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刻一刻物語

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時間と場所と記憶と夢と。 とりとめがないけれど、 いつか思い出すための物語格納庫。
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力を得るもの

力を得るもの

 しろい、しろいしろい細かな粒の中を、体ごと進んでいる感覚。
 落ちているのか、飛んでいるのか。
 ふと、目を開けてみたら粒が目に入りそうになって慌ててまたぎゅっと目を瞑った。
 ずっと夢を見ていたような気がするのだけれど、なんだかそれも曖昧で、どうでもよくて、とにかく自分は今、何処かへ行こうとしているようだ。
 そうしてそれは自分の意志ではなくて、何か大きな抗えない力に押されているのか、引っ張ら

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静脈と動脈、ハサミと剃刀のダンス

静脈と動脈、ハサミと剃刀のダンス

  笑え、笑え。
  踊れ、踊れ。

 その昔、さんぱつ屋は戦争中に召集を免れた半島の人たちがやっていた商売だったという。
 それはそう、当時日の本の男という男達は、皆駆り出されてしまったのだから。
 
 戦時中でも髪はのびる。

 とつくにの人種ということで強制をかわせた人たちの小さな店は、それでも必要とされたからそれなりに役に立っていたのだ。

 ごらん、あの角の青と赤の
くるくるが回ってる古

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BLACK BOXのお月様🌕

BLACK BOXのお月様🌕

 あの頃空はまだ本物で、雨が降ったり雲ができたり虹が現れたりしていたよ。
 月だって見えたんだ。満ちたり欠けたりしていたのだ。今となっては信じられないでしょう。

 ドームの外側にあるのはもう空じゃなくてただの空間。誰も空や星や月や雨を見たことなくなってしまった時から。
 ドーム外には有害ガスが満ちているから出られないというのは実は嘘で、ドームの外にある虚無を見てしまうともう戻れなくなるからなのだ

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たましいのぬけがら

たましいのぬけがら

「蒲鉾とソーセージ」
「豆腐とチーズ」
「発泡スチロールとおこし」
「段ボールと油揚げ」

 折紙で鶴を折りながら「似ているもの」あるあるを言い合う。

「豆腐と納豆は字が逆よね」
「豆が腐ったらなっとうで、豆を納めたらとうふじゃない?逆よね。ずっと思ってるの。変だなあって」

 商店街のはずれにあるしもた屋を借りて役所が作った集いの場所。冷房がきいていて涼しいので、夏はみな涼みに来る。
 何もし

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トランジスタ・ブルーの企て~集積回路は夢を見るか?

トランジスタ・ブルーの企て~集積回路は夢を見るか?

 "はんだ" の匂いが眠りをさそうから…

 お父さんは家の敷地内に作業用の小屋を建てた。南側のサッシの掃き出し窓から入ると、色とりどりのコンデンサがお皿に並べられているから、ここは遊園地みたいなんだよ。

 緑色の基板にささったコンデンサの中に集められた情報には、私のDNAも入っているの?

「コレとコレを回路につないで "はんだ" で固定すれば、女の子が生まれるんだ」

 そんなふうにして私も

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読みかけのお月様

 ホウキ星の尾っぽを栞代わりにして昨晩読んだところまでを目印にしておいたのだが、さてーーー

 この物語はあまりにもあっけなく終わりを迎えるので、実のところもうあまり読む気は失せてしまっていた。薄々は気づいていたはずの結末、それがどうにもお粗末で、やりきれなくなってしまうのだった。

 ウソでしょ?みたいな事を散々繰り返したお陰で星は無尽蔵に増え続け、あっちでぶつかりこっちでぶつかりしているうちに

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星の取引

星の取引

 今夜Kobe、M埠頭のS倉庫の前で、星取引をしようという話が出たらしい。私はそれを昼間買いに行った市場の中の豆腐屋の親爺から聞いたのだが、疑わしいので笑って済まそうとすると、商工会議所が絡んでいるから本当だ、などと言って妙に引き下がらない。
 まあ、ここKobeにおいては、そんな事があってもおかしくはない土地柄ではある。

