- 運営しているクリエイター
記事一覧
シャツワンピースを着て試着室で泣いた話
大学生の夏、バイトを終えた足で深夜バスの停留所へ向かった。
前輪と後輪のあいだにぽっかりと口を開けたトランクルームがある。荷物を預ける乗客が長い列を作っていた。
運転手が流れ作業のように長方形のトランクケースを次々に投げ入れているのを横目に、乗車口へ向かう。肩からかけたトートバッグはバスの中に持ち込むと決めていた。
乗車口へ行くと、特有の匂いが充満していた。久しぶりだな、と思いながら数段の
残したい景色はいつも目の前にあって、嵐のように去る話
無謀にも、「覚えておきたい」と思う。
人は忘れる生き物なのに。
◇
外に出ると、3歳の娘と私は手を繋ぐ。
玄関を出て、娘は左手を差し出す。目は行く先のみを見ている。
娘の頭の横で宙に浮いている小さな手は、握り返されるのを静かに待っている。その手をぎゅっと掴むと、弾かれたように駆け出す。
待って、早いよ。そう言って、娘の揺れる髪の毛と、きゅっと上がった頬を斜め後ろから見る。喜びが、小さな身体か