「恋愛小説」① 恋を知らない小説家が、学生時代関わりのあった女性の娘と出会う 唯一の恋愛小説となるそれは 彼の文体からしたら 娘の出現を通して「彼女」の過去を探る旅 深まる謎 「彼女」は若くして死んでいるから 文字にすれば男と女はミステリーに謎めく 「お母さんに似てきたね」
【夏の魔の夢】 線香の匂いがまたしていた 気付いたのは俺ばかりではないのだった 盆が来るからだろうか 線香の煙は死者の腹が満たされると言う 一月二月も線香の匂いがしていた 家鳴りも酷かった もともと家鳴りは神で今は祀られず妖怪 歪んだ負のエネルギーの穴を修復する 作業中の音なのだ
【夏の魔の夢】 夜半ー 急に目を覚ました 雨戸を閉め忘れていた チャリーン・・ スプーンで皿を叩くような音がした チャリーン・・ また鳴る 外の洗濯機を影が通った 隣人がベランダから降りるには柵がある 塀の向こうは踏切 女が死んだ この部屋はよく線香の匂いがする 零時を回っていた
【二十八節】リザーブ ここは怪奇幻想倶楽部 チョロチョロと竜頭の口から 手水盥に落ちる水の音 赤い屋根に赤い空 赤い十二の布帽子 青い業火で顔隠す 見上げたそれは青鈍の目で 冷ややかに私を見下ろす 金剛空海像 こんなに巨大だっただろうか 墓石の下 左隅の暗がり 次は私が納まる場所
【第三十節】星宿 ここは怪奇幻想倶楽部 鬼宿之事 女尸 天狗ー天上の犬を探すことについて語る
第二十四話 和魂 _夜、眼を閉じれば広がるのは葦の原 浮かぶ歩き草 見上げれば真上に高く半の月 泥茎の下にもウタヒメが休む 生半可な言葉では振り向かない 底に潜む瓶に震動して目を覚ます 一枚 また一枚 光の破片を私は紙に落としこむ 貴女を喚ぶのは幾度め 貴女に会ったのはいつの代か
【二十九節】遺恨 ここは怪奇幻想倶楽部 その白い着物の女は 顔を隠すので正体が知れない 明らかに意図的であり 悪意がある 地鎮鎮魂の儀などは御機嫌伺いにもならない 餌をまくだけのこと 女もまた贄だったのかも知れない 地中浅く 怨みは深く 骨にしみこんだ あちらこちら 軋む音がする
【十六節】時間差② ここは怪奇幻想倶楽部 そのトンネルには男の幽霊も出るが女のほうが質が悪いようだ 写った写真を保存している関係者宅ではいないはずの部屋で足音がする 病院に言っても不調が治らず、寺で祓うように言った男は一週間後に事故で死んだ 退職後のことなので問題にはされていない
【二十一節】プロジェクトX② 王子でUFOを目撃したこの時 前日から運転停止の宣言が各鉄道会社で発表されていた つい先頃やっと復旧を果たした路線もある そして俺は空に彗星を、流星を見たのだ あれから空を見ると地震が来るのがわかるようになった 地震雲 5体のUFOは何をしに来たのか
【七節】渡し守 ここは怪奇幻想倶楽部 三途の川は翡翠色 親は死んでいる 河原で石を積まなくて済みそうだ ギッチラギッチラ おお、お迎えか 見ると老夫婦がリヤカーを漕いでくる なんともローカル色漂う 乗せて頂くのも申し訳なく断る 対岸の岸 錦帯橋のような橋を あんたら押して渡る気か
【八節】妨げ ここは怪奇幻想倶楽部 霊山を歩く者あり 死装束・自害用の懐刀 月明かりのみ頼り 修行鍛練の賜物とは山のザコすら 動向を見守る、気を発している 登り続けよ 道の選択肢は減る 突如脚は固まり、前進まぬ 目がなれて、崖の真っ黒な大きな口が開き 墜ちるのを待っていた 救いか
幻想小話 第四十七話 三六寺 精眼寺は散歩の帰りに回る事にした 行きがけに「三六寺碑文」を見つけた 気になっていろいろ調べたが手掛かりがない 視界が開けているのに雫が落ちて波紋する音 魚がはぜる飛沫と音、魚の尾鰭を脳裏に視る 銀杏の木の上に大蛇がいた 彼は翔ぶためにどすりと落ちた
【二十七節】龍の交尾⑤ ここは怪奇幻想倶楽部 女房が羨ましい? あっしが?ええ、お侍様 あっしは女房が羨ましいですとも あっしには絶対姿を見せない女房の、あれが何か知りたいが、女房は無邪気過ぎて無理です そもそも信心深い人間を仇なす者はおるが 神仏に弓引くのとおんなじではねぇか?
