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小説・青木ひなこの日常(5)
家を買いたい
お金を貯めたい
ワードファイルにひなこは書きだしてみた。
なんだか文字にしてみると、すごく変な気がしてきた。
おいしいコーヒー飲みたい
おいしいおやつを食べたい
こちらの方のまだ正確だと思う。ひなこは顔を上げて、外を見る。
土曜日の朝六時。空は明るくなり始めている。アパートの隣の神社の境内は、いつもどおり静かで、掃き清められている。土曜日も出勤なのかスーツ姿の男性が、神社の入り口で挨拶をしてから駅へ向かう。見慣れたこの眺めをひなこは気に入っている。
パソコンに視線を戻す。家を買いたい、というより、家を買うために貯金を増やしたり、家を選び、家を買った後も、気に入った家具を選んだり、快適に暮らすための工夫をしたり、やってみたいのは、そういうところだ。アオ君と同じ目標を持って、お金を貯め、家を見に行き、家を大事にして、毎日の掃除や、模様替えや、家を愛することを楽しみたい。重要なのは、アオ君とふたりで、というところ。
ーーそっか。
ひなこはコーヒーを淹れるためにキッチンに行く。
朝、七時になった。
アオ君は昨日の夜、一緒に焼き肉を食べて帰ってきた後、また少し仕事をすると言っていたから、たぶん起きるのは八時か九時だろう。
ーーーふたりでひとつの目標に向かって楽しむ時間が欲しいのか。
それを、結婚したら当然得られるはずだと、ひなこは期待していたのだ。一方的な期待で、約束したわけでもない。ひなこの希望であり夢なのだ。レストランに行って食事を注文して、出てくるのを待っているのとは違うのだ。アオ君だって、人間で、ひなことは違う期待や夢や理想や何かがあるだろうと思う。好きなことをして暮らしたい、とか。
レストランが忙しい時間帯なら、もしかしたら待たされるかもしれない。入り口にぽつんと立っているのに、お店の人はちらりとも見てくれない。それでも待っていたら、そのうち声をかけてもらえるはずだ。もしあまりに忙しそうで、席も当分空きそうもないということだったら、運が悪かったと思って出直す。それだけのことだ。
結婚生活は、レストランでお金を払うからもてなしてもらう、とは違うのだ。メニューは白紙でどうなるか分からない。同じ方を向いて、同じ目標を持つ、というのは、ひなこが勝手に想像のメニューに書いただけのものだ。
ひなこは、コーヒーを片手に窓際の机に戻る。
時間かな、とひな子は思う。
今欲しいのは、充実したとか楽しいとか、そういう時間だ。
たぶん、そう思える余裕があるのだ。仕事が忙しいのではなく、結婚生活も忙しくもない、他には月に一度だけの英会話があるだけだ。
何かを失いたいとは思っていないのだった。
ただ時間があるのだ。
忙しいときはあんなに時間が足りないと思うのに、不思議なものだ。