レポート:ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿
本記事は、NPO法人場とつながりラボhome’s vi/ティール組織ラボが企画・運営を行なった『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』についてレポートしたものです。
『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』は、北海道美瑛町を舞台に全国各地から集った参加者が……
『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』とはどういったものか?
探求していった先に、個人、人々の関係性、コミュニティ、組織、社会はどのような変容を遂げるのか?
といった問いについてさまざまな角度からアプローチし、互いに学び合い、ヒントを掴み取ることで、私たち一人ひとりを取り巻く複雑に絡み合い、相互に影響し合うシステムへの洞察を深め、個々人の変容から社会へ変容を広げていくことを試みる探求と実験の場です。
この探求と実験の場には、以下の概念図で表されるような要素が『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』を紐解くためのテーマ、コンテンツとして場に紹介されました。
そして、上記の要素を扱うためにゲストとして以下の5名、さらに通訳の2名が参集しました。
心理学修士号を持つコーチにして現在、邦訳出版準備中の書籍『Conscious You:Become the Hero of Your Own Story』の著者であり、マネーワークおよびソース原理を提唱者ピーター・カーニック氏に学んだナーディア(Nadja)ことナジェシュダ・タランチェフスキ氏(Nadjeschda Taranczewski)。
京都のまちづくりや組織開発のファシリテーターを経て、『ティール組織』や『ソース原理』をはじめとする進化型組織の研究実践・普及啓発に取り組む嘉村賢州さん。
宇宙物理学修士号を持つボディーワーカーにして、身体性の観点で社会や人を読み解き、支援するための学問である臨床身体学を立ち上げ、探求を進めている小笠原和葉さん。
経営者、経営コンサルタント、コーチ、ヨーガ療法士、YouTuberなどのさまざまな顔を持ち、ホラクラシーをはじめとする一人ひとりが自律して才能に輝く組織作りや日本型の進化型組織の探求をしている杉本匡章さん。
NPO法人場とつながりラボhome's viが企画運営していた「京都市未来まちづくり100人委員会」の参加をきっかけに自らも対話の場づくりを始め、NVCなどのコミュニケーション手法を用いながらプロジェクト支援を行う篠原幸子さん。
シュタイナー教育の教員養成過程でバイオグラフィーワークに出会い、現在はバイオグラフィーワーカー、通訳、書籍の翻訳者として活動する傍ら、ソース原理、マネーワークの知見を深めている内村真澄さん。
全世界100以上の国際的ネットワークを持つコワーキングスペースImpact Hub Kyotoの立ち上げ期の運営をhome's viと共にした後、現在は愛媛県にて四季折々の自然の美しさや豊かさを味わえる民宿おめぐり庵の運営を行うグロス昌美さん(DADA)。
以上の7名です。
また、美瑛町滞在中は京都からの移住者であり、現在は美瑛町役場まちづくり推進課とhome's viでの活動に並行して取り組む熊倉聖子さんにおすすめのスポットを案内いただく等のアクティビティも準備いただきました。
本プログラム中では、上記の概念図では???とされていた要素として、自然や生態系、食、家族、歴史、国民性・民族性、霊性・スピリチュアリティといったテーマも参加者一人ひとりの振る舞いや言動に現れ、さまざまな場面で扱われていたように思います。
3日間に及ぶ本プログラムは進行と共に少しずつ、ゲストによる講義形式から分科会への自主参加へというように参加者一人ひとりの選択と行動に委ねられていき、最後は自らテーマと分科会を設定して対話を呼びかけて移動するOST(Open Space Technology:オープンスペーステクノロジー)の時間が設けられました。
以上が3日間のダイジェストですが、ここまではまだまだ大きなアウトラインをなぞったに過ぎません。
以下、本プログラム『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』の全容について、可能な限りその場の臨場感が感じられるよう紹介していきたいと思います。
本プログラム開催の背景について
『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』の企画・開催に大きく影響しているのは、ピーター・カーニック氏(Peter Koenig)が提唱したソース原理(Source Principle)にまつわる国内外のムーブメントです。
ナジェシュダ・タランチェフスキ氏(Nadjeschda Taranczewski)、小笠原和葉さん、杉本匡章さん、また、通訳の内村真澄さんはソース原理(Source Principle)にまつわるムーブメントをきっかけに、主催団体であるNPO法人場とつながりラボhome’s vi/ティール組織ラボとの関わりが深くなった皆さんです。
一方で、『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』探求の源流を辿るとなるとhome's viおよび嘉村賢州さんの旅路を振り返ることが役立つかもしれません。
以下、ソース原理(Source Principle)のムーブメントに繋がるhome's viと嘉村賢州さんの旅路について見ていきます。
場とつながりラボhome's viとは?
