エドガワハナコ

都内の小さな会社で事務をやっています。愛犬と小説、コーヒーを飲みながらドーナツやクッキーを食べるのが好きです。定期的に小説を投稿してみたいと思っています。Twitter→https://twitter.com/edghnk

エドガワハナコ

都内の小さな会社で事務をやっています。愛犬と小説、コーヒーを飲みながらドーナツやクッキーを食べるのが好きです。定期的に小説を投稿してみたいと思っています。Twitter→https://twitter.com/edghnk

最近の記事

小説・青木ひなこの日常(5)

家を買いたい お金を貯めたい ワードファイルにひなこは書きだしてみた。 なんだか文字にしてみると、すごく変な気がしてきた。 おいしいコーヒー飲みたい おいしいおやつを食べたい こちらの方のまだ正確だと思う。ひなこは顔を上げて、外を見る。 土曜日の朝六時。空は明るくなり始めている。アパートの隣の神社の境内は、いつもどおり静かで、掃き清められている。土曜日も出勤なのかスーツ姿の男性が、神社の入り口で挨拶をしてから駅へ向かう。見慣れたこの眺めをひなこは気に入っている。 パ

    • 小説・青木ひなこの日常(4)

      雨の最初の一粒が風にのって、ひなこの手の甲に触れた。ひなこは息を吸いながら顔を上げる。先ほどから吹いていた風は大きな雲を運んでいる。ママチャリが勢いよくひなこを追い越していく。隅田川にかかる橋の欄干から、カモメが大きく飛び立った。風で川面に細かく波が立ち、海の方へ向かっている。高架の首都高が、川に沿って走り、スカイツリーの方へ伸びている。ひなこはポケットのスマホで時間を見て、少し早歩きになる。 ーーー ヒナコは転職したいの? え、なんで? そんな質問するからよ。 うーん。自

      • 小説・青木ひなこの日常(3)

        コンビニのコーヒーはいつからこんなに美味しくなったのだろう。濃さも選べるし。コーヒーを飲んで、ドーナツを食べて、ついでに誰もいないから、あーあと言いながら伸びをして、ひなこは仕事に取りかかった。 満員電車が苦手だったり会社がスーパーフレックスを導入しているのもあり、ひなこは、早めに出社して早めに仕事をする。十年前にフレックス制度が導入されたとき、早めに来る人のことを嫌そうに思う年長者がいたけれど(その理由はよく分からなかった。目障りだとか、仕事も出来ないくせに早出残業なのか

        • 小説・青木ひなこの日常(2)

          「おかえりー」 「ただいま。ごめん、じゃました? 青くん、まだ仕事中?」 「あと一時間」 「おっけー、がんばって。京王でお惣菜買ってきた」 「ありがと、じゃ、またあとでね」 コロナ禍に、ひなこの夫・青木ハルキ、は在宅勤務になった。会議やクライアントとの打ち合わせもオンラインになってほとんどの業務を在宅で出来るようになり、会社も在宅勤務を推奨するようになった。 ハルキは一時間と言ったらちょうど一時間で終わらせる。それに備えてひなこは着替え、片付けをして、お湯を沸かしながら、

          小説・青木ひなこの日常(1)

          午後はオフィスの気温が上がる。 肌寒いと思っていた秋が終わり、寒さが二段階ほどギアを上げたばかりの十二月初旬、冬の間にさらに寒くなるだろうからと、ダウンジャケットやヒートテックを着るのはまだ躊躇われ、寒さになれない身体をどうにか、薄いウールのコートだけで通勤してきた。 数日前に二十歳も年下の若い同僚ふたりに今日のランチに誘われて、二時間ほど前、青木ひなこは喜んで出かけた。若い同僚ふたりと、ひなこと同じ歳の他部署の同僚、美咲と、四人で、カキフライ定食を食べに行った。 「私

          小説・青木ひなこの日常(1)

