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名取 道治 Michihari NATORI
2022年2月10日 18:43
誰が誰だか分からない人混みに揉まれたい。美大を中退して広告企業の企画部に勤める男は、痩せ細った身を抱いて目をつむった。ネットに住所を貼り、「誰でも可」と人間を募った。彼は四万人のフォロワーを抱えるツイッタラーであった。小一時間ほどで2DKの安アパートに床板が跳ねるほどの人間が集まった。誰しも行き場がなかったのである。元カノの居た部屋のレコードを誰かがいじり、QUEENの"We Are Th
2022年1月26日 09:17
母のいない私からすると、日本庭園の橋の手前にある、丸まった人のような花崗岩に、母というものが見えていた。この家を取り仕切る父の母、つまり、私の祖母に、服従を見せるような気弱さが、花崗岩の模様の震えに表れているとさえ思っていた。 私には、この花崗岩が、母に思えてならない。そんなことは、おおよそ、馬鹿げたことである。だが、私は、子供のころより、小川の流れる日本庭園で遊ぶとき、庭園はだだっ広いにもか
2021年3月30日 21:58
はっきり云って、Noteに小説を載せるほど身はすり切れる。 無料公開の作品に、命は擲てないだろう。てきとうに。てきとうに。そうおもうほど、創る力は腐ってしまう。命の火をかきたてながら、創ることが肝なのに、冷気に命を漬けて、火を葬っている。 しかし、Noteで試みたことは、現代への道を築くことであった。 私は4編『快刀乱麻』『汽車ごっこ』『蛙は風になる』『珍客』を載せた。けっこう駄作だと
2021年3月28日 18:17
「大きく云えば、戦争、災害、小さく云えば、事件、病気、人間生きてりゃ、それなりの理不尽にぶちあたるさ。葉が枯れるように、空が陰るように、血が黒ずむように、風が凪ぐように、乾いた濁った張りつめた静寂に、ぜんぶが呑まれちまうさ。それでそいつはたまらなく苦い味なんだ。なんで苦い味を舐めながら生きにゃならんか、苦悩が始まってしまうんだ。つまり、(語り手は、手を右から左に動かす。)理不尽→苦悩の図式があるの
2021年3月26日 21:05
幸福というものはたわいなくっていいものだ ――草野心平 暮れ方に、山の音。 蛙はうすめをひらき、風にたなびく水田をうつし、「……おれは風かもしれない。ちょっと、周りを揺すって、それでおしまい……。なあんの意味もない。そうさ、そうさ、おれは風だ。ああ、おれは風なんだ」 ふわあっと、蛙は大きな口をあけました。緑いろの顔に、青いろの隈。すいみん不足でした。きのう、月にみとれていたのです。蛙
2021年2月27日 17:05
四人の子は、空き地につどってから、父と母の悪口をいった。それから、自分たちは、かならず、父と母より、すばらしい教育をすると、誓いあった。四人は、八歳の小学二年生である。しかし、切なく笑えるほど、四人は垢ぬけていた。それは、たぶん、四人のあいだで疑問をもちより、議論につばをはきあい、世のたいていの嘘をあばききったからだった。 四人の子は、三軒ずつが向かいあう区画で、四隅の家に分かれて住んでいた。
2021年2月27日 17:00
電車ごっこではなく、「汽車ごっこ」と題したのも、いくらか理由あってのことだった。 一九三二年、文部省が「電車ごっこ」という文部省唱歌をあんでいた。なんでも、尋常小学校一年生むけの歌である。 電車ごっこ 運転手は 君だ 車掌は 僕だ あとの四人が 電車のお客 お乗りは お早く 動きます ちんちん 運転手は上手 電車は早い つぎは上野の 公園前
2021年1月30日 00:24
硯に筆をたっぷりとつけ、四度の深呼吸、十五度ばかり身を屈め、半切の和紙、かるくおさえる。「……快刀乱麻」 これからしるす四字である。男は、おのれの恥をすすぎ、死ぬために書くのである。その悲壮な信念に、まともな同情が得られるほど、世は清潔ではなく、堕落していて、手狭ではあるが、やわらかいものを食べ、ふんわりしたものにうたた寝できるほど、平和な世になっていた。してみるに、この世からすれば、死ぬこ