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    他のマガジンに属しない記事をここにまとめます。

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    筆者は IT 技術者なので、IT 技術に関する記事も書きます。Microsoft 系の内容が多めになると思います。

最近の記事

地球ワイン [ショートショート]

冷たい空気が肌に触れる。私は地下貯蔵庫の重い扉を押し開けた。階段を降りるたびに、湿った石の香りが濃くなる。壁際には無数のワインボトルが並び、それぞれがラベルで過去の収穫年を語っていた。 中央のテーブルに置かれた1本のワイン。特別なものと分かるのは、そのラベルに描かれた奇妙な模様のせいだった。淡い緑色の線が渦を描き、中央には丸い惑星のような形が浮かんでいる。手に取ると、ボトルの中で液体が僅かに光を反射した。 「それ、面白いよね」 背後で声がした。振り向くと、貯蔵庫の管理人が

    • 愛してるの裏側 [ショートショート]

      試験当日、私は教室の一番後ろの席に座っていた。前日、ほとんど勉強せずに眠った結果、目の前の問題は全く解ける気配がなかった。ちらりと隣を見ると、優等生の竹内さんが静かに答案を埋めている。私はふと、彼女の答案用紙に目をやった。 カンニングなんてするつもりはなかった。そう思いながらも、目は自然と竹内さんの手元に向かう。彼女の書いた数字や記号が鮮明に見える。反射的に、自分の答案に鉛筆を走らせた。「これくらいなら大丈夫だろう」そう心の中で言い訳をした。 試験終了の鐘が鳴った。解答用

      • 鏡の奥の神と悪魔 [ショートショート]

        洗面所の鏡に向かうと、自分の顔が映った。髪を整え、軽く笑ってみる。疲れた顔に、笑顔を作るのはなかなかの努力がいる。 「あなたが笑えば、世界も少し明るくなる」 そう言われたことがある。だが、実際にそんなことがあるのか、疑問だった。鏡越しに自分をじっと見つめる。 その瞬間、何かが揺らいだ。自分の瞳の中に見知らぬものが映り込んでいる気がした。目を凝らすと、鏡の奥に黒い影が動いている。 「ようやく気づいたか」 その声は確かに耳ではなく、頭の中で響いた。背筋が凍る感覚に包まれる。

        • クレーンゲームの天才 [ショートショート]

          仕事帰り、ふらりと立ち寄ったゲームセンターで、私は無意識にクレーンゲームの前に立っていた。透明なガラス越しにぬいぐるみが整然と並び、どれもやや大きめで、愛らしい。今日もまた失敗するだろう、と思いつつ、財布から硬貨を取り出した。 「挑戦してみようかな」小声でつぶやき、百円玉を投入した。クレーンを動かし、慎重に位置を調整する。この瞬間、なぜか私はひどく集中していた。クレーンが降りる。爪がぬいぐるみをしっかり掴む。そして、見事に景品口へ運ばれた。 「やった......」静かに喜

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        記事

          保健室の時間割 [ショートショート]

          朝の会が終わり、黒板に記されたスケジュールを眺めた。今日は三時間目に体育がある。何度経験しても、この時間が苦手だ。誰かとペアを組む必要がある種目は特に嫌いだった。 「次、体操服に着替えてください。」担任の声が響き渡り、教室中が動き出す。私は他の子たちの後ろを歩きながら、更衣室へ向かう足取りをわざと遅らせた。 更衣室の賑やかさに圧倒され、肩をすぼめる。話しかけられる心配はない。誰も私に話しかけたりしないから。でも、それでも胸が締め付けられる。 体育館に移動する直前、ふと目

          保健室の時間割 [ショートショート]

          宇宙の新作 [ショートショート]

          リビングのテーブルに並べられた機材を見つめながら、私は息をついた。目の前には自作の装置が鎮座している。ディスク状のアンテナと、怪しげなLEDが輝くコントローラー。これは、宇宙人が送ってくるアニメを受信する実験用装置だった。 「本当にこんなので動くと思う?」友人の里奈が、半ば呆れた顔で訊ねてきた。彼女はいつも私の奇妙な実験に巻き込まれている。私は肩をすくめて答える。「わからない。でも、やってみないと。」 装置をオンにすると、低いモーター音が響き始めた。アンテナが微妙に動き、

          宇宙の新作 [ショートショート]

          光る温泉のお土産 [ショートショート]

          温泉街の土産物店に立ち寄ると、カラフルなLEDが瞬く棚が目に入った。土産物の棚は多様で、陶器の湯飲み、風情ある絵葉書、そして地元特産の温泉のもとが並ぶ。その一角に小さなLEDライト付きのストラップが、ピカピカと輝いていた。水滴のような形の透明なチャームの中に、温泉街の夜景が小さく収められている。ライトを点けると、内部がゆっくりと青から緑、赤へと移り変わる。 「これ、光るんですね」と試しにボタンを押してみると、柔らかな青い光が指先を照らした。店主が微笑みながら「温泉の蒸気をイ

          光る温泉のお土産 [ショートショート]

          時計台の午後 [ショートショート]

          時計台の前は観光客で賑わっていた。紅葉の季節ともなると、週末のこの場所は特に混み合う。私はそんな人波をかき分けるようにして、目の前のベンチを確保した。 冷たい風が頬をかすめ、赤や黄色に色づいた葉が足元に積もっている。私はカバンから本を取り出したが、文字を追う気になれず、時計台の針をぼんやりと眺めた。あの針は何百年も休むことなく、時を刻み続けているのだ。 「写真、撮ってもいいですか?」 ふと声をかけられた。振り向くと、若い女性がカメラを持って立っていた。私は少し驚きながらも

          時計台の午後 [ショートショート]

