己自ら「いま」を迎えに行くのと、 恐怖で「いま」に塞ぎ込むのでは、 結果は同じだが、効果は真逆。 【結果】 前者は死や未知を「いまはね」と言い、 後者は生や幸福を「いまはね」と言う。 【効果】 前者はそのままでもそのままじゃない。 後者はそのままでは身も心もジリ貧になる。
問題があるってこと自体は、 何ら悲劇でも災難でもない。 問題が大きく複雑であるほど、 大人数が相互に敵対しているから安全である。 飽き性だから問題があるのであり、 飽き性でなければ澱んで腐るのが生物だ。 問題がシンプルに見えたなら警戒せよ。 その活路は渋滞して袋小路になる。