レポート:「超!出版記念イベント」 新時代のチームビルディング-チームレジリエンスを高める問いかけの作法
本記事は関西大学事業推進グループが主催した、『チームレジリエンス―困難と不確実性に強いチームのつくり方』(日本能率協会マネジメントセンター)と『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の超!出版記念イベントのレポートです。
安斎勇樹さん(株式会社MIMIGURI代表取締役 Co-CEO)と池田めぐみさん(筑波大学ビジネスサイエンス系 助教)が登壇され、松田佳織さん(関西大学事業推進グループ)がモデレーターを務められた今回の企画には130名近くの方が申し込みをされ、当日の会場も熱気に包まれていました。
今回の超!出版記念イベントから遡ること約半年ほど。
同じく関西大学事業推進グループが主催し、安斎勇樹さん、塩瀬隆之さん(京都大学総合博物館 准教授)が登壇された『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション』出版3年ちょっと記念企画が同じ会場(関西大学梅田キャンパス: KANDAI Me RISE)で開催されており、筆者としては前回からの流れを感じるイベントとなりました。
今回の記録では、お二人が語られた中から特に印象に残ったポイントや、お話を伺う中で思い浮かんだこれまでの私自身の学びなどを交えてまとめていければと考えています。
本企画に際しての前提共有
『問いかけの作法』とは?
『問いかけの作法―チームの魅力と才能を引き出す技術』は、2021年12月にディスカヴァー・トゥエンティワンから出版された安斎勇樹さんの単著です。
塩瀬隆之さんと共著で執筆され、2020年6月に学芸出版社から出版された『問いのデザイン: 創造的対話のファシリテーション』は日本の人事部「HRアワード2021」書籍部門にて最優秀賞を受賞されていますが、『問いかけの作法』は安斎さんの次作に当たります。
『問いかけの作法』執筆中の2021年夏には、CULTIBASE主催で本書の内容について安斎さんが語られるオンラインイベントが開催されており、その様子の一部がYouTube上で公開されています。
また、『問いかけの作法』出版後の2022年1月には、安斎さんとミナベトモミさん(株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO)がCULTIBASE Radio マネジメントと題した企画の中で対話されており、その動画も公開されています。よろしければ合わせてご覧ください。
『チームレジリエンス』とは?
『チームレジリエンス―困難と不確実性に強いチームのつくり方』は、今回の企画のゲストである池田めぐみさんと安斎勇樹さんが共著で執筆され、2024年5月に日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)から出版された書籍です。
本書における「レジリエンス」「チームレジリエンス」は、それぞれ以下のように書籍内で定義されています。
株式会社MIMIGURIリサーチャーでもある池田めぐみさんは、2021年頃から同社の運営する学習プラットフォームCULTIBASEなどでレジリエンスに関する記事の連載やイベントでの登壇をされていました。
また、出版前からもCULTIBASE主催でイベントが開催されており、その様子は以下の動画からご覧いただけます。
さらに、出版に先駆けて公開された安斎さんによる『チームレジリエンス』序文、また、本書三刷を機に公開された池田さんによる「おわりに」についても、以下の記事からご覧いただけます。
超!出版記念イベント当日の学びから
著者のお二人について
今回のゲストである安斎勇樹さんと池田めぐみさんのお二人は、同じ大学院の先輩後輩に当たる関係であり、安斎さんは今回の場が設けられていることに「感慨深い」とお話しされていました。
大学院では『創発的コラボレーションを促すワークショップデザイン』というテーマで博士論文の執筆に取り組まれていた安斎さんですが、大学4年生の池田さんが院の受験相談にやってきた頃からご縁ができ、以降も池田さんが研究活動などで試行錯誤されている様子を見てきた、とのことです。
それでも、池田さんは『大学での正課外活動とキャリアレジリエンスの獲得実感の関係』というテーマで博士論文を執筆され、『チームレジリエンス』の共著者としてこの場にいることがとても感慨深い、とお話しされていました。
安斎さんご自身は、博士号取得から2年ほど経った2017年3月に株式会社ミミクリデザインを創業、2021年3月に株式会社ドングリとの合併を経て誕生した株式会社MIMIGURIのCo-CEOにミナベトモミさんと共に就任され、事業と研究活動に取り組まれています。
池田さんは、自身のレジリエンスにまつわる研究活動及び執筆に関して、『会社で悩んでいる20〜30代くらいの友人に寄り添える本を作りたい』『実務家の支えになる研究をしたい』とお話しされていたのが印象的でした。
2013年頃から個人のレジリエンスに関しての研究をスタートさせ、職場の若手世代のキャリアレジリエンス、そして、2021年頃からはチームレジリエンスへと研究テーマがシフトしてきたとのことです。
「レジリエンス(resilience)」という用語は「回復力」「復元力」「弾性」などと訳され、生態学、物理学、経済学、社会学、心理学など様々な領域で扱われる概念です。
2013年出版の書籍『レジリエンス 復活力―あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か』(ダイヤモンド社)では、「レジリエンス」について以下のような表現がされています。