 星は常に作られてはいるものの、それほど需要が無いため、供給過剰となって

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遠くと信号(その2・完結)

遠くと信号(その2・完結)

 もう電車の窓の外は日暮れて暗くなってきた。遠くに灯りの点った家の窓が、ちらちらと動いていく。あそこに人がいて、夕ごはんの支度をしたりしているんだな。
 そういえば朝食べたきり何も食べていないので、お腹がすいた。
 今はどの辺りだろう。と、思った時、母さんが荷物を網棚から下ろした。
「次で降りるから」
 それだけ言うと荷物を座席に置いて、母さんはまた窓の外をながめていた。

 止まった駅は無人で、

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遠くと信号(その1)

遠くと信号(その1)

 
 ターミナル駅から西へ繋がる路線に乗り換えて、終点に着いたらそこから更に西へと向かう電車に乗り換えた。朝、家を出てからもう5時間くらい経っているんじゃないか。
 電車は乗り換える度に人が減ってゆき、窓の外は山や畑ばかりになっていった。
 今乗っている電車は向かい合わせになった座席に母さんと座って、1時間以上になる。
 母さんは何も言わずにずっと窓の外を見ている。ぼくは退屈だけれど、話しかける雰

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【入れ子になった夢の話】サンドイッチを食べた

【入れ子になった夢の話】サンドイッチを食べた

おいしい サンドイッチのレシピ を
夢 で見た ので
目が覚めてから 台所 で実際に 
そのサンドイッチ を作った。

後で食べ ようと
ラップ に包んで 冷蔵庫に 入れた。

庭に出て草木に水やりをして部屋に戻ると
彼が起きてきた。
一緒にサンドイッチを食べようと
冷蔵庫を開けたら無い。

「食べちゃったの?」
と聞くと彼は
「夢で食べた」
と言う。

「夢じゃないでしょ。今、食べたんでしょ」

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よく晴れた冬の日の話

よく晴れた冬の日の話

「坊や」
 おじいさんは傍らの男の子に話しかける。
 男の子はさっきから積み木を積んでは崩している。
 よく陽のあたる縁側の廊下。南向きの、この場所が、冬のこの時期午前10時すぎには、いちばん暖かい。
「坊や」
 家の者たちは皆、朝から年末の大掃除で、畳を外に干したり窓ガラスを拭き上げたりと忙しい。
 おじいさんは子どもと縁側で日向ぼっこ中である。
「庭の向こうに藤棚があるんやが」
 子どもは積み

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永遠瞬間製造 Co.Ltd

永遠瞬間製造 Co.Ltd

 ゆーじは町工場で精密機器の部品を作っている。旋盤を回して夏は汗だらけで。

 ゆーじは僕の小さい頃を知っていたけど僕はゆーじを知らなかった。
 初めて会った時に「ずいぶん大きくなったんだな」って言われて、知らない人だけど僕を知ってくれていることに安心したのを覚えている。

 ゆーじの作る部品で街の中心にあるでっかいビルの耐震構造とかが造られているらしい。
  ゆーじはすごい仕事をしている。ゆーじ

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記憶を売る店

記憶を売る店

 古い市場の中を歩いていた。シャッターが閉まったままの店舗が増えて、寂しい感じがするが、再来年には創設100周年を迎えるという長い年月を経てきた市場だ。
 乾物屋やお惣菜屋、魚屋、漬物店などが元気に営業中だ。

 ふと、見慣れない店があるのに気がついた。古いガラスケースや木製の古い棚にごちゃごちゃと色んな物が置かれている。
 最近できたのかな?アンティーク、というよりはガラクタに近い商品の数々。

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取り返しのつかなくなった話

取り返しのつかなくなった話

 それはたまたまほんの少しの時間、わたしがその部屋に一人きりになったことから起こった出来事である。
 その時ある装置のことをふと思い出したのだ。それは上司の机の引き出しの上から2番目、奥の仕切りをはずした下にあることを、なぜかわたしは知っていた。
 上司と飲みに行った酒の席で、酔った彼がふいに漏らしたのだったか、それとも一緒に得意先に向かう車の中でなんとなく話題が欲しくて彼が冗談めかして話したのだ

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