          ボール遊びの絵・フェリックス・ヴァロットン

          ポストカードは義母から届いた荷物の中に入っていた。美術館でよくみかける絵画のもので、表にはいつもどおり、達筆で季節の挨拶と、送るものについての説明と、夫と私を気にかけてくれる言葉が書かれている。 その絵は、屋外の景色を斜め上から見下ろす構図になっている。日が当たる場所があり、子供が画面の真ん中あたりを左から右奥に向かって走る姿があり、先に赤いボールがある。子供は麦わら帽子を被り、白い服を着て、茶色いブーツを履いている。いわゆる良い家柄の子供なのだろう。少女か少年かどちらかは

          ボール遊びの絵・フェリックス・ヴァロットン

          小説・うちの犬のきもち(22)・犬

          膝に犬を乗せている。いつも左腕を枕にされて、犬の鼻息があたる。膝の上は重さも暖かい。それは幸せなことだ。犬の頭に口をつける。犬が顔を上げて、わたしの顔をぺろりと、挨拶のように舐める。それからため息みたいな鼻息をして左腕のまくらに頭を戻す。 三十分くらいすると犬は膝から降りて一度のびをして、隣に座りなおし、顎を膝に乗せてくる。上目遣いでちらりとこちらを見るので、犬の身体をなでる。犬は満足そうに体重を預けてくる。 土曜日はいつもより一時間遅く起きて、散歩に行って、人間が掃除や

          小説・うちの犬のきもち(22)・犬

          小説・うちの犬のきもち(21)・ぼくの仕事

          ハル君の家で話したことを、ママンに話した。 ママンはちょっと首をかしげていた。すぐには分からなくても、ママンはいつか分かってくれるはずだ。これまでもぼくの訴えを、分かってくれてきた。すぐには分からなくて、少し時間がかかることもある。それは10分後のこともあれば、数週間後、数ヶ月後なんてこともある。 たとえば、ぼくが大きくて元気のよい犬が苦手なことなんかはなかなか分かってくれなかった。大きな犬がぼくに興味をもって近づいてくると、挨拶できるかな、とかなんとか猫なで声で言ってぼ

          小説・うちの犬のきもち(21)・ぼくの仕事

          小説・うちの犬のきもち(20)・仕事論

          「ハル君、この前、ぼくの仕事って、何かなって考えたんだ。最初は、パトロールとか、遊んだり食べたり寝たりすることだと思ったんだよね。え、それだけって、思うでしょ? ことばにするとそれだけのことかもしれないけど、ことばにならないこともたくさんあるんじゃないかな、って考えたんだよ。 人間の仕事は誰かに認めてもらってお金をもらうとか、お金をもらわなくても誰かの助けになっているとか、ただ自分のための作業であっても、何かしらの行為であって、ことばで説明できる動きがあって初めて仕事って呼

          小説・うちの犬のきもち(20)・仕事論

          小説・うちの犬のきもち(19)・仕事

          ママンは会社で働いてお金をもらわないと生きていけないみたいな言い方をする。ママンの現実はそうなのだと思う。休日出勤したり家に仕事を持ち帰るママンに不平不満を言うと、パパンが、しーちゃん、ママンがこうやって頑張っているから、しーちゃんも美味しいごはんが食べられるんだよ、とか言う。そういうのを「昭和」って言うらしい。ハル君に聞いた。 パパンが言うことは、パパンの本心でもなければ、ママンの本心でもない。パパンは、ママンが本当はちゃんと休みたいのに、うまく出来ていないと悩んでいるの

          小説・うちの犬のきもち(19)・仕事

          小説・うちの犬のきもち(18)・不在

          河川敷の鳥の鳴き声に、きょうはかっこうが混じっていた。「かっこう」、「ギョエーっ」と鳴くキジ、「ホーロロロケキョケキョ」はウグイスかな。いつもの週末の夕方の散歩。河川敷のグラウンドでは、いつものようにサッカーだとか野球だとかやっている、きょうは、めずらしくクリケットというスポーツをやっていた。拡声器で長々と挨拶と表彰をしているのか、みんなときどき歓声をあげていた。日本語ではなく、どこかの国の言葉だ。 それを、パパンが真似しようとして「まーらたたたた」とか言って、ママンが「違