上記のようにさまざまな分野で取り上げられる中でも、「チームレジリエンス」は2020年以降に発展してきた研究領域です。そのため、参照できる文献も少なく、定義にばらつきがあり、今回の書籍にまとめ上げるにも時間を要した、とのことでした。
新刊『チームレジリエンス』に池田さんが込めた想いについてさらに詳しくは、以下の記事からもご覧いただけます。
以上のような背景をもとに、ゲストのお二人から『問いかけの作法』と『チームレジリエンス』を掛け合わせた『新時代のチームビルディング』についてお話を伺いました。
軍事的世界観から冒険的世界観へ
これまでに触れてきた『問いのデザイン』『問いかけの作法』、そして『チームレジリエンス』に共通している考え方として、安斎さんは『軍事的世界観』から『冒険的世界観』への移行についてお話されていました。
現在の私たちの組織、社会の制度づくりは『軍事的世界観』に大きく依拠したものであり、それは戦略、戦術といった言葉に現れたり、かつては軍隊の兵士の育成に用いられ、現在は子どもたちに対して提供されている画一的な教育といったものに現れます。
世界観や思想、価値観の変化が私たちに影響を及ぼす、というのはこれまでにもさまざまな形で提唱されています。
安斎さんからは、兵力を率いていかに敵国に勝利するか?を突き詰めてきた『軍事的世界観』から不確実な世界で価値を探究する『冒険的世界観』へのパラダイムシフトが現在起こりつつあり、これまで通りのやり方が既存のパラダイムのもとの制度ではうまくいかなくなりつつある、ということもお伝えいただきました。
世界観のシフトの一例:世界的な内面の変容と働き方の流動化
人々の働き方・キャリア観も変化しつつあり、それは会社中心のキャリア観と人生中心のキャリア観という対比でご紹介いただきました。
コロナ禍以前にも人生100年時代という表現や、リスキリングといったトレンドはありましたが、コロナ禍はさらに人々のキャリア観に大きな影響を与えました。
安斎さんは、コロナ禍に見舞われた時期は歴史上、類を見ないほど人が会社を辞めた大退職時代(The Great Resignation)であったことに言及しつつ、社会の大きな変化により人々に働き方、生き方に関する深い問い直しが起こったのではないか?とお話されていました。
その際、コロナ禍に見舞われたことで発展、拡充されたオンラインコミュニケーションのツールや、それらを用いた働き方、ライフスタイルなども、一部の人々の離職の後押しになったようです。
思えば、今年4月〜5月にかけて退職代行サービスを活用する新入社員がニュースで連日取り上げられるなどしました。
早期離職や退職代行サービスの活用を肯定的に捉えるべきかという問題はありますが、ある種の自分の人生を中心としたキャリア観の現れであり、組織からすると「チームレジリエンス」が必要とされる困難の1つと考えることもできるかもしれません。
冒険的世界観へのシフトを妨げる現代の2つの病
ところで、そのような世界的な大きな価値観のシフトの潮流があるにもかかわらず、世界観のシフトを妨げる2つの病があると安斎さんは続けられました。
それは、「認識の固定化」と「関係性の固定化」という2つの病であり、この病については問いのデザインの出版時から語られているものです。
2つの病について、安斎さんは『問いのデザイン』の書籍内や上記CULTIBASEの掲載記事でも紹介されている事例である、ある自動車メーカーの「カーナビ」を開発する部署のプロジェクトをファシリテートした際の事例を紹介してくださいました。
その部署ではトップの指令によって「人工知能(AI)を活用した未来のカーナビ」のアイデアを考える企画会議を繰り返した後、安斎さんに相談が来たというのです。
安斎さんご自身は運転免許を持っておらず、車に搭載されるカーアクセサリーに関しても詳しくなかったため、その必要性や利便性についてもイマイチしっくりこなかった様子。また、当時は様々なワークショップを毎日のように依頼を受けて実施する日々であり、カーナビをテーマにしたワークショップに消極的な姿勢となっていた、とのこと。
『そもそも、なぜカーナビを作りたいのですか?』と率直に問い直した時、『自分たちは、別にカーナビを作りたいわけじゃない。生活者に”豊かな移動の時間”を提供したいのだ!』と返って来たというのです。
その瞬間、安斎さんもチームも「これだ!」と発想の転換が起こったと言います。
このような状態に陥ってしまう要因として考えられるのが、現代に共通する2つの病。「認識の固定化」と「関係性の固定化」です。
関係性の固定化は、組織内の上司と部下、営業と技術者などの関係性の中で、相手に対する一方的な思い込みによって分断が起こり、共通したコミュニケーションのパターンに陥っている状態です。
認識の固定化について、さらに一歩踏み込んで安斎さんはロナルド・ハイフェッツ(Ronald A. Heifetz)が提唱した、技術的課題(Technical Problems)と適応課題(Adaptive Challenges)について言及されました。
物事にはやり方・解き方がわかっていれば解決できる技術的課題(Technical Problems)と、互いの認識や認知、関係性が変化しなければ解くことができない適応課題(Adaptive Challenges)があり、そもそも私たちが解決しようとしている課題に対して、その解決に即した適切なアプローチを取れていない場合もある、というのです。
冒険的世界観のチームづくりと「問いかけの作法」
では、上記のような「認識の固定化」と「関係性の固定化」を超え、冒険的世界観のチームビルディングを行うためにはどうすれば良いのでしょうか?
