トランジスタ・ブルーの企て~集積回路は夢を見るか?
"はんだ" の匂いが眠りをさそうから…
お父さんは家の敷地内に作業用の小屋を建てた。南側のサッシの掃き出し窓から入ると、色とりどりのコンデンサがお皿に並べられているから、ここは遊園地みたいなんだよ。
緑色の基板にささったコンデンサの中に集められた情報には、私のDNAも入っているの?
「コレとコレを回路につないで "はんだ" で固定すれば、女の子が生まれるんだ」
そんなふうにして私もきっと生まれたんだ、だからこの匂いすごくなつかしい…
「あっ」
お父さんがひと休みしに、いつもの喫茶店に向かうみたいだ。
「いらっしゃいませ」
喫茶店の女主人はいつも歯を見せて笑いかけてくる。
アイスコーヒーにお父さんはミルクを入れない。ミルクを入れるとたちまち渦が煙幕みたいに琥珀を濁してしまうから…
「君の気持ちを知りたいんだ」
決して瞳を見つめたりはしないけど、二人だけの暗号がどこかにあるというの?
それなら私はそれを見つけて、ビスケットの缶に閉じ込めて庭に埋めなければ。
お父さんが行ってしまう前に…
絶縁を施した碍子の迷路からぬけだせない。
0/1の電気信号から読みとるメッセージは1001秒もかからないうちに宇宙へ飛び去ってしまう。身体中をつきぬける放射線のメロディー、それはとてもなつかしい子守り歌のようなもの、いつかたしかに聞いた覚えがある。
だからといって安心して眠ってしまったら、きっとまた間に合わない。今度こそは、と思って、この殺風景な緑色の世界に飛びこんできたのだもの。回路はまだしばらくは開いてるはず、正しく青のコンデンサを決定された座標に届けることさえできればきっと、大丈夫…
「起きなさい。もう夕方だよ」
私はすっかり眠っていたようだ。布地が破れてバネの飛び出したソファーから体を起こす。
夕方? お父さんは…
「今日は喫茶店には行かないの?」
お父さんはオレンジとブルーのラインが入ったコンデンサを緑色の基板に差し込みながら笑った。
「夏が終わったからね。もう、アイスコーヒーは飲まないんだ」
ふうん、と私は気のない返事をしたけれど、夢の中で私は秘密を埋めたのだろうか?
夢はすでに溶けてしまい、どうしてもそれが思い出せないのだった。
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