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ハードボイルド書店員日記【173】

書店の1日は荷開けから始まる。

雑誌と新刊、そして補充分。雑誌は付録を付けて棚に出す(コロコロコミックやゼクシィみたいに大量に入るものは、積める分だけ開ける。残りは仕入れ室にストック)。書籍は新刊と補充分を分け、ジャンルごとに長机の上へ置く。置けなくなったら各担当が使うブックトラックへ移す。

すべての書店が同じ方式で動いているわけではない。都内の大型店だと雑誌と新刊は前日の午後に入る(雑誌とムック、雑誌扱いのコミック及び協定で発売日の決まっている本は当日まで販売不可)。専任の仕入れ担当が充実していれば荷開けをほぼ一任できる。だがいまはそのやり方をできる方が少数派だろう。

ダンボール箱と梱包の山。開店までに終わらせる。並行してレジ開けや釣銭の準備、ゴミ捨て等もおこなう。お客さんの目に留まらぬ重労働のひとつだ。

「こんなに要らないんですけど」

荷開けの最中でこの種のボヤキが出ることは珍しくない。頼んでいない本が何十冊も来たときだ。彼女は児童書担当である。「もうブックトラックに載りません」「台車へ移そうか」「すいません」加えて絵本はシュリンクを要する。そのまま出すと幼児にボロボロにされてしまう。

「先輩、この本はビジネスでしたっけ?」「そう」「たぶんひと箱全部です」同封された伝票で確かめる。「しばらく返品できないやつだ。でも積める場所が」「仕入れ室か棚下へストックします?」「どちらも満員」「ですよね」話しながらも互いの手は動き続けている。どの本がどの棚かを概ね把握しているから澱みがない。「減らそうにも返せないものが多いしな」報奨金やら何やらで返品を禁じられたリストを各担当は渡されている(もしくは自主的にプリントアウトしている)。誤って返してしまうケースも皆無ではない。するとまた入ってくる。本社から注意されることもある。「新刊台で多面展開しているやつを調整するか」「頑張ってください」

通りすがりにレジカウンター内を覗く。雑誌担当の男性が女性誌と付録の箱を見比べて首を傾げている。「何かあった?」「挟み込んでゴムで留めると本誌が歪みそうで」「こういうのは背表紙の後ろに」「そうします」雑誌はバイトが荷開けと挟み込み、社員が品出しをしている。

荷開けに戻る。終わりが見えてきた。文庫とコミックの補充分はべつの箱で入ってくるので、各々の担当がやっている。書籍扱いの新刊コミックとライトノベル、そして補充分のコミックエッセイが机の上に残っている。「持っていくよ」「お願いします」

コミック売り場の前。担当の女性が雑誌扱いの新刊をシュリンク用の機械へ流し込む。講談社など一部の商品は最初からパックされているが、それ以外は書店でおこなう。やはり立ち読み防止のためだ。この経費を削ることができれば、我々の時給も少しは上がるかもしれない。

「多いね」「多いですね。補充も」補充分に関しては開店後だ。新刊が最優先。朝10時に買いに来る人も少なくない。「あれ、あんなになくてもいいんですよね」ブックトラックへ首を振る。だいぶ前に完結した少年漫画の愛蔵版が積まれている。「外国人に時々売ってるけど」「さすがに過剰です」「本部の判断かな」「売り逃すよりはってことでしょうね」「返せない?」「できなくはないです。ただ」「わかる」不毛感と良心の呵責。同じ本を大量に返す場合は尚更だ。

「あの本に似たような内容が」講談社コミックの棚に積まれた「税金で買った本」10巻へ視線を向ける。話題の図書館お仕事漫画だ。「出たばかりの最新刊ですね。もう読んだんですか?」「愛読書だ。たしか175ページ」記憶を掘り起こす。こんなことが書かれていた。

「除籍に慎重な人がいるとさ、将来残すべき本見逃しにくくていいよね」
「貧乏性なだけだよ~」

「あっはっは」機械から吐き出された大量のコミックを台車へ積み、マスクの下を綻ばせる。「たしかにウチら貧乏性かも。図書館の除籍って書店でいう返品ですよね」「もっと責任重大だよ。古い本は一度捨てたら二度と入手できない」「RPGのレアアイテムだ」「だから最終的には正規職員の仕事らしい」「返品を社員案件にしたら1日で棚が爆発しそう」「だな。ただ慎重な姿勢は正しい。たくさん入れて残ったら返せばいいを改め、無益な作業と出費を削らないと」理想は理想。まず目の前の業務だ。

シュリンク、入荷数、そして返品。できることはある。

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