見出し画像

ハードボイルド書店員日記【165】

「だったらアマゾンで頼むからいいや」

12月も中旬である。他店舗や取次に在庫がなく、出版社から取り寄せる場合に要する時間は10日~2週間。どこの書店でも同じはずだ。そして入荷は28日がラストで年明けは4日から。書籍の便が通常に戻るのは6日だ。

「申し訳ございません」「もうちょっとスピーディーにできないの? そんなことだからネットに負けるんだよ」ストライプ入りの紺のスーツを着た中年男性。初めて見る顔だ。左の手首で謎の針がいくつも回っている。「じゃあ○○○○のカレンダーは?」「申し訳ございません。あいにく芸能人のものは」「取り寄せは?」「当店ではカレンダーのご注文は書籍扱いの品に限っておりまして」何度目かの申し訳ございませんと共に頭を下げる。

「何だよそれ」黒いマスクの下で舌を鳴らす。「どれが書籍扱いなんて俺らが知るわけないじゃん」「978から始まるISBNコードの付いている商品で、バーコードが二段になっています。NOLTYのものとか」「いちいちそんなのチェックしてられないって」サービスカウンターの椅子の背もたれが軋むほどに体重を掛け、呆れたように頭を振る。「××書店は去年やってくれたよ」あんな大手と一緒にされても。そもそもあそこはカレンダーや文具に強い某企業の親会社じゃないか。

「芸能人のカレンダーを置いている支店がいくつかございます」「どこ?」場所を告げる。「あんなところまで買いに行けっていうの? 僕の人生を浪費させないでよ」「カレンダーはサイズ的に店舗間で配送のやり取りをするのが難しいものが多いので」××書店ならそういう用意もあるのだろう。ウチみたいな零細企業には無理だ。壊れたホッチキスの補充に数日を要し、紙袋の底に敷く板はダンボールをくり抜いて自作している。販売したカレンダーや絵本にちょうど適したレジ袋が枯渇し、最大サイズの紙袋で代用するケースも珍しくない。「もう少し小さい方が」と苦笑されるたびに胸が痛む。

「おたくの店長か社長か知らないけど言っておいてよ。ジェフ・ベゾスの本でも読んでサービスとは何かを学びなさいって」横のレジカウンターはラッピングに忙殺されて人手が足りず、何度もベルが鳴らされている。行きたくても行けない。「さすがにアマゾンの関連書は置いてるよね?」「ございます」「連れてって」

「こちらはいかがでしょうか?」小学館新書の棚へ案内し、横田増生「潜入ルポ アマゾン帝国の闇」を見せる。去年入った新人に紹介した一冊だ。彼女はいまも遅番で頑張ってくれている。

「何、僕に対する当てつけ?」「とんでもございません。アマゾンは便利だし、いまや私たちの日常に欠かせぬ存在です」「もちろんそうだよね」「ただ手厚いサービスの裏側で起きていることを知る姿勢も大事ではないかと考えた次第です」記憶を頼りにページを開いた。そこにはこんな文章が記されている。

ベゾスの意見に異を唱えた社員が、ベゾスに「オレの人生を無駄使いするとはどういう了見だ?」とすごまれた、という。

横田増生「潜入ルポ アマゾン帝国の闇」118ページ

男の表情が変わった。ずっと頬の内側に留めていた苦い食べ物をようやく飲み下したように。「……わかったよ。ゴメン。さっきは言い過ぎた」「いえ。こちらこそご期待に沿えず申し訳ございません」「たださ、できればカレンダーの取り寄せはやってもらえると助かるな」「大きな声では言えないのですが」徒歩圏内と呼べなくもない某チェーン系書店の名を出した。フロアを複数持っている。「数日前に足を運んだところ、お客様がおっしゃっていた方のカレンダーの見本が展示されていました」「え、ホント?」「在庫がなくなったら見本はすぐに下げるのがルールです。繁忙期だとなかなか手が回らないのも事実ですが、あそこは従業員がウチよりも豊富ですし」「いや、最悪見本でもいいんだ。多少折れているぐらいならね。行ってみるよ」「まだ残っているといいのですが」「ありがとう。やっぱり最後は人間だね」去り際に笑顔。泣きたくなるほど爽やかだった。

同じエリアに店を構える同業他社との連携をもう少し密にしてもいい。小規模な街の本屋も含めて。すぐには難しいだろう。でもそれぐらいの改革をしないと某帝国の勢いには抗えないかもしれない。

便利なものを否定はできぬ。だからこそ便利さとは異なる売りやサービスを届けることを考えていきたい。

作家として面白い本や文章を書くことでお返し致します。大切に使わせていただきます。感謝!!!