【十五節】時間差① 我々は時折、非常に近接した現場での仕事がリンクする 顔を合わせることはないが、向こうが虎ノ門ヒルズの現場の後、自分が近くの虎ノ門トンネルの現場になった 白い着物の女が歩いていると話題になった 見張りの後ろに取り憑き、顔は上げず見せない ダルい体がダルいまずい
第二十一話 穴二つ 妻と愛人が仲睦まじきことが 夫婦円満の秘訣 と言ってはばからなかったのは 武者小路実篤その人だったか 熱などと言うものはいつか冷めるもの 七日七晩、琵琶湖に裸で沈み 夫を呪って額に角を生やし鬼女となった姫は、深い嫉妬によりほんの数年で 年増の醜女となった 合掌
第一話 筋違い 神田筋違橋での事 なにやら空が朱い夜でな 女が歩いてくる すれ違い はて、と思って 「もし娘さん」声をかけた 「どちらからきなすった?」 女は少し私を眺めて「森」と答えた 緋い足袋裏は成る程、土で黒い 「どちらへいきなさる」 「蘇芳の家」 そしてまたすたすた 逢禍
第三十二話 境界 硯屋の御堂は人がたの姿の曼陀羅布を背負うと、何もなかったかのように行ってしまった 「七福も付いていってしまった」 「文鎮だけに文鎮でしたわね」 代わりに置いて行ったのは硯屏風かと思いきや、香炉であった 「またなんの趣向を望みだろう」 「さあ?」 万代は刺繍に夢中
第二十話 行方 さる御新造さんの話である 明るく茶目っ気があるが、白地に黒抜きの蜘蛛の巣のような模様の着物をつけていて、個性的な人だ 私は万代にも仕立ててやりたくて、御新造さんを訪ねた 「あら」 御新造さんは飯の支度中だったらしく包丁を手にしている 後日その伝家の宝刀は川に沈んだ
第二十三話 窪み 門を出る 穴の中に鼻孔から上を出して 覗いている男がいる 「勝手に穴を掘られると困るのだが」 うわの空 しばらく行き振り返ると ズズズと穴が引きずられている 私は眼鏡を指で上げズレを直す どうにも引きずられているのは道のようで私は十歩すらも進んでいなかった
第三十三話 六境 サササササササ…ササササササササ... 竹の葉の擦れる音がする... 月明かりだろうか 身体の下にいる万代の顔がよく見える ではあの竹林の万代は誰か.. 私には万代にしか思えない 万代、篠笛を吹いていた 篠笛はどこにしまい込むのか 万代はなぜ、この庭に現れたのか
【二十五節】龍の交尾③ ここは怪奇幻想倶楽部 女房に聞かれたんです 龍にも雄と雌がいるのかと お侍様 雄雌ありましょう? 女房のほうがよく知ってると思うんでさ で、女房は龍の雄と雌は交尾するのか聞くんでさ ついてるもんはそりゃあついていますよねぇ? 女房はまた何を拾って来たんだか
【二十三節】龍の交尾① ここは怪奇幻想倶楽部 女房が家を離れると、あっしは気持ちが悪いんです 女房はあっしを叱るんですが、心の中では大変大事に思ってくれているのです 心裏腹とはこの事です お侍様 女房の後ろには、お侍様の後ろにいる 方とそっくりのお女中がついていましてね 護りでさ
幻想小話 第五十話 越境、そして潮時 万代が本体として私とこの邸で過ごすよりも、万代の残映の影のほうが長居するようになった 万代本人は気付いてもおらず、話をしたら寂しそうに笑うのだった 私もどうすることも出来ぬのかなぁ、と鸞の頭を撫でるのだった そういえば、ぱたりと電虫が鳴かない
第二十五話 縛り曼陀羅① 近頃、黒いものが目の端をよぎる すばしこく、必ず目線を当てた方に出る 細かな黒虫が浮遊した場合は、身を引き締めねばならぬが、蝶々は寄りもせず白蛾はよく死に絶えている (地鼠め) 影身だけは送ってくる 万代が茶を淹れてくるが機嫌が悪い 悪いが私も機嫌が悪い
【二十六節】龍の交尾④ ここは怪奇幻想倶楽部 あっしには死んだ女房がおりまして 死んだ女房はただあっしを見守るだけ 今の女房と離れると、あっしは怪我をよくするんでさ 女房が守ってくれるのはこの家でだけで ただ死んだ女房がついてくるだけで 亡者ばかりの野良に嫌な気持ちで行くんでさ