特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viは『未来のあたりまえを今ここに』をパーパスとして掲げ、社会の一人ひとりが幸せになれる組織づくり・仕組みづくり・コミュニティづくりに挑戦する、場づくりの専門集団です。
2008年に設立されたhome's viはこれまで、国内外のさまざまなファシリテーション技法やコミュニケーション技法の調査研究と2014年以降の継続的な連続講座シリーズの実施、そして、これらの手法を用いたまちづくり活動、大学での講義、企業研修、組織変革といった活動に取り組んできました。
home's viの代表理事を務める嘉村賢州さんは、集団から大規模組織に至るまで、まちづくりや教育などの非営利分野から営利組織における組織開発やイノベーション支援に至るまで、規模の大小や分野を問わず、年に100回以上のワークショップを実施するファシリテーターとしての活動を積み重ねてきた、国内のファシリテーション実践の先駆者でもあります。
また、home's viのメンバー一人ひとりも独自の専門性を探求する経験豊かなファシリテーターであり、多くのメンバーが以下のような書籍に事例やファシリテーション手法に関する寄稿を行い、一人ひとりが本当にその人らしい個性を発揮し、活かしあいながら化学反応を起こしていくためのアイデアを紹介されています。
以上のように、年に100回以上の対話の場づくりを行ってきた賢州さんですが、ある時から「折角いい対話が生まれても次に繋がらない」「働いている人の本当に多様な個性を生かせていない」と、感じるようになったと言います。
そして賢州さんは、以下のような問いに突き当たりました。
このような中で賢州さんが出会ったコンセプトが「組織の問い直し」であり、フレデリック・ラルー氏の著した『Reinventing Organizations(組織の再発明)』でした。
2016年、賢州さんは吉原史郎さんと共にギリシャのロードス島で開催された『NEXT-STAGE WORLD: AN INTERNATIONAL GATHERING OF ORGANIZATION RE-INVENTORS』に参加し、同年10月に東京・京都で報告会を実施。
世界中の『Reinventing Organizations(組織の再発明)』に触発された実践者たちの集う国際カンファレンスの報告会は、その後の国内における『Teal組織』の探求・実践を活発化させる契機となりました。
その後、home' viは2017年夏頃よりホラクラシー(Holacracy)という組織運営法を取り入れ、自らの組織をティール的に運営するチャレンジが始まりました。
2018年に邦訳出版された『ティール組織』(英治出版)は10万部を超えるベストセラーとなり、日本の人事部「HRアワード2018」では経営者賞を受賞、2019年にはフレデリック・ラルー氏の来日イベントも開催されました。
また、ラルー氏が来日時に組織における役割の一つ・ソース(Source)について言及されたことをきっかけに、国内のソース原理の探求も盛んになりました。
賢州さんは山田裕嗣さん、青野英明さんと共に『すべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』の翻訳に携わることとなり、home's viは2022年8月に京都で開催されたトム・ニクソン氏の招聘イベントを主催しました。
『すべては1人から始まる』出版後、2023年6月〜7月にかけて賢州さんは、ギリシャにてアレクサンダー・インチボルト氏(Alexander Inchbald)、スイスにてステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)というソース原理の実践者に出会います。
この時、賢州さんはスイスに向かう前にナーディア(Nadja)こと、ナジェシュダ・タランチェフスキ氏(Nadjeschda Taranczewski)と交流を深めていた青野英明さん、RELATIONS株式会社の皆さんから彼女の話を聴き、その後のナーディア国内招聘企画につながっていきました。
2024年3月の北海道美瑛町でのセミナー実施に加え、4月にhome's viメンバー含む京都プログラムホスティングチームとナーディアが親交を深めたことも後押しとなり、今回の美瑛町でのプログラム開催に繋がりました。
ソース原理のムーブメントと、広がる協働の生態系
『ソース原理(Source Principle)』とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威と影響力、創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。
ソース原理(Source Principle)は、お金に対する一人ひとりの価値観・投影(projection)ついて診断・介入できるシステムであるマネーワーク(moneywork)の発明を機に生まれました。
そして、ソース原理におけるソース(Source)とはあるアイデアを実現するために、最初の個人がリスクを取り、初めの無防備な一歩を踏み出したときに自然に生まれる役割を指します。
そして、朝食を作ることや休日の予定を立てること、恋人に結婚を申し込むことから大きなビジョンを抱いて起業することに至るまで、人生のさまざまな場面で人はソースになり得ます。
振り返ってみれば、私たちはこれまでの人生で既に、何らかの活動のソースになったことがあるとがわかるでしょう。