          白樺の並木道 [ショートショート]

          白樺の並木道をひとり歩いている。枝が風に揺れ、葉の間から時折、陽光が零れる。ここは、彼女と一緒にジョギングをしていた場所だ。いつからか日課となっていたその運動も、彼女が去ってから途絶えた。元の生活に戻ったわたしの身体は、再び重く、息切れも激しくなってしまった。 今朝、ふと思い立ってこの道に戻ってきた。白樺の木々が両側に並ぶ小道は、あの頃と変わらない。周囲には誰もいない。空気は冷たく澄んでいて、冬が近づいているのがわかる。木の幹には、白と黒の模様が続いていて、まるで無言の観客

          白樺の並木道 [ショートショート]

          薄化粧と朝帰り [ショートショート]

          玄関を開けた途端、鼻を刺す湿った汗の匂いに気づいた。廊下の奥には弟がうつ伏せで寝転がっている。スーツの裾は埃で白く汚れており、革靴が片方だけ脱げていた。私が深呼吸しながら近づくと、弟は目を開け、短く「ただいま」と呟いた。 「朝帰りってやつ?」私は問いかけたが、返事はなかった。代わりに彼は腕で顔を覆った。その動作で、昨日つけたであろう香水の匂いがわずかに漂う。きっと友人と飲みすぎたのだろう。こういう光景を見るのは初めてではない。 洗面所に向かい、顔を軽く洗ってから鏡を見る。

          薄化粧と朝帰り [ショートショート]

          合コンの観客 [ショートショート]

          合コンの終盤、私は一人きりで店の隅に座っていた。目の前には、やたら華やかな飾りが施されたカクテルのグラス。合コンも、終わりに近づくとこうなる。みんなそれぞれ気になる相手と打ち解けていき、私の存在は背景に溶け込むように消えていく。店内を見渡すと、席を共にしていたはずの友人も、気づけば私から少し距離を置いた場所で楽しげに笑っていた。 私は、一度だけ自分の席に戻ってきた友人に笑顔で生返事を返す。「うん、楽しんでるよ」と。それ以上は何も言わず、再び一人の時間に戻った。二人組や三人組

          合コンの観客 [ショートショート]

          カレーうどんの攻防 [ショートショート]

          昼下がり、私は玄関の方から妙な音を聞いた。音の主は庭にいるはずの秋田犬、名前はタマだ。普段はおとなしいタマだが、ここ数日、気まぐれに玄関の戸を叩くようになった。今日もまた戸の向こうから低いうなり声が聞こえ、私は玄関へと足を向けた。 玄関の扉を開けると、タマはすぐに私の手元をじっと見つめた。実は私が手にしているのは、湯気を上げるカレーうどん。昼食の途中だったが、あまりにもタマの主張が強いので、仕方なく席を立ったのだ。 「タマ、これはあげられないよ」と私は言った。しかし、タマ

          カレーうどんの攻防 [ショートショート]

          六角形の窓から [ショートショート]

          朝の光が六角形の窓から差し込む。 私はキッチンで野菜を刻む。 人参、玉ねぎ、そしてブロッコリー。 栄養豊富なスープを作るために。 鍋の中で材料が踊る。 私はふと、六角形のタイルに目を留める。 その形は蜂の巣を思わせる。 自然の予想を超えた設計。 「六角形は強い形」と誰かが言っていた。 私はその理由を考える。 角と辺が均等に配置され、隙間なく埋め尽くす。 スープが煮立ち、香りが部屋に広がる。 私は窓の外を見る。 遠くの山々が静かに佇む。 その姿は変わらない。 時計の針が

          六角形の窓から [ショートショート]

          帰り道の守り神 [ショートショート]

          帰り道、商店街を抜けたあたりで、視線を感じた。ちらりと振り返ると、いつもより早歩きで近づいてくる男の姿が見える。顔は暗く、距離も少しずつ詰まっていた。私は心臓が跳ね上がるのを感じながら、無意識に足を早めた。けれども男も同じように歩調を合わせてくる。遠くにあるコンビニの明かりが、心なしか頼もしく思えた。 ふと、自分の横に誰かが並んで歩き始めた。若い男性だった。気づかれないように盗み見ると、整った顔立ちのその人は、真剣な表情でまっすぐ前を見つめていた。私は何も言えず、そのまま彼

          帰り道の守り神 [ショートショート]

          レモネードと静かな午後 [ショートショート]

          カフェのテラス席に座り、メニューを開く。レモネードを注文することにした。店員が「ご注文はお決まりでしょうか?」と尋ねる。「レモネードをお願いします」と答える。 通りを行き交う人々を眺める。サラリーマンが電話をしながら早足で歩いている。子供たちが笑い声を上げながらアイスクリームを食べている。風が木々の葉を揺らし、日差しがテーブルの上に影を落としている。 テーブルの上には、砂糖入れとナプキン、そして小さな花瓶に一輪の花が飾られている。遠くで車のクラクションと鳥のさえずりが交じ

          レモネードと静かな午後 [ショートショート]

          まつげの重さ [ショートショート]

          朝の光がカーテンの隙間から漏れ始め、枕元の目覚ましがけたたましく鳴る。寝起きに目をこするも、まぶたは重く、まつげの一本一本が顔にのしかかるようだ。昨晩も仕事を片付けてから布団に入ったのは午前2時過ぎで、今日も睡眠時間は4時間にも満たない。 リビングに入ると、同居する姉がすでに朝食を準備していた。私は声を出すのも億劫で、無言のままテーブルにつく。姉が私の顔を見て言った。「まつげが重そうだね、最近寝てるの?」そういわれても、無理に笑顔を作るだけだ。 職場に到着すると、上司の機

          まつげの重さ [ショートショート]