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『星美くんのプロデュース』バニーの日SS


『紛らわしい』


「あ、心寧、待ってたよ!」

 扉が開くと中からぴょこり、と顔を覗かせたのはまるでうさぎの耳みたいに、高い位置に二つお団子を作った髪型の星美くん(ジルちゃん)だった。えっ……。

「な、なんですか、それ……⁉︎」
「え、変、かな? うさぎっぽいヘアアレンジにしてみたんだけど」

 絞り出すように問いかけると、星美くんはしょん、とした顔でお団子に手をやる。その姿は耳を畳んでしょぼくれるうさぎみたいで。ぅぐっ……こ、こんなの……!

「――か、可愛すぎます……っ」

 突然目の前に現れたあざと可愛さの権化みたいな星美くんの姿に胸を締め付けられながらもなんとかそう答えると、彼はパッと笑みを浮かべる。

「なんだ、良かったぁー! 心寧の反応が悪いから似合ってないのかと思ったぁ」
「逆に似合いすぎで反応すらできなかったというか……」

 この人はなんでこうもあざと可愛いものが似合うのか……心臓に悪いので軽率に可愛くならないでほしい……いやでも星美くんの可愛い姿はもっと見たい……はっ、二兎追うものは一兎をも得ず、ってこと……?

「心寧? 玄関先で悶えてないで上がったら?」
「あっ、はい……」

 なんか普通に気味の悪いものを見る目で見られた……わたしが挙動不審なのはいつも半分くらい星美くんのせいなのに……。

 星美くんの家に上がり、彼の部屋に通されながら尋ねる。

「というか、なんで急にうさぎっぽい髪型を……?」
「いや、今日はバニーの日らしいから」
「バニーの日……?」

 何その日……とは思うがそれで星美くんが可愛い格好をしてくれるなら何も文句は言うまい。むしろ制定してくれた人にお礼を言いたい。ありがとうございますバニーの人……!

「というわけで、今日は心寧にもバニーになってもらおうと思います!」
「…………はい?」
「だから、バニーに」

 当たり前のように言う星美くんをわたしは二度見した。二度見しても可愛かった。――じゃなくて!

「ななな、なんでわたしが……っ⁉︎」
「だってせっかくバニーの日だし」
「ば、バニーになるって、どういう……? あっ、星美くんみたいな髪型にするってこと……?」
「えー、同じことやってもつまんないし、心寧は違う方法でバニーになってもらおうかなー」
「違う方法って……?」
「んー、なんだろうね?」

 どこか白々しい笑みを浮かべる星美くんの背後、クローゼットからひょこ、と白くて細長い布が二本、飛び出していて、わたしは絶句する。あれはもう完全に頭に付けるタイプの耳では……⁉︎ バニーってそういうこと……? さすがにそういう衣装はダメなのでは……⁉︎ 作風とか、色々アレなのでは……⁉︎

「じゃあ早速やっていこうか」
「ぅ、ぅええ……⁉︎」

 パニックになるわたしに向かって、星美くんが近づいてきて――


   *

「――じゃーん! これで完成!」
「…………あれ?」

 気付いたらメイクを施され、そして終わっていた。あれ? バニーにされるのでは……?

「……あの、星美くん? これは……?」
「え? うさぎメイクだけど?」

 きょとん、と小首を傾げる星美くんから鏡を受け取り、とっくりと眺める。

「うさぎメイクのポイント、一つ目はうさぎみたいな真っ白い肌! 透明感を出したいからファンデは使わずに下地とパウダーだけ。で、二つ目は泣いた後みたいな赤みのある目許! 赤とかピンク系のアイシャドウを使ったアイメイクなんだけど、やりすぎちゃうと腫れぼったくなるから注意ね。程良く赤みのあるうるっとした目許がうさぎっぽくて可愛いんだよ!」

 星美くんの説明を聞きながら、わたしは全身の力が抜けていくのを感じていた。……いや可愛いけど、バニーにされるっていうから……なんかこれ、また騙されたのでは……?

「ん? どうしたの、心寧?」
「どうって……星美くんが紛らわしいこと言うから……」

 鏡越しにこちらを覗き込んでくる星美くんに、わたしはつい拗ねたような口調で答えてしまう。

「紛らわしいって――あー、もしかして心寧、バニーガールの衣装でも着せられると思った?」

 星美くんは合点がいったように頷くと、唇を悪戯っぽく吊り上げた。そのからかうような表情に、わたしは一気に顔が熱くなる。

「だだ、だって……! 星美くんの言い方が悪いというか……というかアレ! クローゼットからバニーの耳が出てるじゃないですか……!」

 動かぬ証拠! と指差すと、星美くんはすたすたとクローゼットに近づいて開けると、

「あ、ブラウスのリボンタイが挟まっちゃってたね」

 中からブラウスを取り出すと、うまいこと挟まって耳に見えていたリボンタイを整えてしまい直した。えぇぇぇ……。

「えっと、ごめん、耳がなんだっけ?」
「…………ぃ」
「え?」
「それはズルいですよねぇ⁉︎」
「なんで急にキレるの⁉︎」

 あまりにもあんまりな勘違いの仕方に、わたしの情緒はぐちゃぐちゃだった。


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