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白樺の並木道 [ショートショート]

白樺の並木道をひとり歩いている。枝が風に揺れ、葉の間から時折、陽光が零れる。ここは、彼女と一緒にジョギングをしていた場所だ。いつからか日課となっていたその運動も、彼女が去ってから途絶えた。元の生活に戻ったわたしの身体は、再び重く、息切れも激しくなってしまった。

今朝、ふと思い立ってこの道に戻ってきた。白樺の木々が両側に並ぶ小道は、あの頃と変わらない。周囲には誰もいない。空気は冷たく澄んでいて、冬が近づいているのがわかる。木の幹には、白と黒の模様が続いていて、まるで無言の観客のようだ。

彼女と一緒にいた日々を思い出しながら、わたしは息を整え、軽く走り出してみる。最初の数歩で、心臓が強く鼓動を打つ。少し走っただけなのに息が荒くなり、体が重い。少し歩いてから、また走る。それを繰り返しているうちに、ふと彼女の言葉が頭をよぎる。「無理せず、自分のペースでいいんだよ」。あの時はその言葉の意味がよくわからなかったが、今なら少しだけ理解できる気がする。

走り続けるうちに、体は少しずつ動きに慣れていく。途中で立ち止まり、手で息を整える。白樺の木々が、また少し近くに感じられる。再び歩き出し、時折立ち止まることを繰り返しながら、心の中で彼女との記憶が、道のリズムと共に浮かんでは消えていく。

一度失ってしまった習慣を取り戻すのは難しいが、こうして一歩ずつ歩み寄ることで、過去の自分に少しずつ戻れるかもしれない。木々の間に差し込む光を見上げると、冷たく澄んだ空気が体を包み込んだ。

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