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中学生から知りたい パレスチナのこと 岡真理/小山哲/藤原辰史

中学生から知りたい パレスチナのこと 
岡真理/小山哲/藤原辰史 ミシマ社

パレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルへの攻撃を開始してから1年が経った。イスラエルによる大規模な報復攻撃によりガザ地区は壊滅状態に陥った今も、事態は収拾するどころか中東戦争の様相まで帯びてきた。

本書は現代アラブ文学者でパレスチナ問題専門家の岡真理、そして小山哲(『中学生から知りたいウクライナのこと』)と藤原辰史(『ナチスのキッチン』)という歴史学者によるオンライン講座、そして3人による鼎談をもとにして、「パレスチナ問題」にじっくり向き合うために作られた一冊。

重要だと感じた点を3つに分けてみた。

(1)「パレスチナ問題」について、知っておかなければならない基本的なことがら
・パレスチナ人は二千年前にパレスチナの地にいたユダヤ人の末裔である。
・「反ユダヤ主義(反セム主義)」は人種主義(差別)であるが、これはヨーロッパ植民地主義が「発明」したもの。反セム主義に対抗して生まれ大英帝国によって支援されたのがシオニズム運動。国連の分割案決議によりパレスチナにヨーロッパのユダヤ人国がつくられた。つまり問題の起源はヨーロッパにある。(ちなみに敬虔なユダヤ教徒はシオニズムを批判してきた)
・ガザで起きていることはジェノサイドであるが、ジェノサイドが問題の本質ではないこと。ハマスが「なぜ」攻撃を行ったのか――それは脱植民地化を求める抵抗だった。

(2)宗教差別から人種差別へ
ヨーロッパのキリスト教世界におけるユダヤ人は宗教が理由で差別されていたが、近代になって差別の理由が「血」つまり「人種」へと変わっていった。ヨーロッパの植民主義の暴力を支える理論のひとつとして「人種」概念が必要だったのだ。
「(ユダヤ教からキリスト教に)改宗しても“あなたはユダヤ人の家系だから”と差別されてしまうのです」(119)

これに関連して、少し脱線してしまうのだけれど、宗教的差別から人種的差別への転換について知りたいことがある。以前、『Religious Studies in Japan』(volume 7、2024)に掲載された、宗教学研究者の木村智氏によるKathryn Gin Lum 著『Heathen(異教徒、未開人の意味)』についての書評を読んだ。ここで、宗教上の差別が人種差別に転換したことが「replacement narrative」と表現されており、興味を持った。北米における「異教徒」の歴史的な定義は『Heathen』の著者によると宗教と人種が入り混じったものであるとか。近代に起こったユダヤ人差別の問題も、「replacement narrative」と呼ぶことができるのだろうか。これは差別問題研究の用語なのだろうか。今後ぜひ調べてみたいと思った。(『Heathen』は近くペーパーバックが出るそうなのでぜひ読んでみたい)
 
(3)近代の学知は西洋世界がつくった。
「いったい「西」ってなんなのでしょうか」(167)
この問いは、アジアに位置し古来より中国をはじめとする近隣地域から人的・文化的資源を取り込みこれを基盤に国をつくってきた日本に生まれ育った自分に鋭く響いた。私は西側の人なのか。
西側を自認する諸国の態度は、直接・間接的にパレスチナ問題に関与していて、それは研究者であっても例外でないという。
「近代の学知のなかに、このレイシズムが内包されています。ガザのジェノサイドが日本の人文研究者にとって、あたかも中東研究者のみにかかわる問題であり、自分たちには他人事であるとしたら、それはこのレイシズムゆえではないのか」(52)
しかし大切なのは、個人的な責任を追及する前に構造を見直してみることだという。
この点について、2人の歴史家による研究者としての反省と提言がとても印象深かった。
・イスラエルは満州、パレスチナ人は満州の中国人――これがつながらなかったこと。
・世界のつながり方をどういう次元で捉えるのか、という問題。
日本や韓国の歴史学における「東・西」の区別がとりあげられ、「日本の西洋史学という学問が持っているある種の植民地性」が注目される。韓国では「韓・東・西」から「グローバル・ヒストリー」に変える取り組みがおこなわれているとか。

学識者でさえ世界のとらえ方を反省させられる。一般人が受けてきた教育の偏りや自分たちの立ち位置の複雑さを理解し実感することのハードルの高さが思いやられる。

本書は、そのタイトルにあるように「中学生から知りたい」ことばかりだ。頭と心が柔らかい段階で、このような世界のとらえ方を吸収してほしい。そして大人になってしまった私は、枯渇しそうな吸収力を取り戻すために、毎回目玉を洗い直して本を読み続けたい。

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