宮内利亮 キャリアコンサルタント
ブログに書いた記事を少し手直ししました。“しっかり目”のnoteです。キャリア・就職・転職について
ちょっと想いを綴らせて頂きます。 2021年の夏から、キャリア教育について親が学ぶオンラインサロン 『つくば親と子のキャリア教育アカデミー』をはじめました。 (Facebookグループ) なぜ、これをやるのか。けっこう強い想いがあるんです。 社会にとって必要なことであり、私にできる形であり、私の夢を乗せたものです。 キャリア教育は学校だけに任せてはいけない まず、私はキャリアコンサルタントですが、それ以前は中小企業で10年以上人事に携わっていました。 その中では採用も行う
長期的にキャリアを考える時に、多くの人は30代の意味を誤解していると思います。 30代で何者かになっていないといけないなんてことはなくて、まだまだ修行期間。 ドラクエで言えばレベル上げしながら装備を整えてるようなもの。 実はやりたいことが本当に決められるようになるには、40代以降にはなってしまうんです。 子育てを経験したり、会社の中で大事なポジションを担ったり、実績を上げて自信を持ち、いくつかの役割から解放されて自由度が増すまで、そこそこ時間はかかるんですよね。 それに3
僕が高校生のころは「株には手を出すな!」と言われたものですけど、2022年から高校生は金融教育や資産形成について学ぶようになった。 そしてついに株を配るという会社が実現。 きっとそれが出来る下地が整いそうな時代になってきたということでしょうね。 資本を占有しようという時代から、いよいよ「みんなのものにしてみんなで豊かになろう」という理想に向けて動き出したような、とても大きな転換期を今むかえてるんだなあと思います。 だとしたら、働き方やキャリア形成の在り方も変わりそうです
今回初めての資格更新でした! 審査が通ってひと安心なんですが、何が“やっと”なのかと言うと、2回却下がありまして…もしかしたら申請期間を過ぎてしまうおそれがあったので。。 資格を更新するには、知識研修を8時間、技能研修を30時間受けた証明を送らなければいけないんですね。 そのうち、技能研修は10時間だけ“実務”でも申請ができる。 キャリアコンサルを実際にやっていれば10時間の研修が免除されるということです。 僕はもちろんやっているので、実務で10時間分は申請しました。 た
原始時代は言葉も法律もなかったわけだから、きっと力が支配する厳しい社会だったんでしょうね。 それがイヤで、言葉で何かを伝えたりルールを作ったりしたんだろうなぁ。 古代ローマでは、写真もビデオもDNA鑑定もなかったわけだから、口が上手い人が出世したでしょう。 現代の会社内でそんなことを許されたらたまったもんじゃないけど、その時代はどうしようもないから口の上手さを磨くことが実力だったかも。 でもやっぱりそれがイヤで、証拠を残すようにさまざまな記録媒体を作り出したんだろうな。
親がいつまでも親をやっていると、子供は将来どうなりたいのかをいつまで経っても描けないかもしれません。 1番近くにいる大人が、たとえ自分のためとはいえ我慢してあくせく働いていたら、働くことは辛いものだと感じる。 もしかしたら子供を育てることも辛いことだと感じてしまう。 本来の人のキャリアは40歳あたりで大きなターニングポイントを迎える。 人生半ばの過渡期と呼ばれる、本来の自分はどこに向かいたいのかを決定していく時期です。 多くの人はこう思うはずです。 「そんな時期、子供もま
僕は「やりたいこと」を言葉にするキャリアコンサルセッションが大好き。 そこそこ時間がかかるけど、90分×8回のうち7回目に出来上がるその“ひとこと”は、その人だけの体験から滲み出た想いの上で、確固たる社会への願いになって昇華する。 それがあまりに美しく尊いものに思えて、何度やっても毎回心が震える感動があるんです。 人の想いと願いはとても強いもので、話したり言葉にしたり、行動したりすることでまた他の人に伝染して拡大していく。 また、大聖堂や飛行機など、建築や物にも想いと願いが
キャリアは時間軸を長く見て設計することが大切です。 今選ぶべき選択肢は、何がしたくてどこに向かい、どんなプランで進むのかで変わってきますからね。 例えば特性分析をすると、どうしてもその特性を活かした仕事を“今すぐに”探そうとする。 それは十分に経験と実績がある人ならいいんだけど、多くの場合はそうじゃない。 まだ伸び代があるんです。 特性を完全に満たす理想をまずは描く。 そうすると今の能力とのギャップが見えてくる。 それを埋めるのがキャリアプランです。 今すぐに特性に合
