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詩『往復書簡』

東から昇った太陽の延長線と西に沈みゆく夕日の回帰線。線が形式上の婚姻を結んだら、ひかりと影が運搬されてゆく。いちにちの始まりといちにちの終わりが線の上でつながって、浮き彫りになるのだ。彫刻刀でできた歯を研ぐ。あなた、の言葉の外郭をじわり、じわり、と彫ってゆく。Tattooみたいなことばとことばが身体の俎板の上で接合される。単語を鋳る。いろを削いで、削いでいって、声を引き締めてゆく。指先をつたうように、体温がこぼれ落ちる。

(あ、わたし……)

哺乳類の動詞を懐妊したわ。動植物の名詞を探している。天秤がゆらゆら揺れて、関係性を測っているの。基礎体温の変動を監視して、あたたかい学名を与えて頂戴。珍しい視線が飛び交うなかで、どこの科に属するかを辞典の文字に尋問する。この皮膚感覚をわすれないで。渇いた土地の暮らしで、このひれえらが退化、いや、進化したの。ねえ、新しい肌を触ってよ。ざらり、とした質感の吐息混じり。指と指で無言の契約書を取り交わそうよ。

『×××××』

紫煙しえんくゆらせて、喉がじん、と熱い。近くのあなたがつかまえられない。ほろ苦い煙が流れはじめたときは、きっとまたあなたの横顔がにおう。死んだ成魚みたいな瞳をすすいで、きれいに澄んだ水で洗浄しながら、この世界をもういちど見せたいわ。擦り切れた袖口は何色に見えるの。ほころぶつぼみの表情を仕分けてゆく。魚類、鳥類、両生類、哺乳類……カテゴライズの額装をぶち破れば、遠い稜線りょうせんにピントが合うだろうか。フレームイン、フレームアウト、くりかえし焦点を切り替えている。シャッターチャンスを逃さないでね。

(あ、あなた……)

あかく錆びた額に釘を打ちつけて、間延びしたふたり、の溝に雷鳴を。発育中の進行形が腹を蹴ってくる。わたし、のなかで波打つ五段活用。凝縮された朝露を積みかさねたい。小さい真珠の語句を糸につないで、ひびの入った首元を埋めこんでゆく。年を重ねると文字は、滑らかに踊る。伝えたいことはどんどん遠ざかり、どんなに直球を投げても曲がって、ひとびとがぶつかり合う日々の芯。

(花よ、ゆっくりと水を吸い上げて)
(星よ、まぶしげに命を汲み上げて)
(月よ、ぼんやりと時を押し上げて)

いのちは細かい息吹を成長させる。ことばを何度も咀嚼そしゃくして内部へと。時間の波に育まれて、ひだをみつめる。襞と襞を縫い合わせたらあなたへ。手紙を綴っては折り畳み、また綴る。しずかに万年筆を置く。毎朝、眩しい光の共鳴を投函して、毎晩、陰影の傾斜を憂いて、追跡システムを繰る。ふたり、の舌に貼りついた切手。いつか解けて溶けて流れてゆく。こんなに近くに相手がいるのに、ことばが遠くで渦巻いてる。あなたの左隣で返事を待っている。 

渦潮、
あなたの肌に夏の唾液が染みる
視線を投げて台所に塩を取りに
シンクの三角コーナーに出し殻
なみだの皮を一枚、一枚捨てて
ふたりの顔が呑みこまれてゆく

『それぞれの発語を呼び出して』


photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、prismさん)

photo2:usplash
design:未来の味蕾
design&poem:未来の味蕾

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未来の味蕾
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