地球ワイン [ショートショート]
冷たい空気が肌に触れる。私は地下貯蔵庫の重い扉を押し開けた。階段を降りるたびに、湿った石の香りが濃くなる。壁際には無数のワインボトルが並び、それぞれがラベルで過去の収穫年を語っていた。
中央のテーブルに置かれた1本のワイン。特別なものと分かるのは、そのラベルに描かれた奇妙な模様のせいだった。淡い緑色の線が渦を描き、中央には丸い惑星のような形が浮かんでいる。手に取ると、ボトルの中で液体が僅かに光を反射した。
「それ、面白いよね」
背後で声がした。振り向くと、貯蔵庫の管理人が立っていた。年配の女性だが、その眼差しには若々しさが宿っている。「このボトル、地球の反対側で造られたワインだよ。星空を見ながら収穫した葡萄を使ったらしい」
私は曖昧に頷き、再びボトルを眺めた。その液体の中には、確かに夜空の深みが閉じ込められているような気がした。管理人の話が続く。「味は独特。少しだけスパイスが効いてて、でもどこか冷たい感じがするの」
それを聞くと、どうしても試したくなった。瓶のコルクを抜き、グラスに注ぐと、液体は透き通った琥珀色に近い。香りを嗅ぐと、湿った土の香りと遠い記憶が一瞬重なった。
口に含むと、確かに冷たい感触と共に辛味が広がった。その後、何か青いもの、まるで星の光そのものを味わっているかのような不思議な余韻が続いた。
「どう?」
管理人が静かに尋ねる。私は答えず、ただグラスを見つめた。その夜、私が夢に見たのは、果てしない宇宙を漂う青い惑星だった。
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