鏡の奥の神と悪魔 [ショートショート]
洗面所の鏡に向かうと、自分の顔が映った。髪を整え、軽く笑ってみる。疲れた顔に、笑顔を作るのはなかなかの努力がいる。
「あなたが笑えば、世界も少し明るくなる」
そう言われたことがある。だが、実際にそんなことがあるのか、疑問だった。鏡越しに自分をじっと見つめる。
その瞬間、何かが揺らいだ。自分の瞳の中に見知らぬものが映り込んでいる気がした。目を凝らすと、鏡の奥に黒い影が動いている。
「ようやく気づいたか」
その声は確かに耳ではなく、頭の中で響いた。背筋が凍る感覚に包まれる。
「誰?」
問いかける声は自分のものだったが、鏡の中の自分は動かない。代わりに、鏡の奥にいる影が形を変え始めた。光と闇が絡み合い、一人の人物が現れる。
「私は神でもあり、悪魔でもある」
鏡の中の存在が言う。「人が信じる限り、私は神となり、疑う限り悪魔となる。そして君は、私を選ぶ者だ。」
「選ぶ?」
彼女は問いかけたが、言葉の意味がつかめない。鏡の中の存在は微笑む。その顔が、どこか自分自身に似ていることに気づく。
「そうだ。君の心の中にあるものが、私を形作る。」
鏡に映る自分の手が動き始めた。それはまるで自分の意志ではないかのように鏡の表面を触れようとする。だが触れた瞬間、鏡は波紋を描き、消えていった。
何事もなかったように戻った鏡。その中には、ただの自分が映っている。だが、その瞳には微かに黒い影が揺れているようだった。
「私は神か、それとも悪魔か。」
呟いた言葉は、鏡の中で静かに消えていった。
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