日本におけるソース(Source)の概念の広がりは、先述のように2019年のフレデリック・ラルー氏の来日時に広く紹介されたことが契機となっています。
ラルー氏もまたピーター・カーニック氏と出会い、彼からソース原理(Source Principle)を学んでいたのです。
ラルー氏は2016年出版のイラスト解説版『Reinventing Organizations』の注釈部分で記載している他、『新しい組織におけるリーダーの役割』と題した動画内でソース原理(Source Principle)について言及したということもあり、国内で注目が集まりつつありました。
2022年10月に出版された『すべては1人から始まる』(英治出版)の出版前には著者トム・ニクソン氏(Tom Nixon)の来日企画が実現、出版後はソース原理提唱者ピーター・カーニック氏の来日企画の実施、日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門にて入賞を果たすなど、ソース原理はその注目を高めつつあります。
なお、ピーターには『すべては一人から始まる』著者のトム・ニクソン氏や、『A little red book about Source』著者のステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)など、世界各地にソース原理、マネーワークを学び、独自に発展させているお弟子さんに当たる人々がいますが、ナーディアもまたその一人です。
賢州さんは昨年2023年の6月にギリシャ、7月にスイスを訪れ、ギリシャでは杉本匡章さんらと共にアレクサンダー・インチボルト氏(Alexander Inchbald)と、スイスでは青野英明さんらと共にステファン・メルケルバッハ氏と交流するなど、海外の実践者たちが来日する道筋を模索してきました。
そして、2023年の年末から2024年の初めにかけて『A little red book about source』著者であるステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)の来日企画が実施されました。
その後、2024年10月にはステファンの著書『「A little red book about source』の邦訳書籍である『ソース原理[入門+探求ガイド]―「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』(英治出版)が出版されています。
今回のゲストの1人であるナーディアとの連携・協働も、並行して始まります。
今年2024年3月〜4月にかけて来日したナーディアは、北海道美瑛町、東京、京都などで講演会およびワークショップを開催。
後日、日本人ホスティングメンバーによる振り返り企画が実施されました。(振り返り報告会当日の動画は以下からご覧いただけます)
その後、2024年夏にはhome's vi/ティール組織ラボ主導でナーディアの書籍内のコンテンツを抜粋し、オンラインで学ぶ全4回の特別プログラムが実施されました。
上記のような海外の実践者たちとの連携・協働も進む中で、国内の実践者とのネットワークも少しずつ形作られてきました。
杉本匡章さんはHolacracyOne認定のファシリテーターとしても活動されている傍ら、賢州さん、吉原史郎さんもゲスト講師として参加したギリシャのイオス島&サントリーニ島でのプログラムJ-Creationをきっかけに旅路が交わり始めます。
宇敷珠美さんが主導してオーガナイズされたこのプログラムには、ソース原理(Source Principle)およびマネーワーク提唱者ピーター・カーニック氏と、彼と協働関係にあるアレクサンダー・インチボルト氏(Alexander Inchbald)が講師として名を連ねていました。
帰国後の2023年10月に匡章さんは、賢州さん、史郎さんと共に以下のような報告会を実施されています。
また、エクストリームアーティストであり、自らをレインメーカーだと語るアレクサンダーと共鳴した匡章さんはこれ以降、アレクサンダーの提唱する人生の最高傑作を世の中に送り出すための変容と実践のイニシアチブ #Masterpieceについて積極的に国内へ紹介されるようになりました。
そして匡章さんは、昨年11月から今年3月まで約半年に及ぶJ.Masterpieceというイニシアチブを旅のガイドとして提供されていたことに加え、9月のアレクサンダー来日中には協働してパートナーシップワークショップを実施されていました。
小笠原和葉さんは天外伺朗さんが主催する天外塾で青野さんとご一緒されていた経緯もあり、2022年時点で緩やかにソース原理とのつながりが生まれつつありました。
そして、2024年3月にはナーディアの著書『Conscious You: Become The Hero of Your Own Story』の翻訳プロジェクトメンバーとして、賢州さん、青野さんと以下のような企画も実施されていました。
さらに同年9月、北海道美瑛町でのプログラムの前には神奈川県湯河原にて同じくナーディア、和葉さん、賢州さん、青野さんは書籍邦訳出版に向けた記念講演会を実施されています。
また、和葉さんと匡章さんはYouTubeチャンネル『経済バック・トゥ・ザ・フューチャー』にて今年9月にコラボされていて、こちらもとても興味深い内容となっていました。
このようないくつもの文脈が交わることで、今回の『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ』が生まれるに至ります。
ホールシステム・リーダーシップとは?
