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弦が切れたその後に@3rd.エ モ ー シ ョ ナ ル


上手く誤魔化せず、目を輝かせた羽柴に質問攻めをされて
「店で一番のお宝見つけちゃいました。誰にも言いませんから、常盤さん、付き合ってください。」
と交際を申し込まれた瞬間に眩暈がする。
無論、丁重にお断りしたけれども、ベテランの従業員に笑われて恥を掻き、地道に積み重ねてきたものが音を立てて崩れるような感覚に陥った。


話を聞く限りではファン、冗談が過ぎる。
俺は既に音楽業界から身を退いて、そればかりかベースにも触れていなかった。
ストーカーのせいで別れたユラノと同じマンションを引き払い、以降は逃れる為に転々としながら生活を送る羽目になり、人気絶頂で青春の何もかもが詰まったバンドを抜ける。見事な活躍ぶりの彼らとは次第に連絡が滞って、サポートを新メンバーとして迎えたらしい、つまり、切り捨てられた。
こちらは都会の喧騒を離れ、リサイクル(自身が再生利用?)ショップにて働くという、雲泥の差がある。


さておき、仕事を終えて帰宅すれば好きにアニメや漫画を楽しめる、恋人が居なくても、おっと、この辺りはご想像にお任せします、別に困らないのだ。一回り年下の、口が軽そうな羽柴と敢えて恋をする?今更。
どうせ俺の趣味を知ったら幻滅して遠ざかる癖に。
「今日もカッコいい、好きです。」
出勤の度に愛を告白しなければ気が済まないのだろうか。クラシカルな丈の長い服は止めてくれと再三注意したが、改善の兆しがなく打ち遣った。
彼女が夢見る元バンドマンのトキワくん、は所詮ただの男で、ベーシストにも拘らず弾けなくなって、すっかり衰える。


「ご飯、行きましょうよ!」
身嗜みは兎も角、思いの外、飲み込みが早く周囲にも馴染んだ頃、閉店間際に誘われた。
目的地は俺のアパート付近だが、空腹を感じてあちらが舞い上がると分かっていながら首を縦に振る。喜びのあまり抱き付かれるとは、流石に心が掻き乱された。
微妙な距離を保ち、月明かりに照らされて、甘く切ない、初夏の夜風が擦り抜ける。
「手、繋ぎたい。」

「タメ語かよ。俺、羽柴さんのことフッたよね?」
「優しいから勘違いして、もっと欲しくなっちゃうんですよ。モテるやつ。ライブの時も転んじゃった子を助けろ、って演奏止めてまで。私だった。最後の日、泣きそうな顔でありがとう叫んだの、忘れられません。会いたかったです。」

今宵はどうも視界が滲み、面接同様、羽柴の言葉は何故これ程までに魂を揺さぶるのか、称賛には慣れて、ファンから〈贈られた〉メッセージ或いは手紙とどこが異なるのやら、黙ったまま、考えを巡らせた。


「シバ、店内清掃よろしく。」
「はーい。一緒に帰れますか?」
「秒で着くでしょ。まあ、気を付けてね。」
進んでシフトに入る彼女と打ち解けて、お似合いと囁かれる。しかし相も変わらず恋愛対象外、妹のような存在であった。挨拶代わりに好きだと告げられる日常茶飯事が、ほんの少し余生に彩りを添える。
ステージではなくとも居心地が良かった。
自分にプレイヤーは向いていないと悟るも諦めが悪く、仲間を信じて追い掛け、知名度が上がるにつれて3人は調子に乗り、遊び呆ける。
結局、本気で取り組んだ者が報われる、など御伽話に過ぎぬ。


穏やかな日々に再び危機が訪れた。
羽柴は実家暮らしをしており、不意に嫌がらせのチラシや怪文書が投函され、ゴミを漁られる。
あのストーカーの仕業とは明らかで併せて尾行を受けた俺が、現在は地方に住み、勤めているとついに突き止めたこと、その上、学生バイトで近寄る女への警告、血の気が引いた。
肝を据えて脱退に至った〈表向きの理由〉でない真実を話し、彼女の身を案じる。
「退職します。常盤さんがそんな苦しんでたのに何も出来なかった。気持ち押し付けてごめんなさい。正直に言うと、私も信者なんで、迷惑ですよね。」
流れる涙が世にも美しくて、思わず手を伸ばしかけ、拭ってはならない、拳を握った。


穴が開いた分をこちらが埋めて残業続き、多忙を極める。くたびれた道すがら、初めて羽柴と食事した場所の眩しさに目を細めた。
浮かれるあいつが面白くて、腹の底から笑ったのは久しぶりだった。独特のファッションセンス、濃い化粧、早口で喋り、積極的な、親しみやすい、考えているうちに自宅はすぐそこ、だがしかし、誰かが部屋の前で待ち構える。
足音を聞き付け、振り返って勢いよく階段を下り、立ち竦む。
化け物の類いより生きた人間の方が恐ろしかった。


「トキワくんこんばんは。ネオンだよ。毎回コメントして、あと長文のDM送って、閉じられるまで。散々貢いだ。事務所宛ての、受け取ってくれた?ツアー全通、絶っ対に最前で、出待ち常連、昔のグッズも集めて、当たり前だけど覚えてるよね?大好き、ホンッッットに愛してる。でも酷い、付き纏うなとか怒られたから大人しく見守ってたの。てか私と結ばれなきゃだし、元カノと遊び相手みーんな消しちゃった。もう、図々しい〈にわか〉とは仲良くしないでってば。黒髪ロングの清楚な子がタイプなんだよね、染めてみたよ。かわいい?」


畳み掛ける女に迫られて背筋が凍り、パニックを起こす。申し訳ないが、こいつのストーキングは兎も有れ、熱烈な支持どころか恋愛感情を持つ者は掃いて捨てる程いた、故に忘れる。
どうにかピンチを乗り切らなければ最悪の場合、殺されてしまう。
据え膳食わぬは男の恥?ふざけるな。


「あっ!あそこ!」
突然、耳に入る甲高い声、舌打ちして走り去る〈ネオン〉、現れた男性の影に隠れる羽柴と、他…スローモーションのように映り…腰が砕けて意識を失った。
ここはどこだろう。俺達のメジャーデビュー曲で、ラストに歌われたあれを、口ずさむ。
アラームにしては、
「下手くそ。」
わざとらしく驚いた彼女の表情によって、不安が吹き飛んだ。

「大学通うのに駅、遠いですよね。バスもなくて、今は母が車で送り迎えしてくれるんです。田舎だからこそ、通り掛かりに見たことない人が彷徨いてる、しかも私、睨まれました。ずっと座り込んでて、父の帰る時間にもまだ。なんか異様、もしやストーカー?ちゃんとパトロールしろよって、出て行っちゃったのを、」
いつもの如く饒舌な羽柴に指を絡ませる。
「え、常盤さん、寝ぼけてます?」
「うるせー。うん。」

また弾いてみようかな。
次は、お前だけのベースヒーローになりたい。


★僕の原点「キリングミーソフトリー」を思わせる全3話ですが各副題は音楽の、ではありません。