【二十四節】龍の交尾② ここは怪奇幻想倶楽部 それと何かわからないのですが、女房には別にもうひとつ護りがありましてね あっしが男だからか姿を見せません 女房にはなにもついていないんでさ そんなやつもいるんでさ 女房はどこかに置いて来たそうなんで 近頃龍神さんの話はよくしてました
【十八節】全員顔見知り ここは怪奇幻想倶楽部 津波でのまれたとある町 町民のほとんどがさらわれた 噂だが とあるトンネルに集まって来ているのだと言う 自覚のない死 交わされる挨拶 あーら奥さん 旦那はお元気? あらそこにいるのかしら? 平凡な日々 作業員の魔よけのずずは切れまくる
第三話(1) ひだるい さて諸君、第三夜にもなると 夜中にうろつく私の正体が気になってはこまいかな なに、夜中に天井に集り家族会議をする茶羽根虫 台所の欠けた砂糖甕に進軍する茶蟻だよ 切っても切っても切れぬタチ 学者の父の歩いた道辿り ここに地終わり叢に飴を落とす ひだる神の為に
第三十話 縛り曼陀羅⑥ 襖障子を開けると曼陀羅布は人の形をなして座している 頸 胴 大体の所ではた結びされた紐を区切りに、丁度良く膨らんでいる 畳の目を手繰ってもぐり込んで来たのだろう 御堂と言う男が新しい硯屏風を持ってきた 「頼んではいないが」 男はまあまあ怪しいが 縁であろう
第二十九話 縛り曼陀羅⑤ しばらく穏やな日々を送る 万代が面白い帯を見つけたそうだ 予言獣「件」の手描きの帯だという 「面白そうだけど使用頻度優先。あと好みと直感。朱い松の帯も良かったのだけれど」 朱い松か 朱とは元々色を示す漢字ではない 赤も・・ 座敷のソレは曼陀羅布を見つけた
【九節】丸鶴紋① ここは怪奇幻想倶楽部 あっしは茅ぶきのうちに帰りました へえ、あっしのうちです 右手に水甕米びつ竃、熊手のかかった汚いうちです 女房が囲炉裏で雑穀の飯を炊いていて、たくあんと味噌汁でした 女房があっしのへそくりで着物を買ったのでしょい籠に野菜を入れ里を下りました
【二十二節】暇乞い ここは怪奇幻想倶楽部 雨の降った日だからもう十日経つだろうか にこにこ笑う翁が宿に来た 一様に見た者は皆、ニタア~と笑うと言う どうも声が出ない老翁らしい 近寄って来るふうもなく、ただ幸せそうに笑う 同じ頃、別の宿に巣食っていた婆さんと手招き女が揃って消えた
第十四話 同化 気配が消えた 障子の隙間を覗くと、白塗りの裸があたふたと走ってゆく。 頭がないがな それでよく走れるものだ 眠れない つらつら考える じゃあ眠るな 走って汗をかけ そのうち眠ってるさ 三文小説とはよくいったものだ 物理的な話、書かねば作は生まれぬ 眠らねばいられぬ
第十九話 路地裏④ この目の前にいる不可解な男は誰だ 「亜巻が暗闇で迷うこと自体が変なのだ。お前誰だ?」 妙なことに口が引っ張られるように力のある男だ 「鍋嶋・・ゆたか」 「バカ野郎!人の名前返しやがれ」 男は私から名前の入った守り袋のヘソの緒を踏んだくると 走って行ってしまった
第十八話 路地裏③ 寝静まる長屋の前で、私はひそひそ話す 妙な違和感を覚える 「お前、撫嶋か?」 「いや、じいさんが憑依している」 あっさり答えた 「憑依していたら口は割らんだろ、からかうなよ」 「そういうお前は、本当に亜巻 ソウイチロウなのか?」 逆に聞かれて面食らう
第七話 ひだるい(2) その山男は言い伝えを守り 山に仕事に行く時は必ず、弁当を一口残して山を下りる 下りきった後に、残した一口を子に与えていた 一口残した弁当はひだる神のため 山を下りた後 ひだる神も一緒に下りたのかも知れぬ 娘は年々痩せ細り、年頃だと言うのに枯れ木のようである
【四節】離魂② 橋が半分切れている先に茅葺きの家 小屋の中からひかり 件の滝の真ん前に大きな鳥居 谷と谷の間の緑が青々としている 滝の方が明るい 夜が明ける、帰らなければ (帰る道がわからない) どこからかラジオの音がする 音の方に向かう (ああ、ここだ) オレのアパートが見えた
【三節】離魂① ここは怪奇幻想倶楽部 (寒い) 布団がバサバサッ、バサッと落ちた気配 天井に腕を組む男が見下ろしている (誰だ、オレだ) 窓の外の明かりで知る また眠る 上から見る滝は見覚えがない 山と山の間を抜け、飛び続けているのに近くならない長い橋 戻ろうとする 橋が半分ない
