心が揺らぐと 思い出す 最愛を 終わらせたくない気持ちが うまくいかないことの量に 疲れて 日常が続かなく なって しまうからそこで 始まる 終わった後のそれから 新しい趣味 新しい生活 そのままの自分 気持ちは置き去り 諦めたくなくても 終わりにするのは 弱さと強さと覚悟
色々とゆれている。何がゆれているかって今ここの私のあり方。思春期の家族のダブル受験、小鳥の体調が心配なこと、親のケア、私の仕事すなわち生き方など。何をもとめられていて何を優先し何をえらんですすんでいけばよいのか、もともとの自分の選択肢が多すぎるから減らせばよいのか、わからない
今朝は四時半ごろに目覚めた。なぜか心がわさわさするから、熱いシャワーを浴びてみた。それでも心が緩くゆれている。ZAZを聴いてみた。フランス語は全く分からないから、楽器のメロと声音のハーモニーの中、心が漂う。セミが鳴き始めた。音楽をかき消すほどの大音量で生を謳歌しているよ。
どうやら私は、せつないものが好きらしい。 映画でも、音楽でも、物語でも。 そのことに、つい最近気がついた。 ほっこりしたり、温かくて幸せなものが好きだとばかり思っていたのに。 せつないなぁと感じるときに、一番心が揺さぶられ、そして、なぜかとても落ち着く。
心が揺れている人がたくさんいる。 これは、その人の持っているもの次第。 幸い、私はキープできている。 できていなかったら、たぶん難しいことが起きていただろう。 それぞれの心の測定をするものはない。 検査薬も客観的な判断素材も。 そんななか、地球が揺れる。 誰も無理をしてほしくない
やはり私はみんなで如何の斯うのするという考え方を持つ人が嫌いなので、一人で生きていきたいと再確認している、心変わりしないとダメかなと、その場では思うけれど、それは、その場で思う事、