見出し画像

人に頼る必要なんてない!人生を好転させる驚くべき方法とは

こんにちは!けんぞーです!今回は「憧れや頼りになる人を持つのは良いが、『あること』も考えておかないと人生辛いものになる」という記事を書いていこうと思います。

この記事はこんなあなたにおすすめです

・なんかわからないけど、孤独感を感じている人
・周りとの温度感を感じている人
・憧れや頼りになる人がいる人
・日々ストレスを感じている人


みなさんは、憧れの人とか頼りになる人、頼りにしているものなどありますか?

「○○さんは頼りになる」
「これを頼りに人生生きてます」

と言った人もいるでしょう。

しかし、その頼りにしているものがなくなった時、あなたはどうなると思いますか?

怖いですよね

そこで、今回は、誰か(何か)を頼りにしていることは決していいことではないというお話をこれまた斬新な角度である「禅」という宗教的観点から解説していきます

ちなみに私は、20代で公務員を退職、独自の転職術で大手上場企業に就職することができた「仕事や日常で役立つ情報を発信している」若きビジネスマンです。ビジネススキルやお金の知識、本の紹介、日常での気づきを発信しているので
もし宜しければフォローよろしくお願いします!!

詳しくはこちらをご覧ください!


【人の努力を笑う日本という国】

あなたは、最近の生活において、何か頑張っていることありますか?

受験勉強に燃えている高校生
就活を頑張っている大学生
仕事を覚えるのに必死な社会人1年目
慣れてきて昇進を目指している管理職の方

いろんな人はいますが、みなさん共通して毎日何かしら努力を続けている人がほとんどでしょう。

しかし、こういう経験ないですか?

毎日必死に努力していると

「何真面目に頑張ってんだよ〜」
「え、意識高い系?」

と言った、他人を貶めて自分の順位を確保しようとする関わらない方がいい人間ランキング3位くらいの人


ちょっと話はそれますが、これは日本教育の弊害とも言えます。

日本では、小学校の頃からクラス分けでは、偏差値が平均になるようにされており、授業も理解の遅い人に合わせてるなど、みんなでゴールを取りましょうの頭お花畑マインドが根付いています。

私の知り合いで中国に留学していた人がいるのですが、中国では、学力によってもはや人権が差別されていると言ってもいいほど、実力主義を求められます。

例えば、小学校の頃から留年制度があったり、成績も学力と先生にいかに気に入られるかのポイントも鍵になってきます。

極め付けは、成績の高い学生には線は入った腕章が与えられ(学校によって異なりますが)、発言権や影響力を得たりします。

つまり、小学校の頃から格差ができ、実力主義が求められる世界を経験するのです。


話は戻りますが、人並外れた努力をしている人は孤独になりやすいのがこの日本の特徴とも言えます。


【現代ならではの孤独感】

多くの人にとって人並外れた努力をしている瞬間は、極度のストレスがかかったり、孤独感を感じたりします。

その結果、朝起きることに疲労感を覚えたり、寝ることを1日の唯一の楽しみにして、寝るために1日を起きていると言った人が多いのではないでしょうか。


例えば、受験勉強

多くの人が自分の力で、その試練を突破しなければいけません。

他人に頼って突破できるほど受験は甘くないことは周知の事実でしょう。

どうやってできたのか証明を求められる公式、その公式を使って応用的に解かないと答えに辿り着けない数学問題、色んなことに紐づけて覚えないといけない歴史、そもそも読めないと問題の意味すらわからない英語、、、、、

そして、それらの情報が載っている今までの人生で見たこともないような分厚い参考書、受験前の教室の殺気立った空気、周囲からの期待

そして、何度もやる気を出して目標に向かって努力しようとするが、孤独感に押しつぶされそうになって、こう思う

「俺には到底無理かも」と


これは、なにも受験だけに留まりません。

経営者と呼ばれる人たちの多くも、近年の急激な時代変化による重圧で押しつぶされそうになりながらも、たった一人で自分の会社を守るために、合ってるかどうかわからない方法で成果を追い求めています。


こうやって、人は、生きていれば「頼る人が誰もいない」というフェーズは必ず起きます。

このように頼れるものがないとき、今まで頼れる人や憧れる人にいつも頼っていた人は、何もできない人間になってしまうのです。


そんなとき、人はどうすればいいのでしょうか?


