小説・うちの犬のきもち(18)・不在
河川敷の鳥の鳴き声に、きょうはかっこうが混じっていた。「かっこう」、「ギョエーっ」と鳴くキジ、「ホーロロロケキョケキョ」はウグイスかな。いつもの週末の夕方の散歩。河川敷のグラウンドでは、いつものようにサッカーだとか野球だとかやっている、きょうは、めずらしくクリケットというスポーツをやっていた。拡声器で長々と挨拶と表彰をしているのか、みんなときどき歓声をあげていた。日本語ではなく、どこかの国の言葉だ。
それを、パパンが真似しようとして「まーらたたたた」とか言って、ママンが「違うよ、まーるたるるるぅー」とか言って、ふざける。
二日前、パパンとママンは遠くに暮らす友だち親子に会いに行った。仕事帰りにふたりで新幹線に乗って、現地で一泊し、昨日の昼に友だちに会って、夕方の新幹線で家に帰ってきた。
ぼくはおばあちゃんとふたりでお留守番だった。
二日前の夜、今日はパパンもママンも帰りが遅いな、とぼくは心配になって、何度も玄関を見に行ったり、パパンの部屋や寝室を覗きに行った。何時までまってもパパンもママンも帰ってこなくて、だんだんぼくはフキゲンになってきた。いつもパパンとママンと寝るけれど、夜はおばあちゃんの部屋で寝た。よく眠れなかった。家の外で足音と風の音が聞こえるたびに、パパンかも、と期待した。
昨日パパンとママンが帰ってきたときは、嬉しかったし、どこ行っていたのか問い詰めたかったし、遊びたかった。とりあえず、玄関でお迎えして、急いでお気に入りのおもちゃ(ナマケモノのぬいぐるみ)を持って来てぶんぶん振り回した。しーちゃん、すごいねー。ママンが喜んで言う。それで、ダッシュしてママンに向かってどーんって飛び跳ねた。それからくるくる走り回った。ママンに捕まえられて抱っこされたから、顔をベロベロベロって舐めてやった。ソファに座るママンになでてもらったら、パパンも隣に座ったてきた。ぼくはお腹を見せてパパンになでてもらいつつ、後ろ足でパパンをちょいちょい蹴った。それからソファーから飛び降りて、別のおもちゃ(おにぎりや卵焼きや鮭のかたちのぬいぐるみがはいったお弁当箱)を持ってきてぶんぶん振り回してパパンに見せつけた。しーちゃん、これ楽しいねーおにぎりおいしいねー。パパンがぼくのおもちゃで楽しそうに遊んでいるから、一緒に遊んであげた。なげっこして、ひっぱりっこして、パパンが気の済むまで遊んであげた!
怒っているのとフキゲンなのと嬉しいのと楽しいのがいっぺんにやってきて、ちょっと興奮していて、ぼくは気持ちが悪くなった。
オエー
ちょっと吐いてしまった。
しーちゃん。
ママンが心配そうな顔で見るから、ジャンプして、どーんと飛びついた。
「しーちゃん、大丈夫?」
ママンはほんの少し心配そうにぼくをなでる。
それから、パパンもママンも旅行にしーちゃんが一緒じゃなくて寂しかったと話した。初めて行った町を歩いていても、ここはしーちゃんと散歩しやすそうだね、とパパンと話したんだって。ホテルはとても静かで、いつも家の中にはしーちゃんの足音がして、ぶるぶるっと首を回すときの音とか、寝息とか、そういうのがなくて、寂しいね、と言わないようにと思っていたのに、結局ふたりでしーちゃんいないね、と話して、並んでスマホでぼくの写真を見ていたんだって。
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