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ハードボイルド書店員日記【207】

「このブックサンタって何?」

気温が大きく下がった雨の平日。週刊誌を買いに来た五分刈りの中年男性がレジ横に飾られたPOPを指し、薄い眉をひそめた。

「ご購入いただいた書籍を、児童福祉施設や支援団体を通し、全国の子どもたちへ贈る企画です」
「子どもたちって何歳まで?」
「経済困窮、病気、被災などによって体験格差を抱える0歳から18歳が対象です。しかし状況によっては、例外的に19歳以降へ提供するケースも」
「本なら何でもいいわけ?」
「その年齢向けであってもコミックや雑誌、学習参考書は対象外でございます」
始まる前に公式サイトをチェックしておいて正解だった。

「いい試みだと思うよ」
「ありがとうございます」
「こう見えて俺も子どもの頃、本が好きだったんだ。少年探偵団とか」
「乱歩いいですね。図書室でよく読みました」
「俺もだよ。買ってもらった記憶はまったくない」
黙って頷いた。
「でもさ、こういうのを大々的にやると、サンタクロースなんかいないってアイツらに気づかせることにならないかな」
「そうでしょうか?」
「だって俺らが『この本、ブックサンタでよろしく』って言ってレジでカネ払うところを、本屋に来た子どもたちが目にするわけでしょ?」
意地の悪いクレームかと身構えた。だが表情を見ていて、この人なりに彼ら彼女らの繊細な心を慮っているのだと気づいた。苦い思い出が根底にあり、同じ体験をしてほしくないのかもしれない。

「ぜひオススメしたい本が」
「あ? どういうこと?」
「お時間はよろしいでしょうか?」
「まあ少しなら」
「少々お待ち下さいませ」

児童書の棚から「あるクリスマス」(文藝春秋)という絵本を抜き出し、レジへ戻った。著者はトルーマン・カポーティで訳は村上春樹。山本容子の銅版画が添えられている。
「何だいこれは」
「舞台はアメリカ、主人公は6歳の少年です。両親が離婚し、アラバマにある母親の実家で歳の離れた親戚たちと暮らしていました。しかし色々あり、クリスマス・イブに父親の住むニュー・オーリンズへ」
「そんなことはいい。なぜこの本を俺に?」
「主人公はサンタクロースの存在を信じていました。でもいくつかの体験を経て疑念を抱く。さらに父親から『神様もサンタクロースもいないんだよ』と告げられてしまう」
「ふん」
「すると家に帰った主人公へ、従妹のミス・スックがこう伝えるのです」

70ページを開いてもらった。こんな文章が載っている。

「もちろんサンタクロースはいるのよ。でもひとりきりじゃとても仕事が片づかないから、主は私たちみんなにちょっとずつ仕事をおわけになってらっしゃるのよ。だからみんながサンタクロースになっているの。私もそうだし、あんただってそうなのよ」

「あるクリスマス」トルーマン・カポーティ著 村上春樹訳 山本容子銅版画 文藝春秋 70P

男性がゆっくりページを戻り、細めた目で挿絵を眺める。
「カポーティがこの作品を発表したのは1982年。59歳で亡くなる2年前です。彼は1956年に『クリスマスの思い出』という同じキャラクターが出てくる短編を書きました」
「……俺と同じぐらいの歳になっても、まだサンタクロースはいると?」
「あるいは」
「アンタも俺も、忙し過ぎる爺さんやトナカイの同類ってわけか」
「おそらくサンタクロースはひとりでしょう。しかし彼の掲げた志に感銘を受け、協力する仲間が世界中にたくさんいても不思議ではない。そうは思いませんか?」 
「はは、悪くないね。そうやって現実的な方へ話を持っていけば、子どもたちがまた信じるかもしれない」
「というか、私が信じたいんです」

お買い上げいただいた「あるクリスマス」を、レジの後ろへ置かれたボックスへそっと入れる。「俺も信じたい」「あの頃にもこういうのがあればな」笑い交じりのひと言が頭から離れない。

いつの日か時空を超え、少年時代の彼の元へ「ブックサンタ」からこの絵本が届きますように。

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