          小説・うちの犬のきもち(18)・不在

          小説・うちの犬のきもち(17)・旅行

          庭のバラの花は、なんという種類か知らないけれど、薄いピンクで、外側の花びらは白く、一枚一枚の花びらの形が丸くて、たくさん花びらがあって、花ぜんたいも丸っこい。もっさり咲いて(というのは情緒を知らないママンの言葉)、近所の人が声をかけていく。 「きれいなバラですね」散歩中のおじいさんがバラを見て立ち止まり、庭の手入れをしているうちのおばあちゃんの姿に言う。 「ありがとうございます」 「写真撮っても良いですか?」 「もちろん。どうぞどうぞ」 「あ、どうやって撮るんだろ。ん? む?

          小説・うちの犬のきもち(17)・旅行

          小説・うちの犬のきもち(16)・母の日

          もうすぐ母の日なのだそうだ。 外は雨で、ぼくは散歩に行けずに自宅警備をしている。窓の外の様子を眺める。おばあちゃんが手入れをする庭は、今日は雨に濡れた土の匂いがして、庭の花も葉も土も植木鉢もどうやら喜んでいるようだ。 雨も悪くない。好きではないけど。 この季節は、空気が湿って、気温が高くなる。晴れの日は夏みたいに暑くなり、雨の日はじめっとしている。雨が多いと散歩も短くなる。雨の切れ目には、近所の犬たちみんな同じタイミングで散歩に出るから、たくさんの友だちに会う。 飼い主

          小説・うちの犬のきもち(16)・母の日

          小説・うちの犬のきもち(15)・犬を飼うこと

          ゴールデン・ウィークに入ったというのに、ママンは家でお仕事をする。家事の空き時間に仕事をしようとするから、朝起きて一時間、ぼくと散歩に行って掃除や洗濯を済ませ、朝ご飯の後に一時間半、買い物から帰ってきて三十分、お昼ご飯の後に一時間、という具合に細切れ時間にしかできずに、捗らず、終わらせようと思っていた仕事が終わらなかったりするみたいだし、チーム全体で対応するためにだれかに連絡が必要だったりして、後回しになったり、却って時間がかかるみたいだ。 そういうとき、ママンは終わらなく

          小説・うちの犬のきもち(15)・犬を飼うこと

          小説・うちの犬のきもち(14)・テレビについてのぼやき

          うちのみんな、テレビに釘付けだ。 スコットランドでゴールデンレトリーバーの祭典というのがあるらしく、犬と飼い主たちが楽しく踊っているらしい。それから日本の女優さんが現地のブリーダーさんの家を訪れる。人懐っこいゴールデンレトリーバーが女優さんにおもちゃを見せびらかせにくる。そのおうちは、とてもステキなところで、広い庭と、牧場みたいに広い裏庭がある。家の中も、庭も、手入れが行き届いているんだそうだ。女優さんがブリーダーさんとお話する。ブリーダーさんは、必要以上に繁殖させないのだと

          小説・うちの犬のきもち(14)・テレビについてのぼやき

          小説・うちの犬のきもち(13)・努力

          旅行好きのおばあちゃんが、隣の駅の始発電車に乗りたいからと、早朝、パパンとママンと車で隣の駅まで送ることになった。駅でおばあちゃんを見送った後、パパンとママンとぼくは大きな公園まで車で行ってみることにした。 大きな公園は、早朝だからか、ほとんど人がいない。 今日は晴れる予報だけれど、空気はまだ湿っている。暖かくなりそうな予感がする。 桜は半分くらい葉が出ていて、地面には桜の花びらがじゅうたんみたいに積もっている。 ぼくはなんだか楽しくなってずんずん歩いた。 人が少ないから

          小説・うちの犬のきもち(13)・努力