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ハードボイルド書店員日記【193】

<バーサーカーをさがしています>

資格書のコーナー。下のストッカーから売れた分を補充し、傾いた棚を整える。相変わらずFP関連が好調だ。スーパーヘビー級の外国人男性に呼び止められる。スマートフォンの画面を見せられた。
「わたしはバーサーカーをさがしています」
何のことだ。そんなタイトルの小説は寡聞にして知らぬ。本じゃないとしたら見失った友達の名前? まさか「ドラクエ2」の関連グッズとかではないだろう。サマルトリアのベギラマで一掃した記憶が蘇る。

表示された日本語の下にオリジナルらしき英文が並んでいた。”BERSERK”という単語が目に入る。三浦建太郎「ベルセルク」(白泉社)が並ぶエリアへ案内した。飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。

その背中は大きく分厚く重く、そして大雑把すぎた。

<絶対服従>

「これ既刊だよね」
午後から出勤した文庫担当の正社員がアルバイトの男性に訊ねる。ブックトラックの片方に新刊を、反対側に補充分を載せるのがルールだ。
「新刊の箱に入っていたのでそっちへ載せました。そうしてくれと店長から指示を受けてます」
新刊と既刊は、入荷時にダンボール箱を縛っているビニール紐の色で識別できる。
「まあたしかに通常はそれでいいんだけど」
社員の女性が横を向いて顔をしかめる。ずっと売れてるし新刊じゃないことぐらいわかるでしょ、と言いたげだ。重版分が新刊の箱で入ってくるケースはウチだと珍しくない。

載せられた補充分のなかに京極夏彦「絡新婦の理」(講談社文庫)の背表紙を見つける。604ページにあるこんなセリフが頭を過ぎった。
「絶対服従と云うのは問題なのです。全責任を相手に委ねている訳で、失敗しても叱責されないのであれば、服従された側は余計にやり悪いのです」

<できることはまだある>

「○○○にある△△書店、来月で閉店するらしいよ」
常連の老紳士がレジで教えてくれた。
「それは残念です」
「商売敵じゃないの?」
「向こうの方がだいぶ広いし、地理的には近いけど客層は被っていなかった気がします。ウチでは置かない本を買えたので助かってました」
「ぼくもそうだよ。洋書や雑誌のバックナンバー。あとは地方の小さい出版社が出してる本とかね」
購入してくれた二冊にカバーをかける。今村翔吾「塞王の楯」(集英社文庫)上下巻だ。特典の「よまにゃクリップブックマーカー」は四種類から選べる。何でもいいといわれたので青と赤を渡した。

「今後はそういうのを扱ったらいいんじゃない? あそこで買っていた人の多くがここへ流れてくるはずだし」
「ですね」
「そんな簡単な話じゃないだろうけど」
「いえ、とても大事なことです。お客さんの求めるものを置くのが商売の基本だと思うので」
「塞王の楯」下巻の259ページを思い出した。そこにはこんなセリフが書かれている。

「今からでもよいではないか。人はそう思った時から歩み始める」

老紳士が嬉しそうに子犬みたいな目を細める。
「ちょっと期待しちゃうなあ」
「まず洋書のコーナーは近日中に作るはずです。外国人のお客さんがかなり増えたので」
「雑誌のバックナンバーは?」
「正直『プレジデント』や『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』などは、なぜ最新号しか置かないのか疑問でした。どれも次の号が出た後も売れる特集を組んでいるので。『文藝春秋』も二か月分の併売は街の本屋さんですらやっている。要は返品期限を忘れなければいいだけのことです」
「あなた、でも担当じゃないでしょ?」
「担当と店長に話してみます」
「そうかい。まあ気長に待つよ。無理はしないでいいけどね」
「ありがとうございます」

できることはまだある。少しずつ拾い上げて改善していこう。

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