【二十節】トイレの何様 ここは怪奇幻想倶楽部 トイレのドアーを開けてカタマる 嘘だろ・・・ どうしてここに人魚がいる 長い髪を背中に垂らして ぱたり・・ぱたりと尾びれをやっている びっしりと鱗に生えたそれは・・ 人魚が顔を上げないでドアーを締めることが出来た
【十九節】はい ここは怪奇幻想倶楽部 段ボールの積み荷を上から下ろしていく はい作業 はい崩しと呼ばれる なぜ「はい」なのかは知らない 中に空洞が生まれる事がある そこからおいでおいでをする手が たまにある 目の端にいないはずの女が映る 皆、作業ジャンパー エプロンの人間はいない
【五節】離魂③ ここは怪奇幻想倶楽部 (ああ、ここだ) アパートの真上に帰って来ていた 目が覚めたら首から下が滝に打たれたように汗でぐっしょりとしている 時計は午前三時半 NHKFMはまだやっている 零時半に寝た 四時間飛んできた感覚 谷と谷の緑 水色の滝 弓なりの一本鳥居は灰色
【十七節】同時切断 ここは怪奇幻想倶楽部 omen交差点 私の記憶では四人 十字路で出合い頭に正面衝突 急ぐ指揮官の運転だったと言う 皮肉にも鉄材が飛び四人の顔をハネた 瞬間、彼らが見た光景は 首はぴったり、身体を間違わず繋げたか くわばらくわばら これは雷よけのまじないだが
第十二話 穴埋め 我が家では雨戸のことを、戸ぼうを閉める(しまう)という 今夜は障子の向こう側で月夜に照らされ明るい 私は身体の下に組敷いた陶器のような女の顔を見る 触れるとしっとり冷たく心地よい 先頃庭にいた女の名は『万代』 家系の辻褄合わせに貰い受ける 埋める穴などないのだが
第四話 道返り 「どう見ても棒なんだが玉だと言うのかね」 私はそれを握って宙に振ってみる 道返し玉 躯から離れそうな魂を引戻すと言う神宝 この男が持ち歩くことに 私はいささかの疑念もない この男が持っていてもなんの違和感もない 間違った者が相応しい使い方をすると この国は混乱する
第十七話 路地裏② 暗くて顔が見えないのだが、髪・顔についている眉毛・歩き易そうに絞り縫いされた袴姿の輪郭は、なるほど撫嶋だ 「何をしている、こんなところで」 声のでかい撫嶋にハラハラし小声で 「いや明るい所を探しているのだ」 「やっぱりおかしい奴だな。堂々と歩けぬなら出歩くな」
第十一話 門違い 私は夏の午後たもとに両手を入れて組み さてどうしたものかと思案顔 道端の屋敷の垣根に一ヶ所 裏からの出入りに使ったものだろう 木板と鉄棒でバツ印に封印がされている 二匹の蛇がバツ印をなぞるように這う 日陰で居心地が良いとみえ寛いでいる 君らは門兵申請してないぞ
【十四節】プロジェクトX ここは怪奇幻想倶楽部 午後4時過ぎ 王子の空は荒れていた 晴れていたが風が強かった 8、10階のビルの上に円盤が浮かぶ まるで目の前に六畳ほどある円盤が4つ四角形に並ぶ 真ん中に一際大きい円盤 銀の棒で組合い、全体的に銀色で発光している 午後4時20分
【十二節】丸鶴紋④ あっしはしょい籠を探しましたが誰かに持って行かれていて、仕方なく喜んで着物を買いに行きました けれど着物屋が見当たらず、古物や刀の店しかありません 仕方なく入ってみたら、刀、兜、そんなものしかありません 何か着れるものをと聞いたら、膝丈のステテコしかありません
【十節】丸鶴紋② ここは怪奇幻想倶楽部 へえ、あっしの着物を買う為です つぎはぎなもんで、大根、かぶ、芋を売って買えないかと思ったのです そこであなた様に訳のわからないことを尋ねられている最中なのです へえ、あっしは侍なんぞにはなりたくありやせん 里で女房と水飲ん百姓で幸せでさあ
第六話 金縛り(2) 黒い筋肉質のタールのような人の型をしているが、人ではない。おそらく口から上はない (声が・・出ない。く・る・し・い。恐ろ・し・い) それでも恐怖と戦う (か・・ん・・じ・・ざい・・ぼー・・さつ・・はん・にゃ・・ 一語一語振り絞る やがて滑り出し、空気が斬れた