Nat

本を読んで考えたことを中心に書いています。 文学、哲学、社会学、歴史、批評など、人文系の本が多いです。 日英仏翻訳者です。翻訳ついても書きます。

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最近の記事

【読書記録】白鯨(上・下)     ハーマン・メルヴィル

白鯨(上・下) ハーマン・メルヴィル 富田彬訳 捕鯨船に乗れるんじゃないかというくらい、クジラに詳しくなります。捕鯨のノウハウから鯨油の採り方まで丁寧に教えてくれる本だということです……というのは半分冗談にしても、ウソではありません。 まず「語源」と称した古今東西のクジラにまつわる引用や小話が粛々と続き、やっと「語り手」イシュメールが登場。さあ航海が始まるのかなと思いきや、彼と先住民の銛手が懇ろになるエピソード、クジラがらみの教会のお説教、港町の人びとの話、などが延々と語

    • 翻訳とAIと仕事と趣味と【某講演会の感想】

      少し前になりますが、著名な文芸翻訳家S先生の講演と朗読の会に参加してみました。 ご本人は出で立ちも話し方も飄々としていて、演出かもしれませんが「ふつうの小父さん」感にあふれていました。そして、朗読のときの重く鋭く迫ってくる凄まじいパワーとのギャップが印象的でした。 楽しいイベントでしたが、質疑応答のさいに思わず「えっ?」とつぶやいてしまったことがふたつあります。以下、「」は大意です。 ひとつめは、先生ご自身も「必ず聞かれるんですよ、まいったな~」という、AI問題。 質問

      • 【拙訳書が出ます】『野菜と果物のフードペアリング』 ラファエル・オーモン ティエリー・マルクス著

        拙訳書が今月11日に発売されます。 昨日見本誌が届きました。 『野菜と果物のフードペアリング』 ラファエル・オーモン/ティエリー・マルクス著 グラフィック社刊 監修は分子調理学の石川伸一先生です。 世界有数の農業国であり、サヴァラン、ヴァテル、エスコフィエらが生まれた国であるフランス。味への執念はただ事ではありません。 食品化学者とミシュラン・シェフが組んで、新しい味覚の世界を創りあげました。それが「フードペアリング」というテクニックです。 各食材のアロマタイプを分析

        • 【読書記録】ハックルベリー・フィンの冒けん マーク・トゥエイン/柴田元幸訳

          『ハックルベリー・フィンの冒けん』 マーク・トゥエイン/柴田元幸訳 研究社 あのハックが! 柴田先生の訳で! しかもタイトルがすごい! 『ハックルベリーフィンの冒けん』 2017年出版ですが、この翻訳書がどんなにすごいかを知ったのは、白岩英樹氏の『アメリカの思想と文学』における伊藤比呂美氏との対談でした。 子どものころに『トム・ソーヤ―』と同時期に読んだことがありましたが、今回の柴田訳が面白すぎて、一気に読んでしまいました。 何せタイトルからして『冒けん』で、それがこの

        • 【読書記録】白鯨(上・下)     ハーマン・メルヴィル

        • 翻訳とAIと仕事と趣味と【某講演会の感想】

        • 【拙訳書が出ます】『野菜と果物のフードペアリング』 ラファエル・オーモン ティエリー・マルクス著

        • 【読書記録】ハックルベリー・フィンの冒けん マーク・トゥエイン/柴田元幸訳

          【詩集】小さな雲の詩 やなせ・たかし

          『小さな雲の詩』 やなせ・たかし サンリオ出版 わたしが生まれて初めて所有した詩集です。小学生の時、今はない阿佐ヶ谷の商店街の書店で、母が買ってくれました。 サンリオが出していた『詩とメルヘン』という雑誌もときどき買っていました。小さい頃は、今よりもっと詩やイラストが好きでした。 『小さな雲の詩』はぼろぼろになるほど何度も読み、あとがきに記されたやなせ先生のご住所(新宿区某所)にお手紙を出したこともあります。ご自宅の住所を載せるようなのんびりした時代だったのですね。(今