安斎さんは『問いかけの作法』の図を引きつつ、認識と関係性を揺さぶり、絶えず変化し続けることとお話しされていました。
また、上司と技術者という立場の違いがあったとして、それぞれの仕事にはそれぞれの専門性やそれを担うプライドがあり、それらに加え、一人ひとりの価値観や個性などから形作られる「こだわり」があります。
この「こだわり」は、上述の図のフカボリモードで問いかけていくことで発見していくことができます。
しかし、その「こだわり」も行き過ぎると「とらわれ」となってしまいます。
このように、一人ひとりの中にある「こだわり」と「とらわれ」は表裏一体であるとし、「こだわり」を育て「とらわれ」を疑うこの循環が、「冒険的なチームの基本学習サイクル」であると安斎さんは続けられていました。
新時代のチームビルディングの手がかり
以上を踏まえ、ここからどう具体的に新時代のチームビルディングを行うかについて、4つの観点をご紹介いただきました。
それは、以下のようなものです。
当日はあいにく4つすべてを詳細に扱う時間がなかったため、特に印象に残った問題解決のアップデートについて以下、簡単に取り上げたいと思います。
『問いかけの作法』的な視点からは、そもそも一般的な組織には「問題風のキーワード」が存在するものの、それらは問題の体をなしていないとお話がありました。
「人口減少」「超競争社会」「気候変動」……などなど、現代社会を見回しても、さまざまなキーワードが存在します。
しかし、「問題」をその語の成り立ちから紐解いてみると、「答えを考えるための問い」であり、キーワードではなく疑問文の形になっていなければ、答えを探すことはできません。
また、問題とされる事実について、チームや組織の各人の捉え方、意味づけが異なる場合もあります。
この場合、現状に対してどのような意味づけを行うかによってチームが真に向き合うべき問題が異なってくるということ、認識を確認しあうための対話を日々行うことの大切さなどについてもお話しいただきました。
『チームレジリエンス』的な視点からは、緩和課題と根治課題の2つの課題設定について、また、レジリエンスの型についてご紹介いただきました。
緩和課題とは素早く短期間に取り組み、一次対応で大きなリスクに繋がらないようケアするべき課題、根治課題とは腰を据えて長期的に取り組み、根本的に困難を解決するべき課題を指し、それぞれの課題ごとに設定の仕方及び対処の仕方が異なります。
また、『チームレジリエンス』123ページにあるように、レジリエンスの基本戦略・型には4種類存在することについてご紹介いただきました。
そして、課題に適した戦略の型を知ること、私たち一人ひとりや、私たちのチーム・組織はどの型が得意/苦手であるかを知ることも重要であるとお話しいただきました。
終わりに
以上、当日お二人が語られた内容をもとに、『問いかけの作法』と『チームレジリエンス』の超!出版記念企画についてまとめてきました。
今回の企画では特に「レジリエンス」という概念にフォーカスしつつ、学びを深めることができたように思います。当日の登壇者のお二人のお話にも、なぜ「レジリエンスが現代に求められつつあるのか?」の前提に関するお話が多々見受けられました。
人や組織の変容を浮き沈みもある動的なプロセスとして捉える概念には、ウィリアム・ブリッジス氏(William Bridges)が提唱した『トランジション(Transition)』というものもありますが、それとの親和性や違いも味わうことができました。
また、「レジリエンス」はその性質から、人・チーム・組織のある一部だけではなく全体を見る視座への転換や、社会/環境との有機的なフィードバックが行われるシステム/構造で捉える視座への転換をも齎す概念であるため、システム思考(System Thinking)などとの関連についても想像を膨らませることができました。
ここからまた、新たな探求や学びを始めていけそうな予感がします。
今回のこのまとめが、皆さんの探究に少しでも貢献できれば幸いです。