餅は餅屋
一席お付き合い頂きます。
餅は長く伸びて切れないところから、
お正月には欠かせない、
健康長寿の縁起物として、
昔から親しまれてきました。
お正月の落語の演目と言えば、
【御慶】【藪入り】【初天神】など、
思い浮かべる方も多いかと思いますが、
餅が出てくると言えば、
【尻餅】という噺がございます。
年末に貧乏で、
餅を買えなかったご夫婦の滑稽噺。
この【餅は餅屋】という噺は、
その餅を売ってる、
現代の餅屋が舞台となっております。
年の暮れ。
書き入れ時に備えて、
餅つきの準備をする弟子と、
仕事納めと意気込む親方。
「おい、そろそろ始めるか?」
「親方。
そろそろ機械にしませんか?」
「餅搗く前から、
気分を削ぐようなことを、
言うんじゃないよ、お前は!
うちは創業200年。
昔からずっと、
手打ちでやってきたんだ。
この餅を美味いと、
言って下さるお客様が、
ご贔屓にして下さるから、
店もここまで続いてるんだ。
お前、蕎麦屋に行って、
手打ちじゃなかったら嫌だろ?」
「僕は乾麺でもかまいません」
「お前は本当に、
身も蓋もないことを言うね。
200年だぞ、200年!
オレの代で止められねえだろうが」
「僕なら大丈夫です」
「お前の心配なんかしてねえよ!
何で弟子のお前が、
お気遣いなくみたいな態度なんだよ!
お前も、もしかしたら、
この店、継ぐかもしれねえじゃねえか」
「………」
「顔で反応するな!
ええ~みたいな露骨な顔やめろ!
お前みたいないい加減なやつは、
いつかご先祖さんの、
バチが当たるからな」
「店を潰せば、
親方には当たりそうですね」
「縁起でもねえこと言うなよ!
ほんと、口の減らねえやつだなあ。
お前とバカ話してたら、
何しようとしてたら忘れちまったよ…。
そうだ、餅だ」
「当たり前でしょ。
餅屋なんだし」
「ほんと癇に障るやつだねぇ、お前は。
ひと言、余計なんだよ…ったく。
いいか?
俺らが作る鏡餅ってのはな、
正月に降りてきた神様の依代なんだぞ。
神様が入る体なんだから、
丹精込めて作った方が、
神様も喜んでくれるって…
そう思わねえか?」
「神様ってチョロいですね」
「………
お前には何を言っても、
響かねえな。
それに機械が餅搗くぐらいならな、
ウサギにでも搗かせた方が、
まだマシってもんだ」
「親方、それグッドです!
すぐにウサギ手配しましょう!」
「お前は、そこが響くの!?」
「ウサギが餅搗いたら絶対に、
若者が写真を撮りに、
この店に殺到しますよ!」
「お前は馬鹿か。
よ~く考えろ…。
ウサギは杵をどうやって持つ?!」
「………
………
………
ああ、そうか」
「だいぶかかったね…理解するまで。
たまにお前の将来が心配になるよ…。
お前、餅屋で大丈夫か?
すぐに写真だの映えだの…。
お前がよく言う…なんだっけ?
コラ…ボ?
呪術廻戦コラボだっけ?
赤と青と紫の三色団子?
オレは別に悪いとは言わねえ。
だがそれは、
お前が一人前になってからやりな。
オレみたいに古い考えの人間には、
よくわからねえし、やりてえと思えねえ。
オレにはあれは、
節操がないようにしか見えねえ」
「節操って何すか?」
「お前は何にも知らねえんだな。
節度がない……
お前がよく言う、チャラいってやつだ」
「ああ~。
よく言われます」
「……
餅はあくまで餅屋が搗く。
うちはありがたいことに、
200年前からここで…
この店でやってきたんだ。
そしてこれからも、
同じ場所で同じやり方を、
大事に守っていきてえ。
200年前のご先祖さんと、
オレの孫が同じ景色を見て、
同じものを食ってんだぞ。
スゴいと思わねえか?」
「それはエモいです」
「………
肉は肉屋。
魚は魚屋。
野菜は八百屋。
餅は餅屋でいいじゃねえか。
なあ。」
「それ全部、スーパーで買えますよ」
「お前はいい意味で、正直なんだな。
でも、もし…
スーパーが失くなったら困るだろ?」
「まあ。そうですね」
「まあ時代の流れで、
今は個人で店をやる時代じゃねえ。
どうせスーパーが潰れても、
また新しいスーパーが来るだろうよ。
でもうちみたいな、
餅の専門店があってもいいじゃねえか。
その道の専門家が、
ものを売るっていうのも、
あっていいと…オレは思うけどな」
「親方は専門家だったんですね」
「今、気づいたのかお前?
まあそういうことだから、
正月の餅は専門家のオレらが、
作るのが一番いいってことだ」
「今のそんな話でした?
シャッター商店街の不満にしか、
聞こえましたけど」
「いいんだよ!
いちいち細けえなあ!
ほら!
そろそろ始めるぞ!
奥から、せいろ持ってこい!」
「はい、親方」
「よし、いくぞ!よいしょ!」
「ほい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
………。
「いい感じになってきたな。
木目の細かさからの光沢!
そしてこの強い粘り。
これはコシの強い、いい餅になるぞ!」
「はい!」
「お前も…
すっかり返し手のさばきが、
板についてきたな」
「親方は、足腰が弱くなりましたね」
「おい!
お前、オレがせっかく褒めてんのに、
何でオレのことは貶すんだよ!」
「褒められたので、
何かお返ししなければと思って」
「そういうのはお返しじゃなくて、
仕返しって言うんだよ!
………。
でもまあ、確かに…。
オレも餅を搗いて40年か…。
お前が言う通り、
昔のようにはいかねえや…」
「親方…」
「それでも…
お前が独り立ちするまでは、
オレもまだ、止められねえ…」
「親方……」
「よし!
最後の仕上げいくぞ!」
「はい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
「よいしょ!」
「ほい!」
「よっとととと…
おっとっと!」
「親方~!」
「とっとっとっと」
「ああ~~~!」
「とっとっとっとっとっと」
「ああ~~~~~!!」
ズッデーン!
「親方…大丈夫ですか?」
「あいたたたたぁ。
転んじまったぁ~
お~~いてぇ」
「親方、杵にくっついた餅と、
楽しそうに踊ってましたけど」
「転びそうなのを、
堪えてたんだよ!」
「そうだったんですか。
てっきり新技かと」
「そんなわけあるか!
オレが転びそうなのに、
お前は、ああ~とか言ってるだけで。
ちょっとは助けろよ」
「どうしてですか?
だってさっき、
親方が言ったじゃないですか」
「何て?!」
「餅は餅屋に任せろって」
「それがどうした」
「だから…
尻餅もお任せしたんです」
「お後がよろしいようで」