          【詩集】小さな雲の詩 やなせ・たかし

          【読書記録】哲学の起源 柄谷行人

          哲学の起源 柄谷行人 岩波現代文庫 ギリシャに特徴的であると思われている哲学や政治制度は、じつはギリシャではなくイオニアの自然哲学に始まりました。植民市であったイオニアの社会構造のおかげで実現した、自由と平等を両立させた自然哲学。イオニアの自然哲学は社会契約でもあり、「イソノミア」(無支配)の精神はここから来ています。それがアテネにおいては、その堕落した形態である「デモクラシー」(多数派支配)に変容してしまいました。イオニアで自然哲学が栄えた時代に実践されていたイソノミアは

          【読書記録】哲学の起源 柄谷行人

          【読書記録】『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ 

          THREE FARMERS ON THEIR WAY TO A DANCE by Richard Powers 『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ 写真や絵画を見てあーだこーだと妄想するのが好きな人、メタ小説っぽい作品が好きな人にとてもおすすめです。 デトロイト美術館で展示されていた『舞踏会へ向かう三人の農夫』という名の写真のことが忘れられない語り手の「私」。農夫のひとりが自分に似ているような気がしてならない「私」の前に現れたのは、オフィスの清掃係であるヨー

          【読書記録】『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ 

          中学生から知りたい パレスチナのこと 岡真理/小山哲/藤原辰史

          中学生から知りたい パレスチナのこと  岡真理/小山哲/藤原辰史 ミシマ社 パレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルへの攻撃を開始してから1年が経った。イスラエルによる大規模な報復攻撃によりガザ地区は壊滅状態に陥った今も、事態は収拾するどころか中東戦争の様相まで帯びてきた。 本書は現代アラブ文学者でパレスチナ問題専門家の岡真理、そして小山哲(『中学生から知りたいウクライナのこと』)と藤原辰史(『ナチスのキッチン』)という歴史学者によるオンライン講座、そして3人による鼎談

          中学生から知りたい パレスチナのこと 岡真理/小山哲/藤原辰史

          【読書記録】『眠れる美女』川端康成

          『眠れる美女』川端康成(新潮文庫)   フランスのマスメディアを連日賑わせている「マザン事件」。約10年間、妻に抗不安薬を盛って昏睡状態にし、50人近くの「客」に暴行させていた男が逮捕され裁判が始まっている。反射的に川端康成の『眠れる美女』のことを思った。 そのココロは、物言わぬ女の体を自由にして楽しむ(金儲けする)というあまりにわかりやすい女の物象化である。   たぶん多くの人が感じていることだろうけれど、川端康成の小説には独特の気持ち悪さがある。今回『眠れる美女』を読み

          【読書記録】『眠れる美女』川端康成

          【読書記録】哲学史入門III      谷徹、飯田隆、清家竜介、宮崎裕助、國分功一郎、斎藤哲也[編]

          哲学史入門III 谷徹、飯田隆、清家竜介、宮崎裕助、國分功一郎、斎藤哲也[編] 哲学史入門シリーズI~IIIのうち、最終巻は現象学・分析哲学から現代思想までをカバーしています。 ただいま頭のなかが飽和状態ですが、中身の濃い、いろんな意味で贅沢な新書です。 聞き手(編者)と語り手(哲学研究者)との対話形式で、ソクラテスの哲学は対話によって展開したことが思い起こされます。これこそ生きた思考のたどり方です。II巻の「マジ、神いるから」は今でも忘れられません。 哲学史の入門書を読

          【読書記録】哲学史入門III      谷徹、飯田隆、清家竜介、宮崎裕助、國分功一郎、斎藤哲也[編]

          【読書記録】『神』フェルディナント・フォン・シーラッハ

          『神』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳 医師は自死のほう助をすべきか? それは倫理的に正しいのか?  戯曲の舞台はドイツ倫理委員会の討論会場。観客は公開討論を傍聴しているという設定だ。 自死の介助を望んでいるのは、妻を亡くした78歳(心身共に健康)。討論の参加者はほかに、倫理委員会の司会と委員一人、ホームドクター、弁護士、法学者、医学者、そして司祭。専門家の3人は基本的に自死ほう助に反対の立場だ。それぞれ自死ほう助に対する見解が述べられ、人間の「自己決定」

