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勿体ない!子どもの『顔』と『想い』がみえれば『可愛い!』がみつかる話。

困ってる人がいたら助けれる人になりたい

こんなことしています。<お仕事>

寮美千子さんオンラインイベント「困った子は困ってる子~奈良少年刑務所 絵本と詩の教室~」

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困った子ではなく、困っている子

子どもらしさより、その子らしさを

ライフログをDay Oneに戻す

頑張らせる系は支援者の限界が見える。

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感情を表出する目的

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ジェンガについて

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【基本的生活習慣特集2】着脱について

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田中康雄先生の講演にいってきました。

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【基本的生活習慣特集】清潔について

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「育て急ぐ」という言葉があります。

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自閉症の人の不思議な感覚の世界 #とは

自閉症のこだわりって、大切にしたい事の優先順位が独特なだけなんだよね。 寒くても半袖にこだわる子、同じ道にこだわる子。自分が大切に思う事を大事にするその気持ちは尊重してあげたい。 だから禁止じゃなく「他にこんなこと大切にするってどうかな?」って提案して世界を広げてあげたいな。

アメリカに越してきた5日間で知った、障害のある人の”可能な限りの自立”を追い求める大切さ

「発達障害の子とどう関わっていいかわからないから困ってる」とこぼす人は多いけど、本当に困ってるのはどう関わっていいのかわからない子供自身なんだよね。 だからまず『この子はなぜ困っているのか』を理解しようと心がけ、関わり方をそこから知ることから始めてみてほしいなぁ~って思います。

自閉症の子の中には「感情」と「感情表出」がうまく結びつかない子や、感情表現が難しい子がいます。それによって彼らは誤解を招きやすいし、その誤解がコミュニケーションの構築に障害をもたらしたり、彼らの自尊心を傷つける事があります。 社会に理解を求めたい困難の一つだな~って思います。

大人の「どんな風に育てたいのか」よりも、子供の「どんな風に育ちたいのか」を大切にしたいなって思う。子供に障害があったら「子供がどんな風になりたいと思ってるか」が置き去りになりがちだけど、この子達も「やりたい」という自我や好みがある。そこを大切にフォローしていけたらいいなって思う。

「もう子供じゃないんだから…」という言葉をかけられ困惑する事が発達障害の人には多い。 発達障害は、認知、言語、情緒、社会性、感覚、運動面の発達が凸凹な障害。その凸凹さ故に生きにくさがある。 でも一番発達障害の人を生きにくくしてるのは、見た目と内面の発達の成長の凸凹なんだろうな

スタントの存在を知った息子。大好きなタレントさんがどんなスポーツや危険な事も出来るのを凄い!と憧れてたから、スタントの事を知った時はがっかりしてた。 でも「不得な事は得意な人に手伝ってもらえばいいんだよね!僕もそうだもんね」と言う息子の言葉にハッとした。発達障害の子の生きる術!

発達障害の子。「できるけどもやらない」のか『やりたくてもできない』のか。

外見で障害が分かり辛い発達障害の子の親は 子供が良い状態の時は「障害だなんて考え過ぎ」と気にかけ過ぎな親扱い 状態が悪い時は「わが子の事なんだから何とかしたら」と咎められ 最悪の時は「気の毒に…」と遠巻きにされちゃうんだよね。 親子共々、周囲の理解が生きやすさの鍵なんですよ~

再生

Falling Letters(ADHDの子の困ってることのお話し)

支援って、 「できない事を手伝ってあげ、その場の達成感を得る為の支援」と、 「できなかった事を自分でできるように導びく、未来の長期的な達成感を得る為の支援」 があると思う。 だから、できない理由を発達障害に求めるんじゃなく、出来る方法を発達障害のある子の中に見出してほしいな。

「やる気がない」と叱責されるのは発達障害やグレーゾーンの人がよく経験する事。 そもそも「やる気がない」というのは『出来るのにやらない』訳だけど、彼らはやりたくてもやり方がわからない/やり方が他の人と違うから【やれない】わけで、気持ちの問題じゃないんだよね。必要なのは方法の提示。

発達障害の子は困らせる子じゃなく「困ってる子」って知った、アメリカ生活1日目

障害のある人への配慮を「ずるい、不公平だ」と言う人がいるけど、障害のある人の困難を配慮で補って初めて【公平】になるんだよね。 障害のある人に配慮する事が障害のない人に「不公平」をもたらすんじゃなく、 配慮がない事こそが障害のある人にとって「不公平」だってこと、知ってほしいな。

「これ、今やった方がいいですか?」に隠れた気持ち

宿題を忘れたら「どうしてやらなかったの!」と叱るより 「どうしたの?具合悪かった?家族に何かあったの?今時間欲しい?」と宿題をしなかった事を責めるんじゃなく、宿題をできなかったその子を案じ、そしてチャンスを与える方がいいよね。 子供が伸びる関わりってこういうことじゃないかな。

障害のある人は、障害を通してその人を見られちゃう事が多い。例えば息子の場合「アスペルガーのチャビ君」の様に。でも本当は、その人を通して障害を見てほしいなって思う。だって同じ障害があってもみんな違う人なんだしね。特に発達障害の場合はそうしてほしいな。障害ゆえの困難が千差万別だから。

アスペルガーとADHDの子達の相違点。 自閉症の子の関心は「一点集中」なのに対しADHDの子は「四方八方」に放たれている感じ。 逆に自閉症の子が四方八方に向けてるのは「警戒心」。 注意や警戒心の配分が苦手なこの子達にくつろげる時間を意識的に与えてあげるのは本当に大切だと思う。

障害の事を"Different, not Less"って捉える人が増えてくれたらなって思う。 例えば障害がある事は「違いがある」であって、 「劣ってるから・可哀想だから助けましょう」じゃなく、 もっとニュートラルに 『違い。良いとか悪いではない』って捉える人が増えほしいな。

【非注意性盲目】「注意を向けていないものは存在しない」から考える、運転中のスマホ操作の危険性と発達障害の子の困り感

「不当な差別」っていう言葉のなかにある「差別」

「発達障害を盾にして言い訳にするな」的な事を言う人たまにいるけど、発達障害の人だって障害の無い人と同じように「今日はさぼりたいなぁ」みたいな甘えや手抜きの部分はあってもおかしくないのになぜか完璧を求められがち。 どちらかというと「うまい具合に手抜きする」のが下手な人達なのにな。

よく「ADHDだから休日もじっと出来ず出掛けちゃう」とか「ADHDの多動全開で全国出張で駆け回ってます」なんていう自称ADHDさんがいるよね。 でもこういう行動派さんとの大きな違いは、ADHDの人って行動に自分では止められない&予測できない&防げない「エラー」が伴うんだよね…。

正しい行動が何かわかってる。 わかってるけど止められない。 気づいた時には叱られてる。 できない自分を知ってADHDの子が自信をなくしていく悪循環。 やってしまった事を叱らず、正しい行動を促す声かけで気づかせてあげてほしい。 「そっちじゃない!」ではなく「こっちだよ~」って

触覚過敏にしろ、聴覚過敏にしろ、偏食にしろ、 自閉症の人の感覚過敏はその過敏な感覚の全てではなく「ある特定の」もの(○○の音がだめ、△△の肌触りは耐えられない等)だけに過敏なケースが多いから、 「都合のいい時だけ苦手(わがまま言ってる)」というような誤解を受けやすいんだよね…

ママたちは支援迷子

登校できてる?と聞かれる

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困った子?