小説・うちの犬のきもち(22)・犬
膝に犬を乗せている。いつも左腕を枕にされて、犬の鼻息があたる。膝の上は重さも暖かい。それは幸せなことだ。犬の頭に口をつける。犬が顔を上げて、わたしの顔をぺろりと、挨拶のように舐める。それからため息みたいな鼻息をして左腕のまくらに頭を戻す。
三十分くらいすると犬は膝から降りて一度のびをして、隣に座りなおし、顎を膝に乗せてくる。上目遣いでちらりとこちらを見るので、犬の身体をなでる。犬は満足そうに体重を預けてくる。
土曜日はいつもより一時間遅く起きて、散歩に行って、人間が掃除や洗濯を終えるのを辛抱強くまち、それから、やっと、犬が思う存分甘えられる時間が来る。最初はおもちゃ(この日はムササビ型の人形)でひっぱりっこをして、投げっこをして、しばらくすると走って水を飲みに行き、その後、また近くにやってきてソファーに座るようにと目で合図して、わたしが座ると、犬もぴょんと横に飛び乗ってくるか、乗れないフリをして、だっこで乗せてもらう。
ふと、最近インスタでみた記事のことを思い出す。
「愛犬はあなたを選んで来た。そのことに意味はある。
あなたが愛犬を選んだのではなく、愛犬があなたを選んだのです」
わたしがこの犬を選んだのではなく、わたしはこの犬に選ばれたのだ。このことを母と夫に話してみたけれど、同じようには感じていない気がしている。
この犬がわたしのところに来た意味を考える。
この犬は、わたしに似ている。甘えん坊で、食いしん坊で、好奇心はあるけれど、臆病で、他の犬が怖い。見て見ぬ振りをすることもある。イヤなことをされたら怒るけど、すぐ忘れる。気が弱くて、家の中でのんびり楽しく過ごすのが何より好きだ。旅行やドッグランはどちらかと言えば苦手。遊んで欲しいのに遊んでもらえないときは、入ってはいけないキッチンに入り込んだり、年に一回くらいはトイレではないところでオシッコをするなどの、抗議の行為をする。夫のことがいちばん好きみたい。留守番や病院は嫌い。お腹を壊しているときは、わたしに、困ったとき顔で、トイレに連れて行って、と言う。歯磨きや目の周りの手入れは怖くて苦手だ。
犬は黒い目でじっと見つめてくる、上目遣いで、目を細め、まばたきをする。怒っているときは、ギラっとしている。なぜ怒っているかは、その目を見ると分かる。楽しいときは、目がキラキラする。
この犬がわたしを選んだ意味はひとつではない。出かけるぎりぎりまで眠る朝を、早起きに、早く帰るために仕事を効率よくし、良い一日を過ごすために早寝をし、生活を規則的なものにし、嫌な一日を労わってくれ、笑わせてくれ、犬の散歩で出会う人と挨拶を交わし、ただ犬を見ただけで笑顔を向けてくる人の笑顔を受け入れ、散歩道の季節の変化を見つけるようになり……いくらでも言い続けられる。
犬ははかりきれない大きなものを与えてくれる。わたしは、愛を知り、愛について考え、それから、説明できないような、もっと大きな宇宙みたいな何かを感じることがある。
(了)
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