スペインの音楽シーンを辿る旅 〜 フラメンコの哀しみの歴史
フラメンコ
スペインと言えば。
まず連想されるのはサッカー、闘牛、そしてフラメンコでしょうか。
このフラメンコという舞踊には、あるユニークな側面があります。カスタネットを断続的に鳴らすこと、足を踏み鳴らすこと、ギターの音色とあの歌声。
こういった一般的なフラメンコのイメージ、スタイルが出来上がったのは20世紀に入ったころなんだそうです。ショーアップされたフラメンコの始まりです。
その頃から著名なフラメンコのダンサー、ギタリスト、カンタンテ(歌い手)の中に著名なスターが生まれていきました。
そしてこの流れは現代に至っています。
ドゥエンデという言葉の意味
ブラジル発祥のボサノバには、ある感情が込められています。それはどこか懐かしく、どこか寂しい。どこか郷愁を感じてしまうような。あの音を聞いていると、夕暮れ時の浜辺に横たわり、静かな波の音を聞いているような。そんなイメージ。
このイメージのことを「サウダージ」と呼びます。(感覚的な言語なので直訳が難しい)
同様に、このフラメンコの激しさ、それは身振り、楽器の音、歌声、足を踏み下ろすその音。そういったものに込められたイメージ。それを指す言葉を「ドゥエンデ」といいます。
これはどういう意味合いかというと、込められた情念、抗えない魅力・魔力といった深い感情を指しています。
では、なぜあの舞踊を形容するこの言葉が生まれたのか。それはフラメンコが辿った歴史に隠されているのかもしれません。
北インド発のジプシー
定住地を持たないジプシーが歴史上に現れたのは、北インドにて。
ジプシー、スペイン語でロマは、定住地をもたない移動の民。インド北部から東欧周辺に移り、行く先々で彼らの音楽が熟成されていきます。
フラメンコの歴史について、民族的に語るならば、もともとアンダルシアなど南部に住み着いていた民族と、外部からやってきたロマ、ジプシーとの文化的な融合によるものであることは間違いありません。
しかし、ジプシーの流入がきっかけではあったけれども、彼らが音楽的なベースを全て持ち込んだというわけでもないようです。それは、東欧など彼らの足跡が色濃い地域に残された音楽を聞けばわかります。エキゾチックな音だったとしてもフラメンコとは全く違うものがその地に根付いているからです。
✳︎たとえば、東欧だとこんな感じ
となると、彼らが南欧を訪れ、その地の民と交流をしていく過程で、フラメンコの起源となる音楽が誕生していったと言えるのではないでしょうか?
彼らはスペイン南部にたどり着いた。そこで地元民との文化的交流の中からフラメンコがゆっくり醸成されていった。
迫害と追放の中での伝承
最初に書いた通り、現代フラメンコのスタイルができた歴史は浅く、つい最近のこと。ただ、ジプシーが定着してから、そこに至るまでには様々な迫害の歴史がありました。
まずはスペイン政府による迫害。というか追放令。日本でいう戦国時代のバテレン追放令と根っこは同じですね。
ジプシーは政府から追放をされてしまうと、行き場を失います。そこで仕方なく向かった場所。
それは山岳地帯でした。
アメリカに渡った英国人がアパラチア山脈に住み着いたのと同じ経緯と思います。そう考えると世界どこでも同じようなことをしているのだなと気づきます。
さて、山岳地帯で暮らすということは、旅をしながらの生活を主としていた彼らにとって定住を意味しますから、過酷であったことは間違いないでしょう。
そして、それをさらに助長したのが、イスラム帝国によるスペイン征服。
いずれの場合も、異民族の「追放、迫害」であることは同じ。いつの世も、征服する側がおこなうのは、その国の文化を統制すること。文化は力をもち、後に革命の芽になる可能性があるためです。
そんな歴史の中でも、迫害を受けた彼らの名もない音楽はひっそりと伝承されてきました。
イメージをしてみます。
そこは、山岳地帯の暗い洞窟の奥。周囲に明かりが漏れないように薄明かりの中、伝統的な舞踊・音楽が奏でられてきた。そこにあったのは、伝統を受け継ぐという情念と支配者への怨念のようなものだったのでしょう。ほの暗い情念がその中には充満していたことでしょう。その精神状態で、その場所で、何年もの間、彼らの音楽は踊り継がれてきたのでしょう。
その過程で、南欧の地元民との交流がすすみ、次第に現代のわれわれに馴染みのあるフラメンコの形になっていく。
「激しい感情をダイナミックに表現する踊り」にはこんな歴史がありました。あの激しい感情は、まさに怨念、ほの暗い情念といえる種別のもので、決して感情が豊かだからとか、情熱の表現だとか、深いラテン気質の愛の表現とかというものとは全く違うのです。
フラメンコは、民族的・民俗的な想い、受け継がれてきた魂を身体を激しく動かすことで表現しているのです。
前述の通り、この言葉にできない想い、例えようもない情念をスペイン語で「duende(デゥエンデ)」と言います。的確には訳せない外国語の一つです。
一般的にスペインは情熱の国とよく言われます。それは、闘牛の荒々しさや、フラメンコのダイナミックな踊りをその外側の雰囲気から見ただけのものでしょう。
フラメンコの情熱とはどういう種類のものだったか。この伝統芸能はどういう歴史を辿ってきたのか。それについて今回は書いてみました。
さて、現在のグラナダでは、この洞窟内でフラメンコを楽しむことができます。グラナダ観光の際には、訪れてみてはいかがでしょうか。
歴史に想いを馳せながら。
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