【後日談 前編】 エコー検査で、再び恐怖の渦に呑み込まれるわたし
抗がん剤終了後、一年。
私の髪は大分生えそろい、毎日使っていたウィッグもついに卒業しました。
新たに生えてきた髪は、くるんくるんの天然パーマ。
まだ安定しないのか、太い部分や細い部分があってウネウネしています。
生え際や頭頂部が、以前より薄くなったなぁ。これから増えてくるといいな。
私は、とりあえず美容室には行かず伸ばしっぱなしにして、髪をひとつにまとめ、ターバンをして外出していました。
そんな時期のこと。
エコー検査の日がやって参りました。
病院の暗いエコー室で上半身裸になってベッドに横たわります。
女性技師さんに、透明のジェルを胸部に塗られながら、「じゃあ、診ていきますからね」と言われ、はじまりました。
暗がりの中、私の視線の斜め上にはモニターが見えます。
モノクロの画像で、胸部が白や黒のさまざまな模様を描いています。
私の胸のあたりでグリグリと器具を動かしながら、技師さんが止まっては、キーボードに何かを打ち込み、またグリグリと動かしてはピタッと止まる。
「ミソちゃん……こわいよねぇ」
「本当、こわいよお。早く終わってくれよー」
しばらく恐怖を感じていたとき、急にモノクロの画面が、カラーに切り替わりました。
「ギャ!! カラーになった!!!」
脳みそのミソちゃんが叫びました。
唐突に、二年前の、乳がんが発覚した際にも見た「カラーの画像」を思い出しました。エコー中、モノクロだった画像が、急にカラーに切り替わったのです。
素人の私は、その意味もよく分からぬままに、けれどもとっさに「なにか、まずいものが見つかったんだな」と思ったのです。念入りに、同じ場所ばかりチェックする技師さん。そして実際、乳がんが発覚したのでした。
今回もまた、モノクロからカラー画面に切り替わり、技師さんが何度も何度も右リンパのあたりをグリグリグリグリ……。
これは……まずいヤツ
ミソちゃんの記憶力が発揮され、かつての恐怖の場面が次々蘇ってきました。
エコーの技師さんは、もちろんこの場での診断結果を私に告げたりはしません。
(告げるのは、違法だそうですね)
ひととおりの検査が終わり、技師さんが出ていったあと、私は胸についたジェルをきちんと拭きとることも忘れて、ぼんやりしたまま着替えを済ませ、会計を済ませ、駅までふらふらと歩きました。
診断結果は10日後です。
「多分、再発している……」
ミソちゃんが憔悴しきった様子で、つぶやきました。
「イヤ、まだ診断結果が出る前から勝手に決めつける必要なんてないよ」
私は力を振り絞って、ミソちゃんの言葉をさえぎりますが、今日のミソちゃんは饒舌でした。
「だって、なんでもない時は、もっとスムーズに短時間でいくもん。経験上、分かってるんだよ。大丈夫なときと、ダメなときと。再発確定だよ。リンパの部分が時間がかかったから、今度はリンパに異常アリだな」
「いやいや、ちょっと待って。落ち着こう。乳がんになってから、落ち込んだり泣いたり、さんざん苦しんだけれど、そうやって一日を台無しにする生き方をやめるために、脳の仕組みを学んだよね。ミソちゃんも変わろうとして、すごく頑張ったじゃない」
「……確かにあのときは、強い自分になれた気がした。でも、今は無理」
ミソちゃんが、恐怖のあまりに気絶しかけていました。
「無理ってそんな……」
私がうろたえていると、ミソちゃんが訴えてきます。
ミソ「ああ、息がうまくできない!」
私「はっ?? そうだ、深呼吸しよう。深呼吸、深呼吸」
私は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいて、マスク越しに思いきり息を吸い込み、吐き出します。
「首も肩も、すんごく痛い! 心臓がバクバクする!」
ミソちゃんが立て続けてに訴えてきます。
私は急いで肩を上げ下げして、スーハ―スーハ―深呼吸を繰り返します。
闘病中の、様々な場面が蘇ってきます。またあの日々が始まるのか……。
「怖い! イヤだ!」
ミソちゃんが、全力で喚きました。
私は、脳科学や心理学で学んだことを思い出そうと必死でした。
「……そうだ。こわい。私は今、こわいんだ。今は、落ち着こうったって、無理なんだ。怖くなったっていいんだ。不安になって、当たり前なんだ。衝撃を受けたんだから」
私は自分が「怖がっている」ということをまず確認し、「それも当たり前のことだ」と現状を認める心構えを作ろうと必死でした。
しかし家に着き、玄関を開けて、夫に「ただいま」と言ったとたんに、気が緩んで泣き出してしまいました(恥)
夫が驚いて、「どうしたの、どうしたの」とそばに寄ってきます。
夫をこんな風に驚かせたくない。
早く冷静になって状況を説明しなくてはと思うのに、ぼたぼたぼたぼた、涙が止まりませんでした。
検査中の状況を話すと、やはり「まだ結果が出たわけではないでしょう」と言葉が返ってきます。夫は「再発していたら、確定したときに考える」と言います。
私自身も「検査結果が出るまで日常を普通に生きたい。今日一日を台無しにしたくない」と伝えます。
勝手な憶測をして、一喜一憂しない。
ここしばらくずっと心がけてきたことなのに、なかなかできない。
もろい自分がイヤになります。
夫がテーブルの上のティッシュを数枚抜き取り、私の涙や鼻水をせっせと拭ってくれます。
そうだ、泣きたかったら、泣いてもいいんだ。
自分が簡単に泣いてしまうことを恥ずかしいと思うのをやめて「今は泣いてもいいや」とミソちゃんにも伝えます。
依然として首や肩のあたりが重たく、呼吸が浅くなっている。
それでも涙を流したことで、カラダの力がいくらか抜けていくようでした。
ほんの二週間ほど前、母の食道がんの定期健診に付き添いました。
内視鏡の結果「大丈夫ですよ、キレイですね」と言われ、二人で喜び合いました。治療方針を巡ってさんざん迷ったけれど、今こうして元気になってくれて本当に本当によかった。
「あなたももうすぐ検査なんでしょ?」
私に何かあるかもしれないなどとは疑いもせず、意気揚々と帰って行った母の姿が浮かび、気持ちが沈みました。
長くなったので、続きはまた明日にします。