星美くんは家では男装していることが多いのでこれは貴重だ……ありがとう、クリスマス……!

「……心寧、見すぎ。なんか変?」

 凝視していたら、星美くんはちょっと居心地が悪そうにもこもこの襟元に顔を埋める。か、かわっ……!

「ごごご、ごめんなさいっ! 変じゃなくて可愛すぎたので……っ!」
「あっ、そう? ……ありがと」

 いつもならもっと嬉しそうにするのに、星美くんはなぜかちょっと照れたようにはにかむ。

 あ、あれ? なんか空気が……あれ?

「ぇえっと、今日はあの、お招き頂き……」
「いや、こちらこそ急だったのに来てくれてありがとね」

 リビングへと通されながらぎこちなく口を開くと、星美くんもつられたみたいに硬い口振りで続ける。

「――今日は、どうしても心寧に来てほしかったから」

 その言葉と、熱を帯びたように光る瞳に、わたしは呼吸がとまるかと思った。どうしてもわたしに、って、それってどういう……!?

 ドドドド、と心臓が暴れ出し、熱っぽい視線を受けて体温が一気に上がる。ヤバい、死ぬかも……!

「ボク、どうしてもクリスマスは心寧と一緒に――」

 あまりの心臓の痛さに、わたしはぎゅっと目を瞑った。この後に続く一言で、わたしたちの関係が決定的に変わってしまったら、と長い一瞬の間に思った。

 そして――

「――心寧と一緒に、『クリスマスコフレ開封の儀』をしたかったからっ」

 …………え?
 意を決したように放たれた星美くんの言葉を理解しようと、一瞬止まった脳がのろのろと回転する。

 クリスマス……なに? 儀? え、あ、クリスマスって宗教的な儀式、ってこと……?

「あ、あの、な、なんて言いました……?」
「だから、『クリスマスコフレ開封の儀』だって」
「……クリスマスコフレって、なんですか?」
「えっと、クリスマス限定のコスメセット、みたいな感じかなぁ? ブランドごとにクリスマス限定のパケとかあって毎年この時期はコスメ欲が高まって困るんだよー!」

 頬を赤らめて興奮気味にまくし立てる星美くん。……あれ、なんか思ってた流れと違う。

「――ボクが買ったのはジルのクリスマスコフレなんだけどね! いやホント奇跡的に抽選当たって買えてさー! せっかくだしこの喜びを誰かと共有したくて、クリスマスコフレだしクリスマスに開けたいじゃん? だから今日心寧と一緒に開けよう! って思ってたんだよ!」

 取ってくるからちょっと待ってて、と待ちきれなかったように部屋へと向かう星美くん。そのもこもこの背中と、揺れるミルクティー色の毛先を目で追いながら、わたしは深ぁいため息を吐いた。

 ……星美くんは、クリスマスでも星美くんでした。

 いや別にいいんですけどね? ただちょっと思わせぶりな態度というか、なんかいつもと違う雰囲気をやたら醸していたのでちょっと誤解したというか……なんか、ちょっと文句を言ってやりたくなってきたんですけど……!

 とととっ、と軽やかな足音が戻ってきて、わたしはす、と息を吸う。よ、よし、言うぞ……!

「――お待たせ! ほらこれ、外箱からもう可愛くない? ずっと開けたい気持ちと戦っててもうおかしくなりそうだったけど、絶対に今日心寧と一緒に開けるんだー、って思って我慢してたんだよー!」

 なんて、ダークチェリー色の箱を手に満面の笑みで言う星美くんに、中途半端に開いたわたしの唇からは吸い込んだ息と共に文句を言おうとした気持ちまで漏れ出していった。

「ほら、ボクって女装のこと言える友だちとか心寧が初めてだし、今までは可愛いコスメ買っても一人でテンション上がるだけだったからさー」

 ……星美くんはズルい。そんなふうに、嬉しさを噛み締めるみたいに言われたら、わたしだって嬉しくなってしまう。

 星美くんにとって特別な存在に、わたしはなれているんだ、って。

「――ね、早速開けようよ! あ、ちゃんとケーキもあるからね!」

 にっこりと、屈託のない笑顔で星見くんはわたしの手を引く。

「……はいっ」

 少しの行き違いはあったけれど、でも、その笑顔があまりにも眩しくて、嬉しくて。

 人々がクリスマスを誰かと過ごしたがるのはきっと、こうしてその誰かの喜ぶ顔を見るためなのかもしれない、とわたしは思ったりした。


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