若松英輔 『霊性の哲学』 : スピリチュアルな時代の「教祖の文学」
書評:若松英輔『霊性の哲学』(KADOKAWA/角川学芸出版)
若松英輔の「霊性の哲学」とは、一種のシンクレティズムだと言ってよいだろう。
普通、シンクレティズムと言うと『相異なる信仰や一見相矛盾する信仰を結合・混合すること、あるいはさまざまな学派・流派の実践・慣習を混合することである。』(Wikipediaより)というようなことになるが、若松の独自性は、優れた個人(主に故人)を習合して、一種のマンダラに仕立てあげている点で、それは本質的に宗教的であると同時に、雑誌編集的であるとも言えよう。
若松の博捜によって呼び出された、聖人たちの居並ぶ姿は、白亜の神殿に勢ぞろいしたオリュンポスの神々にも似て豪華絢爛であり、それでいて親しみやすい。
なぜ親しみやすいのかと言えば、それは若松が繰り返し強調しているように、個々の神々が「人間」であった頃の思想を、総体として把握しようとしたり、正確に理解したりする必要はなく、肝心なのは教派教理を超えた「霊性」の次元で、彼らの思想を習合的にとらえればそれで良しと保証されているからである。
パスカルは『パンセ』の中で、有名な「幾何学の精神と繊細の精神」ということを語ったけれども、科学的な懐疑精神がうとまれる現今のわが国においては、本書『霊性の哲学』は、時宜を得た(「心のノート」ならぬ)「心の教科書」となりえるのではないだろうか。
初出:2015年4月21日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
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