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救えなかったあの子を思い出した。『ライオンの隠れ家/第6話』を見て、ネタバレなし🦁

【ライオンの隠れ家は、発達障害のある弟と共に暮らす兄の元に生き別れた姉の小さなこどもだけが突然現れる、というドラマ】


兄の同僚の牧村が、保育士時代にDVにあっているこどもを認識していながら助けられなかった、と懺悔するシーンがある。
私はこの牧村の態度の端々にそれを察していたので第6話を視聴する前から気づいていた。

というのも、似た経験があったから。
後ろめたすぎてずっと自分にすら隠してきた。

私は当時、シングルマザーで地域で一番人気の保育園にこどもを預けて働いていた。なぜ人気の保育園を利用できたかというと、シングルマザーは優先順位が高かったから。
姉とふたりでまだ小さな娘たちを連れて、市役所の窓口へ出向いて「いっしょにシングルでこの子たちを育てているので同じ保育園にしてほしい」と嘆願した。それが通った。

そこは高給取りの夫婦の子ばかりで、お迎えも高級車だし、ママたちはパリっとしたスーツ姿だったり医療関係者だったりで、忙しそうに遅い時間にお迎えにきては速やかに帰っていくひとばかりであった。
シングル世帯は少ししかいなかった。

同じ組に、4月生まれの賢くてかわいらしい男の子がいた。
ご両親にとてもかわいがられているように見えた。朗らかだった。
ママはすごく教育熱心な感じがした。

ある休日に、川沿いの公園でこどもたちを遊ばせているとその4月生まれの男の子のお姉ちゃんが、おじいさんに連れられて遊びにきていた。
お姉ちゃんのことは、お迎えや行事のときに顔を見かけて知っていて、弟とよく似たかわいらしい女の子だな、と思っていた。
私はこどもといっしょに遊具に登るタイプの母親だったので、なんか大勢乗れる遊具に乗っていた。
すると、そのお姉ちゃんに話しかけられた。

「私おじいちゃんにいじめられてるねん。」

そのとき私は「そうなんや……」と返したのかもしれない。
記憶がないのだ。あまりに突然だったので。頭がサーッと白くなったような。
ご両親が忙しくて、よく祖父母がこどもたちを見ていたと思う。
ママはどこにいるのか訊ねたら、病気で入院している、と言っていた。
え、じゃあおじいちゃんとずっといっしょにいるのかな…。

近くにおじいちゃんもいたし、事情聴取みたいなことはできなかった。
このあともおじいちゃんのお世話になることを思えばその場で問いただすこともできまい。いじめている人間はシラを切るのがふつうだ。
私は途方に暮れたまま、何もできなかった。

それきりで、いまに至る。
ずっとずっと彼女が気掛かりなまま、私と娘はその後に引っ越ししたので保育園は中途退園した。
姉はその地区に残っていたので、彼女の様子を知っていた。
思い切って当時のことを話して訊ねたら、やはりあまり明るい顔ではなかった、と。
いじめが続いていたのか、どうようなものだったのか、もう止んだのか、まったくわからないが、姉の話だと、ご両親が息子のほうにより期待をかけていたようで国立中学を受験させたりして、お姉ちゃんのほうは出来があまりよくなく、かわいがられていないようだった、とのこと。
私も実は薄々、あの家族のなかでお姉ちゃんは浮いているように見えていた。交流がなかったため確定的な事実はひとつもないが。

当時になにかできたことはあった、と思う。
今日、娘とドラマを観ながらあのときのことを告白したら娘から罪人認定された。
私は、ママと交流がなかったから、と言い訳したら

「仲良くないから言ったんやん!バレへんように」


と諭された。もっともだった。

私はあのときに状況をひっくり返せる唯一の人物だったのかもしれないし、ここまで書いてきてなんだが、あのお姉ちゃんの虚言であった可能性もある、それは私の願望でもあるが、事実はわからない。
以前、書いた記事に登場するメサイアコンプレックス、私はそういう気持ちに憑りつかれ易い性質でもあるので、過剰に悲観しすぎているのかもしれない。
どちらにしても、もう済んだことなのだ。

当時、私自身がDVサバイバーであることをあまり認識していなかった。
横暴な父から母と共に逃げた、それは単なる日常の一コマで、引っ越しそのものがよくあることだったし、やさしい両親は存在しないから私にとって、それは特別な経験ではなかった。
だから、いま現在、被害を経験している目の前のひとを助けることが自分に可能だという立場にたっていなかったし、シングルマザーの自分はそもそも社会から見捨てられている側の人間だ、とも感じていた。
自分を俯瞰してもおらず、且つまったく余力がなかったのだ。

父を見送ったいま、DV被害を外側から見たり、逃げる手段がさまざまあることを知っていたり、加害者にわからないよう距離をとること(ドラマにも出てくるがこれがことのほか重要。だから私と母も逃げた)、こどもからそれとなく話しを聞き出すこと、虚言だとしたらなぜそんな気分になるのか話しを聞いてあげること、いまなら可能なのに、と思う。

私に道義的な責任があるとまでは言わないが、運命のいたずらであの子と関わったのにはなんらかの意味を見出してしまう。
寂しそうな目を見つけてしまう、私の性質にもなんらかの意味がある、と。

後悔を背負っていても仕方がないので、私の目の前でハッキリと申し出てくれた相談者のみなさまには、できることをしていこうと思っている。


覗いてくれたあなた、ありがとう。

不定期更新します。
質問にはお答えしかねます。

また私の12ハウスに遊びにきてくださいね。





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