樫ムシカ(国王見習い)
どれに当たるかお楽しみ。ゆっくりして行ってね。
私の愛する女たちの話。
思いつきで書いています。衝動的です。
たまに書きます。
周りのひとに言えなかった愚痴とか泣き言集。不快になったらすんまへん。
お寺で拾ってきた銀杏を炒って食べた。 お寺のお父さんには「自己責任で!」って言われた。 食べ過ぎると中毒するからビビりながら美味しく食べた。 なんも起こらんかった。セーフ。 食べ足りないからまた拾う~♬ スプーンを曲げてきた。 パワースポットで曲げてきた!って周りで私に言うてくるひとがいるけどあんまし興味なくて「へぇー」って受け流してた。 今日はイベントの流れというかノリで「曲げる?」って渡してもらったからレイライン(パワーの交差点)みたいな場所に立って四方を拝んでから力を
今日は私の女神のひとりでもある山羊姉とショートドライブ。 山羊姉は美容サロンを経営していて、私の占いの元顧客でもある。 私はひとりに何度も占いをしないから、一度鑑定したらバイバイか、 知り合いとして付き合うかどちらかである。 紹介制なので、誰かの知り合いであり同じコミュニティ内にいるので再び顔を合わせたり、私が相手のビジネスの顧客になることは往々にしてある。 山羊姉の鑑定後、彼女のインスタを見ているうちに私はサロンに行くことを決めて今度は私が顧客になった。 美容院やスタイリ
冥王星水瓶座イングレスの日に私はすご~くいい現場にいた。 それはまた別記事で後日しっかり書くとして。 息子の学校から連絡があったけれどイベント後、大急ぎで帰宅するときだったので折り返さなかった。 なんとなくだけど、必要なときはわかるから。 今回も、それでよかったのが帰宅してわかった。 最近も急にLINE電話が鳴って(ママ友さんから!)これは出なくていいってわかったから出なかった。やっぱり合ってた。 小学校ではやんちゃな子が揉め事を起こす。 私はやんちゃな子側だったけれど
近所の柿の木に実がなると幼稚園児たちが先生といっしょに取りにくる。その光景を見られるのを楽しみにしていたが、今年は終わってしまった?みたい。「こどもはみんな天使👼」派ではないが、はしゃいでるのを見るのは楽しい。
これまで「勝ち馬に乗る」のが成功の鉄則だった。これからは己が勝ち馬になる世界に変わる!あるいはスポーツカー?もはや「勝ち」の定義が変わっていくんだとしたら…。私は何になろう。
【ライオンの隠れ家は、発達障害のある弟と共に暮らす兄の元に生き別れた姉の小さなこどもだけが突然現れる、というドラマ】 兄の同僚の牧村が、保育士時代にDVにあっているこどもを認識していながら助けられなかった、と懺悔するシーンがある。 私はこの牧村の態度の端々にそれを察していたので第6話を視聴する前から気づいていた。 というのも、似た経験があったから。 後ろめたすぎてずっと自分にすら隠してきた。 私は当時、シングルマザーで地域で一番人気の保育園にこどもを預けて働いていた。な
「阿修羅のごとく」ネトフリで再ドラマ化!むちゃくちゃ楽しみ🤍原作:向田邦子、監督:是枝裕和。キャストも好きすぎる〜いましかできない組み合わせ。12月すっ飛ばしたい〜っっ🕊🕊🕊
先程、コーヒーを飲みながら考えたことを書こうとしたらすぐに脳内から消えてしまった。たぶん、たいそうなことじゃないのだ。と前置きして…。 行動力、創作意欲などのゼロからイチにするパワーは、性欲と同じと言われている。 西洋占星術でも、火星、冥王星、あるいは海王星(少し様相が異なるが広義で)などの天体が、行動、創造力や生産性、性欲を促す働きをすると言われる。 これらの天体が目立つチャートの個人は、「あぁそうやなぁ」と思わされる人物像だったりする。性欲に関しては逐一「ありますよね
赤ちゃんを失ってしまったことをきっかけに別れたカップルが身近にいました。 「それまで良く思えていた相手が、悲しみ、絶望に包まれたときにまったく違う姿に映るようになってしまった/悲しみを共有したことで、相手が目の前にいると悲しみから脱却できないと感じるようになった。」 このような背景を私は想像しました。 最悪な出来事をただ単に不幸なことだった、と振り返ることもできます。 しかし、悲しみに包まれたときに励ましてくれるひとの有り難さに気づいたり、絶望のそのあとに新たなひととの出会
女神に呼ばれて行ってきた。なぜか私の必要なタイミングで必要なことに引き合わせてくれる。ほんまにそう思う。捨てる神あれば拾ってくれる神あり!どっちにもありがとう🤍諦めんかったらそうなるねん。信じて続ける!
ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」を娘が2度目視聴はじめたからつき合った。第1話が盛り盛りすぎてお腹いっぱい。演出ってこういうことやで、と解説入れながら。細かい脚本、セリフや演出が気づきを与える。そういうドラマは何回観てもおいしいんやで。それを伝えたかった。
いっぺん売れてテレビにも出て疎遠になった友人に久しぶりに会ったとき私の想像の中ではずいぶんええ暮らししてんのやろなって思ってたのに、ずっともがきながら努力し続けてていままた別の目標にトライしてると知って胸が熱くなった。みんなずっと赤ちゃんみたいにゆっくり成長し続けてるんやなって。
ひとを救う、救われることのなにがいけないのか。 毎度のことだが、私の経験と主観をもとに綴るのでスッキリした読後感を得られるものではありません。 私は過去に救おうとしたひとがいて、あるコミュニティから解放されて自由になれるよう相談を聞いたり助言をしたりしていた。 一部、行き過ぎがあって、カオスな状況になりそのひとは再びコミュニティに以前より強く拘束される結果になってしまった。(モザイクかけてます) 救えなかったことや自分の至らない行いを悔いて落ち込んでいた私を、同僚がとある
昔、世話になった居酒屋の店長が思い出話をよく語ってくれるひとでいろんなことを教わった。クルマも好きだった。「デ・トマソ・パンテーラ」に憧れがあったと聞いたのを憶えている。20年以上前のインターネットはまだポンコツ?で見つからなかった。いま思い出して探したら画像をたくさん見つけた!
娘が友人の言った事に凹んでいた。 娘の好きピの態度がおかしい、脈ナシなんじゃないか、と指摘されたらしい。 私は散々話し聞いてきて「ないわけない。」と確信していたから 「凹ますこと言うヤツを信じるな。思うのは自由やねんから、いいように思っとけ」 これ思いは現実化する、ってこと!!!
蠍座新月でしたね。 なんだか水星の記事を書かなくては・・・! という思いに突き動かされてチャートを見てみると、私の3ハウスで新月が起きていた。 天秤座の私の水星が同じ3ハウスにあって この水星は私の山羊座の月とスクエア。 幼児期の私はほんとうにコミュニケーションが苦手であった。 脳内ではっきりと思考していたことをいまでも思い出せるけれど、それらを口に出して言うのはハードルが高かった。 気持ちのなかで、楽しい、辛いと思ったこと、こうしたい、これに決めた、それは意識には昇る