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HAPPY TORTILLA
2019年1月30日 23:17
「挽肉好きでしょう、マスター」「好きだね、挽肉を使ったレシピがものすごく多い」「王道だけど、僕もこういうハンバーグとか好きすぎてどうにもならない」粗挽胡椒が効いていて、肉と玉葱とつなぎのバランスが絶妙な合挽き肉のハンバーグ。フリルレタスの黄緑色は蛍光色と同列の鮮やかで、小さくて細長いトマトはまるで絵の具で描かれたように、厳密な赤色を艶めかせていた。「シンプルなものは、いいよね」
2019年1月21日 21:59
「めずらしい選曲!」「なかなかいいでしょう、たまにはね」「クラブみたい」「人混みはどちらかというと苦手だけど」カフェ・マゼランはライブハウスやダンスホールさながらの熱気に満ちていた。といっても、客でいっぱいで暑苦しいのではなく、音楽だけで活気が漲っていた。「なんか、鼓舞されるというか、突き上げるようなパワーがあるね」「お酒を中断しててね」「え、関係ある?」「濃い珈
2019年1月20日 21:10
ベッドリネンを洗濯機に投げ込み、ミントの効きすぎたペーストで歯磨きをする。冷たい水道水で顔を洗うころにはすっかり目も覚める。身支度をしながら眺める動画の懐かしい方言。ディスプレイに映る旅人には、窓の外に長く続く海岸線が似つかわしい。風景の中に置いたPCは、現実と、もうひとつの現実とを容易く繋ぐ。午前中のうちに部屋を片付ける。週ごとに片付けているから、それほど荒れてはいないけれど、床掃
2019年1月16日 07:42
信じられないことに、ジョンは翌週にエストニアの彼女とオンラインでのやり取りを経て再会の約束を果たした。思い出を話したら、我慢できなくなったから連絡したと言っていた。清々しい顔の印象が、とてもよかった。ひとりの人として惹かれるのにも十分な相手だったのだろうけれども、2人はその音色やパフォーマンスに表れる本質的な部分で深く強く結び着いている。その熱や火花や、ときに痛みを伴うような化学反応までもが、美
2019年1月14日 11:37
スパイシーなグリルプレートを豪快にたいらげて、ジョンは言った。口元を拭いたペーパーナプキンを折りたたみながら。「さっきの話、プレッシャーとかそういうことじゃないからな」食事中は込み入った話題を中断する誠実さを、僕はとても好ましく思った。「褒められたら、っていう話だよね」「そう。プレッシャーは服みたいなもんだから、いつだって身体にくっついてるんだ。緊張感は嫌いじゃない」「強いね
2019年1月13日 18:23
ほんのりと檸檬の香る水。すっきりとした後味、透明な美味しさ。それを一気に飲み込んで、ジョンは言った。「はやく大人になりたかったよ、俺は」横顔の睫毛の長さ。その向こうに、忙しく注文を取ってキッチンに入るマスターがいる。バイトの女の子は、まだ帰省しているらしい。「大人に?」「子どもにはない自由がある」夏のライブで出会って以来、ジョンとはときどきこのカウンターで顔を合わせる。
2019年1月11日 08:17
「どんなに緻密に注意を払っても、影響はなくせない」グラスに残ったアイスティーの氷はすっかり溶けて、マスターは濃いミルクのチャイを淹れてくれた。僕の眠気はとても強く、いつもなら夜でもカフェインたっぷりの珈琲をいただいてから帰る。まろやかな甘さにゆるんと溶け込むスパイス。芯から温まる。「そうだね、でも影響を与えることがあっても、痕跡を残すのはしたくないんだ。影響させるって、刺激を受けたり響
2019年1月6日 14:45
「猫の目というのか、秋の空というのか」そう言いながらマスターがカウンターに置いた大ぶりのグラス。透明に澄んだ大きな氷を入れたアイスティーは、きんと冷えて身体に馴染んだ。雑味なく清冽で、清められるようだった。「うん。でも、ただ変わりやすいとかっていうんじゃないんだよ。気がついたら宙を舞うみたいに飛んでいて、地上に立ったときに感じる重力みたいなのに参ってしまう」「比喩的でわかりやすいよう
2019年1月5日 19:54
カフェ・マゼランに向かうとき、坂を登る。右手には海、左手には林、その奥には街がある。さらに内陸にある赤茶けた山々を望みながら、その景色を見るのが僕はとても好きだ。林からは、フクロウの低い鳴き声が聴こえる。木魚みたいな、鎮静効果のある一定のリズムで。病み上がりの時期を終えて、店の扉がようやく軽く感じられるようになってきた。新しい年を迎えるまでに幾度かのディナーを経て、たっぷり養生できた
2019年1月1日 15:19
12年ぶりの風邪、命に関わる大病かのような苦痛を伴う体験だった。絶え間なく脈打つ頭痛は、まるで雷鳴。身体の内側から吹き出すような高熱は、ほぼマグマ。それにもかかわらず、体表は悪寒に包まれていた。文字通り、這いつくばって冷蔵庫までたどり着き、ミネラルウォーターを切らしていたことに気づいた時の絶望感。「大病だよ、風邪は」常温のジャスミンティーを出しながら、マスターが言った。 すうっと