『星美くんのプロデュース』猫の日SS
『猫目メイク』
学校帰り、道端にしゃがみ込む心寧の背中を見つけた。
「どうしたの心寧? 具合でも悪い――」
「にゃ、にゃー……!」
僕が声をかけるのと、彼女が猫撫で声を出すのはほぼ同時で。
「っ!? ぁ、ほ、星美くんっ!?」
上擦った声を上げて心寧が振り返ると、彼女の前から一匹の黒猫が駆けていった。
「あっ、逃げ……」
「なんだ、猫と遊んでたのか」
それならそっとしておいてあげれば良かった、と思いつつも、
「心寧も猫相手に『にゃー』とか言うんだね!」
「ぁぁぁぁぁ……!」
微笑ましさから思わず笑ってしまうと、心寧は顔を覆って喉の奥から低い呻き声を漏らす。指の隙間から覗く耳は真っ赤だ。
「は、恥ずかし……高校生にもなって……にゃ、にゃーとか……しかも結局猫には逃げられるし……どうせわたしなんて人じゃなく猫にも相手にされない恥ずかしい陰キャです……」
「急にネガるな……。あ、じゃあ、僕が猫に好かれそうなメイクを教えてあげる!」
*
心寧を伴って家に帰り、部屋からリビングへメイクボックスを持ってくる。
「それじゃあ今から『猫目メイク』をやっていくよ!」
「猫目……?」
「そう! ポイントはアイライナーで目尻に猫っぽい跳ね上げラインを引くこと! 目尻の三角ゾーンを埋めて……で、不自然にならないような角度で目尻から5ミリくらいの跳ね上げラインを引いて、っと。他の部分もちょっと黒猫っぽい雰囲気にしようかな。……できた!」
黒のアイラインは目尻できゅっと吊り上がり、つんとした可愛さを出している。黒猫のミステリアスな雰囲気をイメージした暗めのマットなリップもいい感じだ。
いつものナチュラル可愛い雰囲気とはだいぶ違うメイクに僕は満足する。
「おぉ……た、確かに猫っぽい、かも……?」
手鏡を覗き込む心寧も満更ではない表情だ。
「あとは服も黒のワントーンコーデにしてー、猫っぽい感じだとボディラインに沿う感じの服がいいよねー」
「え、服もですか……?」
「そうだよ! より完全な猫に近づけないと!」
「ぁ、あれ……? わたしが猫になる……?」
ぐるぐると目を回し始めた心寧に色々と服を押し付けて着替えさせた。
*
「よし、これで完璧な『黒猫コーデ』の完成! 今ならきっと黒猫と触れ合えるよ!」
「ホントですか……? なんかメイクとコーデを楽しんでただけのような……騙され……?」
「いやいやそんなわけ! ほら、さっきの猫を探しに行こう!」
タイトめな黒のワンピースに身を包んだ心寧は若干疑念を含んだ目を向けてくる。
ワンピースは細めのベルトでウエストマークし、長めに垂らすことで尻尾をイメージした。シンプルでしなやかな黒猫っぽさを存分に表現できたと自負している。決して自分では試したことがないものを試すいい機会だ、と思って悪ノリしたわけではない。
最近よく姿を見るという黒猫を探しに、先ほどの場所に戻る。
「あ、いた! ほら、『にゃー』って話しかけて!」
「み、見られてるので嫌です……!」
道端でじっとしている黒猫から少し離れた位置で、心寧はうじうじとする。
「大丈夫、今の心寧は猫だ! きっと通じるはず!」
「……ぅう、星美くんがそんなに言うなら」
ようやく観念したようにゆっくりと猫に近づくと、心寧はちらっ、とこちらを振り向き、
「に、にゃー……」
羞恥の滲むか細い声で猫に向かって話しかけた。
が、伸ばした指の先、黒猫はふい、と顔を背け、そのまま駆けていってしまった。
「まぁそりゃそうだ。メイクと服なんて猫には関係ないもんね」
当然といえば当然すぎる結果にそう言うと、心寧は「信じられない……!」といった顔で振り向く。
「……星美くん、最初から意味ないってわかって……?」
「まぁいいじゃん。普段やらないメイクも試せたし」
「や――」
悪びれずに笑いかけると、心寧はぷるぷると肩を震わせ、
「やっぱりわたしのこと騙して楽しんでたんですねっ!?」
涙目で詰め寄ってきた。
「ごめんごめん。でもちゃんと似合ってて可愛いよ」
どうどう、と宥めるように頭をぽんぽんする。すると心寧は、
「うっ、それは、それというか……褒めればいいってものじゃ……」
不満そうなことを言いながらも、表情は満更でもなさそうに緩んでいた。わかりやすいな……。
「……まぁでも心寧は猫というより犬っぽいよね」
「あれっ!? これ褒められてます!?」