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ハイファに戻って/太陽の男たち  ガッサーン・カナファーニー 黒田寿郎/奴田原睦明訳

パレスチナの作家ガッサーン・カナファーニーの作品集。12歳で難民になり、解放運動に携わりながら創作活動を続け、36歳の若さで暗殺されました。短く過酷だった彼の人生があったからこそ、これらの厳しい清冽な祈りのような作品が生まれたのかと思うと、運命と芸術の神の残酷さを思わずにはいられません。

以前ヨーロッパに住んでいたころ、パレスチナ・イスラエル問題のニュースはよく報じられていたけれど、戦争の悲惨が今のように連日SNSによって伝えられるという時代ではありませんでした。あからさまにアラブ人全般を嫌い、パレスチナを非難するヨーロッパ人はわたしの周りにもいました。Mishimaを読みKitanoの映画を理解するらしい彼らが、もしカナファーニーの作品を読んでいたら心を痛めたでしょうか。言葉の力ってじつのところ、何なのでしょう。そして受容する側には何が求められるのでしょう。カナファーニーが作家として活躍するだけでなく、パレスチナ解放運動のために力を尽くすという行動の人でもあったことにその答えはあると思います。
安全な場所でカナファーニーの小説を読みアルアライールの詩を読んで、感動のあまり感想文を書いても、ただの陳腐な自己満足だとわかっています。でも小さく叫ばずにはいられない。パレスチナ人、イスラエル人、ヨーロッパ人、そして私という日本人は同じ人間で、生まれたてのときは何の刻印も押されていなかったはず。

表題作『ハイファに戻って』でも『太陽の男たち』でも、パレスチナの人びとは家庭を営み、子どもが生まれます。だけれどそこにいわゆる明るい未来はない。『ハイファに戻って』では、若い夫婦が、イギリスとイスラエル軍による略奪から逃れるさいに、乳飲み子をハイファに置き去りにしてしまいます。そして20年後、初めてハイファに戻った夫婦が出会ったのは、彼らの実の息子だったのか、それとも……
生命は政局と戦局と不意と偶然によって意味なく抹殺されていきます。無意味に耐えられるほど人は強くないから、そこに意味をみいだそうと、無理にでも「物語」で説明しようとします。人びとのそんな「物語」をカナファーニーは虚しいものだとも哀しいことだとも決めつけずに、砂漠のような乾いた筆致で淡々と語るのです。

(河出文庫)

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