【禅の教え「看却下」とは】

禅の教えに「看脚下」というものがあります。

これは、簡単に説明すると、

「自分の足元をよく見る」という禅の教えです。

その元となるお話はある記事で紹介されていますが、ざっくり内容を説明します。

昔、中国に法演(ほうえん)という禅僧がいました。

その坊さんが、ある晩、3人の弟子を連れて寺に帰る時のことです。暗い夜道ですから明かりを灯さねば帰れません。

その時、一陣の風が吹いてきて、その灯が吹き消され真っ暗になってしまったのです。

一向はそこで立ちすくみます。

その時、法演が三人の弟子達に向かって質問をしました。

「暗い夜に道を歩く時は明かりが必要だ。その明かりが今消えてしまった。さあお前達、この暗闇の中をどうするか言え」と。(中略)


そこで、ある一人の弟子がこう答えたのです。

「看却下」と

つまり「真っ暗で危ないから、つまずかないように足元をよく見て歩きましょう」と答えたのです。この言葉が師匠の心に響き「そこだ、その通り」と絶賛したということです。


ここでいう暗闇とは、自分の人生の行く先が真っ暗になったということです。

例えば、思いも寄らない壁にぶつかって、お先真っ暗なところをどう切り抜けていくかという問いです。


仏教の世界では「法灯明」と「自灯明」という言葉があります。

法灯明:教えや真理の灯火を灯すこと(大事にし続ける)

自灯明:あなた自身の灯火を灯すこと


人は目標に向かって、一直線にひたすら仕事や勉強をしているとき孤独感に押しつぶされそうになります

確かに、そんなとき頼れるのは、「法灯明:誰かの教え」なのかもしれません。


しかし、それは長続きしないのが現状です。


現実は、乗り越えるには大きく、壊すにはびくともしない壁が無数に溢れています。

その壁にぶつかるたびに自分の無力感を痛いほど痛感し、逃げ出したくなる孤独感におそわれます。

しかも、壁にぶつかっても人に頼れない状況の方が多いのです。


そんなとき、誰かの言葉や教えではなく、「自分の灯火を見つける」ことが大切なのです。


先の話の夜道の話ですが、大体の人間が暗闇になると、師匠の指示を待ちます(師匠を灯火にする)

しかし、人生の本質はそうではなく、自分で灯火を灯していかないといけないのです。

「困難」という夜風が吹いて、灯火が消えた暗い「人生」という夜道でまず今ここでなすべきことは何か。

それは他の余計なことは考えずに、転ぶことがないように着実に足元を気を付けて行くということなのです。

もう一歩踏み込んで解釈をすると、自分自身をよく知りなさいということなのです。

自分は何ができて、何をすべきなのか。

つまり、自分の足元を直しながら、我が生き方を深く考察しなさいということなのです。

足元を見ると同時に、次強いの人生の至らなさを確認してほしいのです。

未熟である自分に気づく、発見する。

足元を見ると言う事の中には、そういう大事な意味があるのです。


みなさんもこれを機に自分の人生を振り返ってみて、自身の灯火を灯してみてください。きっと、見え方が変わってきます


【今日の一言】

憧れの人は、一生越えられない。だって、その人は憧れであってそれ以上の能力の存在が世の中にあることをあなた自身が気づかないから。


以上、この記事が皆さんの人生において何かのヒントになれば幸いです!!

私の記事では、このようにビジネススキルや独特な思考資産形成やお金にまつわる知識、書評などを毎日配信しておりますのでよろしかったら、フォローのほどよろしくお願い致します!!

#ビジネス #転職スキル #ビジネススキル #お金 #公務員 #書評 #リーダーシップ #毎日note #スキしてみて #宗教 #とは  #教え #テクニック #マインド #人間関係 #心理学 #考え方 #note #読書感想文 #孤独 #最近の学び #最近の発見 #禅 #社会人 #自己啓発 #努力 #コラム #エッセイ #仕事 #サラリーマン

以下、おすすめの記事を紹介しておきます


この記事が参加している募集

いつもサポートしていただいてる皆様本当にありがとうございます!皆さんがサポートした以上の価値を提供できるように、サポートしていただいた費用は、全額「よりおもしろい記事」を書くための情報収集費用(書籍、セミナー参加費、交通費など)に当てさせていただいてます!!