          【読書記録】『神』フェルディナント・フォン・シーラッハ

          【読書記録】 YOUR UTOPIA by Bora Chung / translated by Anton Hur

          Your Utopia Bora Chung / translated by Anton Hur 8つの短篇が収められた短篇集。 前作『Curst Bunny』は、全編を通して、土着的、呪術的、そして神話的な設定、登場人物の体温や、汗や血や排出物の匂いを生々しく表現する作品集でした。『Your Utopia』はまるで逆、各物語に共通するのは、宇宙、終末、無生物、ディストピアなどの要素。無機的な世界です。前作との対比の鮮やさが第一印象でした。 2つの作品集の圧倒的な温度の違い

          【読書記録】 YOUR UTOPIA by Bora Chung / translated by Anton Hur

          『二人キリ』村山由佳

          『二人キリ』村山由佳 集英社 昔某国で『愛のコリーダ』の無修正版をふつうに深夜放送で見ました(芸術作品枠だったのか)。体調が万全でなかったせいか中毒症状を呈し、わたしの記憶にあるのは肉と血と体液と粘膜、そして不思議な仏語字幕のみ。テーマはもちろんあの「阿部定」事件です。 そんな阿部定の物語『二人キリ』は、脚本家である主人公自身の語り、定の回想、そして事件にまつわる人間たちの証言をもとに組み立てられた定の物語、脚本家から作家へと開眼していく主人公の創作、そして定を主人公にし

          『二人キリ』村山由佳

          哲学史入門Ⅱ デカルトからカント、ヘーゲルまで 斎藤哲也編

          上野修、戸田剛文、御子柴善之、大河内泰樹、山本貴光、吉川浩満 斎藤哲也編 NHK出版新書 9月は哲学史入門月間です(テーマを絞った積読消化ともいう)。 今回読んだのは『哲学史入門』の第2弾。 17世紀の代表的な哲学者から、イギリス経験論、三批判書を中心にカント哲学、ドイツ観念論とヘーゲルまでがカバーされています。 哲学にかんして一家言のある人はよく、「入門書や解説書なんかより一次文献を読め」というオソロシイことをおっしゃいますが、哲学の徒にあるまじき権威主義だと思ってしま

          哲学史入門Ⅱ デカルトからカント、ヘーゲルまで 斎藤哲也編

          ハイファに戻って/太陽の男たち  ガッサーン・カナファーニー 黒田寿郎/奴田原睦明訳

          パレスチナの作家ガッサーン・カナファーニーの作品集。12歳で難民になり、解放運動に携わりながら創作活動を続け、36歳の若さで暗殺されました。短く過酷だった彼の人生があったからこそ、これらの厳しい清冽な祈りのような作品が生まれたのかと思うと、運命と芸術の神の残酷さを思わずにはいられません。 以前ヨーロッパに住んでいたころ、パレスチナ・イスラエル問題のニュースはよく報じられていたけれど、戦争の悲惨が今のように連日SNSによって伝えられるという時代ではありませんでした。あからさま

          ハイファに戻って/太陽の男たち  ガッサーン・カナファーニー 黒田寿郎/奴田原睦明訳

          9月1日 今月は、今持っている哲学史や西洋哲学入門の本を全部読むのが目標です。 読み込んだうえで1冊ごとに細かく読書記録を書いていたら、読む冊数が減るので、今月はメモを取る程度にしようと思います。あえて「読了」とか「理解」は目指しません。 毎月縛りを決めて読む新しい遊び開始。

          9月1日 今月は、今持っている哲学史や西洋哲学入門の本を全部読むのが目標です。 読み込んだうえで1冊ごとに細かく読書記録を書いていたら、読む冊数が減るので、今月はメモを取る程度にしようと思います。あえて「読了」とか「理解」は目指しません。 毎月縛りを決めて読む新しい遊び開始。