子供たちにとって、核家族化や親戚との接点が減ったこと、地域社会とのつながりが薄くなっていることで、大人と向き合う経験値が不足しがちだと思います。 学校でも色々なしがらみから、先生がなんでも自由に振る舞える時代ではないだろうし。 親も家庭内では毒親と言われないよう「ああしなければいけない、こうしなければいけない」と考えますよね。 だから子供たちは、等身大の大人とはまともに触れ合っていない可能性が高い。 すると例えば部活で外部コーチが教えに来た時に、かしこまりすぎてせっかく
日本のアニメコンテンツが世界の市場で急成長しているようですね。 コロナやネトフリなどの外的な要因も関わってはいるけど、日本にはそもそも大きな優位性があることは間違いないはず。 漫画やアニメに子供の頃から親しんできたのは当たり前ではなくて、テレビの時代なら私たち日本人しか見れていなかったものが多くある。 人種や宗教の問題で海外では表現できないものを日本では描写できていたり。 またビジネス寄りのコンテンツ制作よりもこだわりを美徳とする文化も、より繊細で職人的な作品につながって
何かを選択する時に「私は〜がいいです」と言えるのは素晴らしいことだと思うんです。 誰かがそんな発言をしているのを聞くととても小気味いい感じがするけど、自分が言おうとしたらなかなか難しいな。 「僕は〜かな」 「私は〜ですかね」 「〜でいいよ」 そんな言葉を使ってる。 飲食店でもメニューを選択しまくっているけど「店員さん、僕はコーヒーがいいです」とは言ってない。 服を買う時にも「これがいい!」と言うには相当な決め手が必要。 子供の頃は「これがいーのー!」って言えてたのになあ
よく人事評価で言われる評価エラーは、意外と自分にもしてしまっていることがあるんです。 直近の仕事がうまくいかなかったから全てがうまくいっていなかったかのような気になってしまう期末誤差。 特大の成果を上げた時に使った能力が自分の最も強い能力だと思ってしまうハロー効果。 トップレベルの優秀な人の集団に入ってしまい、比較対象が偏っている中での対比誤差。 失わなくていい自信を失ったり、本来活かすべき能力をスルーしてしまったりするので、大きな損失になる自己評価エラーです。 だから
コミュニケーション能力は能力。 つまり練習によって上手になるものなんだけど、特性によって伸びやすい伸びにくい方向があり、さらに特性によって経験している方向に圧倒的な差が出る。 明るいグループにいる人は活発で広くスピーディーなコミュニケーションの経験値が高い。 おとなしいグループにいる人は冷静に繊細な機微を拾ったり相手の言葉を待つ静かで深いコミュニケーションの経験値が高い。 しかも現代では、世代によってさらに経験値が全く違うという現象が起きていると思います。 特にスマホネイ
キャリアの軸を描くというのは、個人個人が曼荼羅を持つようなものだと思います。 「やりたいことが分からない」と悩む人の多くは、まずどのぐらいの自分情報の量が必要なのかやその情報をどのように処理すればいいかを知らない。 もちろん、思っているより多いんです。 そして、そんなに大量の情報を掛け合わせてキャリアを選択することなんてできないと思っている。 それはなぜかと言うと、論理的・言語的にアウトプットしようとしすぎるからと言っていいかもしれない。 論理は必要です。 かなりの納得
とことん実力勝負の時代になってきたと思うのは、特に子供たちと大人たちの関係で問題を目にした時。 例えば生徒と先生の関係であれば、昔は体罰や怒鳴るなどの行動である程度統制できたのかもしれない。 だけど今そんなことをしたら大問題になってしまうから、どちらかと言うと生徒の立場が強くなっているように見えます。 先生を無視したり、バカにしたり、茶化したりする場面が増えたんじゃないだろうか。 あくまで子供たちから聞く程度の情報なので定かではないですが、先生が強硬的な手段を取れないのは
成人が18歳になりましたよね。 キャリアの大きな課題のひとつに、自己決定に基づいて仕事に主体的に取り組んでいく時期の遅れが指摘されています。 無理もない。 10歳ぐらいになったら農作業に出ていたような識字率の低い時代ではなく、全ての人に均等に高いレベルの教育を施そうとしているんだから。 教育の期間はとんでもなく長くなり、最も頭と体が全盛期を迎える時すら学問に費やしているかもしれませんね。 自由と競争の果てに、おそらく昔の倍程度の時間を教育に使うようになっている。 これが