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ボール遊びの絵・フェリックス・ヴァロットン

ポストカードは義母から届いた荷物の中に入っていた。美術館でよくみかける絵画のもので、表にはいつもどおり、達筆で季節の挨拶と、送るものについての説明と、夫と私を気にかけてくれる言葉が書かれている。

その絵は、屋外の景色を斜め上から見下ろす構図になっている。日が当たる場所があり、子供が画面の真ん中あたりを左から右奥に向かって走る姿があり、先に赤いボールがある。子供は麦わら帽子を被り、白い服を着て、茶色いブーツを履いている。いわゆる良い家柄の子供なのだろう。少女か少年かどちらかは分からないけれど、ずいぶんがに股なので、男の子かもしれない。男の子っぽい女の子かもしれない。左の奥の方には、小さく、女性が二人描かれている。白い服の女性が、薄紫色の女性に何かを話している。左側には影がさしているけれど、木漏れ日のように、まだらに日の光が混じる。走る少女がいて、絵の上の緑の木々は木漏れ日を受けている。光と風が見える。光と緑の木々の陰が、まるで屋外にいるような気分にさせてくれる。風を感じ、光を感じ、緑が目に入る。

会社の自分のデスクの奥にそっと貼ることにした。座るとちょうど目線の高さのパーティションで区切られたデスクに座り、少し上を向いて辺りを見回すと、遠くの壁から外が見えそうで、ブラインドが下がっていて何も見えない。ときどき窓清掃の人が入ってきて、内側から窓を掃除するときに、ブラインドを開けるけれども、外に見えるのは、向かいのビルか、首都高のオレンジ色の壁だけだ。

屋外を感じられるその絵は、だから、会社にいるときに、ふと気付くと求めているものが描かれている。

風、日の光、木々、木陰。

けれども、毎日視界に入るはずなのに、一日中まったく目にとまらないことも多い。コロナ禍に電子化が進み、紙の代わりにすべてパソコンのモニターで確認するため、モニターは二画面になり、その分減った空白に、ポストカードは隠れるようになった。

デスクの上を片付けたり、捜し物をするときに気付き。それからふとじっくり、と言っても、時間にして二、三秒ほど見つめることもある。そのたびにやっぱり外の雰囲気を感じられて、気分がやわらぐこともあった。ときおり、その絵に暗いものを読み取って、暗い気持ちになることもある。絵の中の影が目立ち、立ち話をしている大人はもしかしたら、誰かの悪口を言っているとか、女主人が使用人をいじめているとか、屋外でなければ相談できないことかもしれない。光と陰の対照は、子供の無邪気さの反対に、大人の不穏さであろうと思える日もあった。


FELIX VALLOTTON(1865-1925)
Le Ballon ou Coin de parc avec enfant jouant au ballon, 1899
Huile sur toile / 48×61 cm
Paris, musee d'Orsay

ポストカードの表の隅にはそういう説明がある。義母が海外旅行でその美術館を訪れたことを聞いている。当時もらったお土産は有名店のマカロンと訪れたオペラ座やカフェや、たくさんの名所の思い出話だったが、その中にオルセー美術館、という言葉もあった。筆まめな人の常で、ポストカードや一筆箋には欠いたことがなさそうでもある。

フェリックス・ヴァロットンという名前でインターネットで検索をかけ、いくつかのサイトをめぐった。

スイスの中産階級の家に生まれ、フランスで活動した。油絵以外に木版画でかなりの功績を残した。木版画は、黒の輪郭が太く、くっきりして、新聞の風刺画を思わせる作品が多い。権力者や道行かぬ恋の理不尽さに甘んじるしかない弱者の姿を感じる。とはいえ、伝わってくるものは単純ではなく、たっぷりとした余白があって、描かれた人物の気持ちが苦しく想像させられる。

ナビ派と言われる画家の集まりに所属したが、ドレフュスというユダヤ人の冤罪事件(1894年)の後、ナビ派は分裂し、ドレフュスを擁護した彼は、次第に離れていった。奇しくも彼の画家としての評判は上がっていった。1899年、この絵が描かれた年には、ずいぶんお金持ちの未亡人と結婚し、三人の子供と暮らすようになった。結婚により経済的な余裕ができたことで木版画を次第に手がけなくり、戯曲や批評も書くようになる。

第一次世界大戦のときには志願したものの、48歳という年齢で却下された。だが、その後、文化省から画家として他の二人と前線に参加し、戦争の絵を描いた。

パリでがんの手術をし、60歳の誕生日の翌日に亡くなった。

美術には詳しくないし、ヴァロットンという画家も知らなかった。

改めて見ると、子供は明るい方へ走っていき、それを追いかける木々か雲かの影も、木漏れ日であって、光にあふれた明るい、なんとも平穏な一日の瞬間を切り取った絵に見える。子どもの影は、どことなく、ボールを追いかける犬に見えなくもない。勝手な想像では、子供と暮らすようになって、どこかしら大らかで、ユーモアのセンスが溢れて、描いていて楽しかったのではないかしら。


画像引用元:
https://www.musee-orsay.fr/en/artworks/le-ballon-8032

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