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子どもらしさより、その子らしさを

再び保育園で働いている。

0.1.2歳児が10人ちょっとの小さな保育園で働きはじめ、日々濃密な子どもたちとの関わりがある。

実習でお世話になった園は0から5歳まで120人以上の園だったため、何もかもが違って新鮮。
保育士も少人数で回しているため、年齢別クラスも担当制なく、みんなでみんなを見るスタイル。
お家のようで、子どもたちとじっくり関われることが嬉しい。

子どもって当たり前だけど、みんな違って、その日よっても違って、おもしろい。そして難しい。昨日うまくいったこと、盛り上がった遊びが翌日もそうであるとは限らない。

子どもは毎日進化している。
保育士も同じように、好奇心旺盛、楽しいことにアンテナを張って、「私が楽しい」と言える心持ちでいなくてはね。

でも正直、今の園は底辺保育所だと思っている。
株式会社の運営する園にもいろいろあると思うが、入ってびっくり、噂に聞いていた通りのなかなかのブラックさである。

現場の先輩が優しいことが救いで、保育環境については目をつぶり、なんとか続けてきたが、毎日思うところがありすぎてつらくなってきた。

持ち帰りの日報などは、新米の私には保育を振り返る機会になっている部分もあるからまだ我慢できるが、子どもにとって良くないことは我慢できなくなってきた。

まず玩具がとにかく少なく、子どもの発達に合っていない。ねんねの赤ちゃん向けガラガラとか、壊れたプラスチックの玩具、お子様セットのおまけみたいなものなど、これで2歳の子どもにどうやって遊べと?と途方に暮れるものばかり。
玩具に頼らず子どもと遊ぶという一種の訓練だと思って、身体を使った遊びや、わらべうたをおぼえたりしているが、毎度保育士が遊びを提供するというのも違う気がしている。

実習園には、木製や手作りの魅力的な玩具や道具が豊富にあり、子どもが自由に取り出せるようになっていて、1歳児でも自分で選んで遊ぶということをしていた。

保育士が手遊びや読み聞かせをしたりすることで、文化に触れることはとても子どもの心の栄養になると思うが、子ども自身が好きなことを見つけて、夢中になって遊ぶ時間はそれ以上に大切だと思う。

子どもと信頼関係を築くことは言うまでもなく大切なはずだけど、今の保育園では膝に座らせるのも含め抱っこはNG。個別の行動もNG。

求められたら抱っこぐらいお安い御用、と私は思うのだけど、そうやって1人の保育士だけが受け入れ、依存させるとその保育士が休みの日に不安定になったり、本人のためにならない、他の子も抱っこをせがみはじめて大変ということらしい。

みんな子どもが好きで始めただろうに子どもの気持ちを「本人のため」と無視することに、疑問を感じるが、保育業界ではよくあることらしい。

子どもは安心できる場所に、楽しいことがあれば抱っこからするりと抜け出していくし、保育士なんて眼中にないぐらい遊びに没頭している子どもは正直手がかからない。
○○くんすごいねー!!なんて、保育士の野暮な声かけは余計な場合もある。

抱っこはしません、と突っぱねるんではなくて、抱っこから早めに遊びたいモードに切り替えるためには、魅力的な玩具や安心できる環境、対応が必要なんじゃないかと思えてならない。もちろん最低限の人の手も。

不安定な時、悲しい時ぐらい手の空いてる保育士が抱っこしてあげればいいじゃん、みんなが抱っこしてくれる人になれば特定の人に依存することもないんじゃないかと新米の私は思う。

自分の子どももまだ保育園に通う年齢だから余計に、自分の子どもがされたら悲しいな、という保育士の言動には敏感になってしまう。

今の園は、人手は足りているはずなのに、敢えて子どもの人権をやんわり制限することで、集団生活では個人より調和を大事にすることを、子どもに教えようとするところがある。

そんなことで自己肯定感も創造性も育つかな。

0.1.2歳の大事な時期、保育園で得られることもあるけど、失うこともあるかもしれず、それはこれから続くその子の人生の「前提」になるものとも言える。

大人は助けてくれる、この世界は安心できる場所、自分で好きなことを選んでいい、食べたいもの・量は体と相談して決めていい、自分に正直に、思ってもない「ごめんなさい」は言わなくてもいい、、

書き出すと、いろいろあるけど、保育園では子どもの欲求や想いを、集団生活の名の下に無視していることがある。

もちろん、家庭で過ごす時間、家族の影響も同じく大きいから、園での多少のあれこれで人格形成に大きな悪影響はないと思う。 
でももし、家庭でも抱っこしてもらえない、受け入れてもらえない子どもがいるとしたら、、
その子はどうなってしまうんだろう。

困った子は、困ってる子と聞いたことがある。
その視点を忘れたくない。

そして保育士になって気づいたこと。

保育士はいわゆる子どもらしい子どもが好き。

天真爛漫な子どもはあからさまに愛されている。とても賢くて、言葉もオムツ外れも早いけど、少し大人びた子どもはなぜか、子どもらしくないと言われていたりしてかわいそうになる。うちの長男も、子どもらしくないと言われがちだったため、こんな風に思われてたのかなーとか考えてしまう。

子どもらしさって、なんだろう。
その子らしければいいじゃんと思う。

それぞれの持ち味を生かせるように、幸せな大人になる基礎を育むのが保育士の仕事と学校で習ったはずなのに、勝手に作った子どもらしさで子どもを測るなと言いたい。怒。

書いていたら、もうここでのブラックを学ぶ修行は終えてもいいんじゃないかと思えてきた。

こういうことはするまい、染まるまい、と違和感を感じながらも、仕事を覚えようとしてるって、おかしいなと気づいた。

どうせなら、ここで基本を学びたいって思えるような環境で働いた方が矛盾がない。

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