小説・うちの犬のきもち(17)・旅行
庭のバラの花は、なんという種類か知らないけれど、薄いピンクで、外側の花びらは白く、一枚一枚の花びらの形が丸くて、たくさん花びらがあって、花ぜんたいも丸っこい。もっさり咲いて(というのは情緒を知らないママンの言葉)、近所の人が声をかけていく。
「きれいなバラですね」散歩中のおじいさんがバラを見て立ち止まり、庭の手入れをしているうちのおばあちゃんの姿に言う。
「ありがとうございます」
「写真撮っても良いですか?」
「もちろん。どうぞどうぞ」
「あ、どうやって撮るんだろ。ん? む? えーっと」
「どれどれ、ここじゃないですかね?」
「あらま、ほんとだ。ありがとう。はははは」
おばあちゃんはスマホの使い方も教えてあげていた。
「いやーこれよく咲いていますね」三軒先のおじいさんが自分の家の掃き掃除のついでにホウキを手にやってきた。
「ええ、今年は良い感じで」
「ひとつ貰えないかな」
「もちろんいいですよ。何本かどうぞ。どれにします?」
「あ、じゃあ、これとこれとこれとこれと・・・」
「はいはい」
おばあちゃんは花を用意しながら話しかける。「おたくのつつじもいつもきれいに咲いていますよね」
「そうなんだよ。うちのつつじもあげるよ」おじいさんは、バラとホウキを両手に持って急ぎ足で自分の家に戻り、ほどなくつつじの枝を持って来た。
「これを挿し木にしてね。ウチのくらいきれいに咲いたらいいね。わはは」
「あ、ありがとうございます」
「いや、いいんだよ」にっこり笑っておじいさんは帰って行った。
おばあちゃんはちょっと首をかしげていた。
人間は、昼間は半袖でもじゅうぶん、なんて言うようになると、わらわら外に出て、朝に夕に庭をいじり、それだけでは足りずに、どこか遠くに行きたくなるみたいだ。年がら年じゅう遠出をするおばあちゃんだけじゃなくて、仕事以外ではあまり出かけないママンまでなんだか遠くに行きたがる。なぜなのだろう。ママンは、しーちゃんも一緒に旅行に行きたいと言うけれど、ぼくは嫌だと言う。旅行は好きじゃない。車も苦手だし、電車なんて無理だと思う。「電車に乗る練習しようよ。一駅乗ってみよう」とか言われて、クレートに入れられたけど、駅近くで、思いっきり暴れて声をあげて全力で反対した。ママンが折れて、ぶつぶつ言っていたけれど、知ったことではない今度は全力で家に戻って行った。ママンはクレートを片手にぼくのリードに引っ張られて家に戻ってきた。
そういうぼくでも年に一回、気が向けば二回くらいは、家族の一泊旅行に付き合ってあげている。家族サービスというやつだ。
家族旅行は、広いドッグランがあったり、ウッドチップの敷かれた肉球に優しいドッグランがあったり、犬のためのフィットネスとかもあったりする。そういうところだ。
海に行ったこともある。海ではぼんやりしているパパンのせいで波をざばんと被ってしまったのが本当に嫌な思い出で、それ以来海は嫌いだ。海に行ってもぜったい海は見ないようにしている。
旅行のときの夜はいつものベッドを持って来てもらっても、部屋がいつもと違うからちょっと寝にくい。
旅行で、いいことなんてひとつもないけれど、ご飯はとっても美味しい。かわいいとか、おりこうさんだとか、ホテルやレストランの人や、他の飼い主さんたちに褒めてもらえる。だから帰り道は、まあいいか、と静かに車に乗ってあげている。