今週の読書録
極楽征夷大将軍
室町幕府の初代将軍•足利尊氏といえば、昔教科書から得た印象ではバイタリティ溢れるすごい人というイメージでした。
しかし、垣根涼介さんの直木賞受賞作『極楽征夷大将軍』を読むと、「えっ、なぜそれで…」と不思議がいっぱいのダメ人間。
周りが優秀かつ、なぜか人望はあるという奇跡の存在なので不可能を可能にしたものの、教科書で身についたできるやつという印象が消え去るような人物描写でした。
実の弟、家老からも「いいやつなんだよな…」と思われつつも、結構頻繁に怒られる。
政治どころか、強いイメージのある戦も戦力外。
泣いて笑って、弟に縋り付き、嫌になったら戦の途中で出家すると逃げ出すダメな人…
当時の誰かに強烈に恨まれていて、悪口ばかり書かれていたのか?と疑うほどの役立たずっぷりです。
足利尊氏の幼少期から晩年までを描いたこちらは長編ですが、飽きさせないテンポとコメディのように気の抜ける描写もあり、時代小説好きはもちろんヒューマンドラマがお好きな方にも楽しめる作品かもしれません。
アンリアル
最近ではVIVANTが人気を博しましたが、お好きな方にはこちらもいかがでしょうか?
長浦京さんの『アンリアル』もいわゆるスパイ組織に所属することになった警察出身者が主人公。
ただし、本人が使命感をもって志願したわけでも覚悟があったわけでもなく、特殊な能力をかわれて、脅された末の不条理な異動。
骨折する、銃で撃たれる、殺されかける。
忍者や映画のヒーローのような優れた戦闘能力は有していない主人公は、任務のたびに結構散々な目にあっています。
ニュースにはならないものの、平和のために暗躍する組織。
ミッションインポッシブルのような派手さはないものの、主人公は着実に事件を解決し真実に近づいていきます。
小説現代では、「NOC 緋色の追憶2」のタイトルで続編の連載中です。
続編では、物語の舞台が国内に留まらず主人公が海を渡るエピソードも。
次なる新刊も楽しみな作品です。
受精卵ワールド
胚培養士という仕事をご存じでしょうか?
本山聖子さんの『受精卵ワールド』では、胚培養士が主人公です。
この本は小説として興味深い内容ですが、妊娠せよ子を産め圧力をかけてくる周囲の方にもおすすめするとよいかもしれない一冊です。
最近では、晩婚化の影響もあり、不妊治療や体外受精のニュースを目にする機会が増えてきました。
日本では、13~14人に1人が体外受精で生まれているそうです。
婚活をしている友人から、お見合い相手に「産まない女に価値はないと言われた」と憤慨しつつ話を聞いた記憶もありますが、かつては子を産むことを現代以上に重要視されていた時代も。
今でも結婚したら、次は「お子さんは?」と挨拶のように聞いてくる方も確かにいます。
本人主体の子が欲しいだけではなく、周囲からのプレッシャーもあって産まなくては!とストレスをかかえる女性もいるようです。
30歳以上は高齢出産といわれていた一昔前が嘘のように、今では30を過ぎてからの結婚、初産の方も珍しくない時代です。
国立社会保障・人口問題研究所によると、20%のカップルが不妊治療もしくは不妊検査を受けたことがあるのだとか。
ただし、不妊治療をしても皆が皆、無事に妊娠出産できるわけではありません。
記事にも書かれているように、40代では不妊治療をしても妊娠できる確率はごくわずか。
40歳になると10%未満、45歳では1%未満なのだとか。
妊娠できた後にも流産の確率が、20代よりもはるかに高いそうです。
本の中でも、友人のかつての嫁ぎ先の義母から新しいお嫁さんの不妊治療の相談を受けて、主人公が理路整然と男性不妊の可能性も含めて、不妊治療の実態を説明する場面があります。
実際に不妊の原因は、男女ともに可能性があることを知らない方もいます。
また、産まれる子の性別に関しても、受精段階で決まることであって妊娠中に男の子が産まれますように!と神社仏閣に祈られてもどうにもならないということももっと認知度が上がってほしい情報です。
発売が楽しみな新刊~星を編む~
凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』は、今年読んだ中でも感想を言葉で綴りきれないような印象的な一冊でした。
著者のインタビューでスピンオフが出ることを知り今から楽しみな一冊が『星を編む』です。
「春に翔ぶ」、「星を編む」は小説現代で既に読みましたが、北原先生の過去や櫂の死後に遺作を担当した編集者、『汝、星のごとく』では脇役だった人々が主人公の作品。
人の数だけ物語がある。
書下ろしもあるようなので、秋の読書の楽しみが増えました。