ある日の3人の対話から生まれた概念
『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』とは、イベントページにおいては以下のように紹介されている概念です。
そして、この概念は賢州さん、和葉さんが匡章さんのオフィスで対話している際に降りてきたものだと言います。
三者三様にそれぞれの仕事について話していると、クライアントの多くが恐れや緊張に由来するストレスを抱えていたり、合理的な意思決定が為されたはずのプロジェクトが失敗に終わることがあったり、身体感覚や身体性が置き去りにされていたり……という、ある部分にのみ特化した環境への適応や、全体性(Wholeness)を排除したあり方が社会全体に及んでいるのではないか?という共通するテーマが浮かび上がってきました。
また、三者三様にそれぞれの専門性についても話す中で、ボディワークやヨーガ療法、ファシリテーション、新しい組織のつくりかたなどの領域の違いはあれど、いずれもあるレベルにおいて対象を健康的な状態へ導こうとしたり、多様な領域の知見・視点を取り入れることでより包括的にシステムの健全性を志向しているという点で共通していました。
そういった中で賢州さんの中に生まれた問いの1つが、以下のようなものです。
そして、上記のようなテーマを包摂する概念として降りてきたのが、『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』だと言います。
この『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』の概念が誕生したまさにその頃、賢州さんのもとにナーディアの再来日の報が届きました。
ナジェシュダ・タランチェフスキ氏(Nadjeschda Taranczewski)
ナーディア(Nadja)ことナジェシュダ・タランチェフスキ氏(Nadjeschda Taranczewski)は、心理学修士号、国際コーチ連盟(ICF)のマスター認定コーチ資格を持つ、『Conscious You: Become The Hero of Your Own Story』の著者です。
ソース原理に関連しては、ナーディアは2014年にピーター・カーニック氏の提唱した概念を初めて論文(Whose Idea Was it Anyway? The Role of Source in Organizations)として紹介した人物であり、ソース原理の基となったマネーワーク(取り戻しワーク:Reclaiming Work)の卓越した実践者でもあります。
そして現在、ナーディアは自身の組織であるConsciousUにて、パートナーであるオルガ・タランチェフスキ氏(Olga Taranczewski)らと共に世界中のCEO、創業者、企業に対し、コーチやファシリテーターとして意識の変容をサポートしています。
ドイツ系とロシア系のルーツを持ちながら第二次世界大戦後のドイツ・ベルリンで育ってきたナーディアは、世代を超えて受け継がれる痛みや傷、それがもたらす個人、家族、人間関係、コミュニティ、社会、地球における影響や悪循環に向き合い続けてきました。
そして、世代を超えて受け継がれる痛みや傷、不健全なシステムの連鎖を止める鍵は、人々がそれらに影響されて無意識に振る舞う状態から意識的・自覚的になること(conscious)だと考えました。
この気づき以降、ナーディアは組織やコミュニティがConscious Tribe(意識的な部族)へと変容していけるよう、さまざまなプログラムやトレーニングコースを開発・提供されています。
そして、『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』について話を聞いたときに、自身もそのようなテーマについて昔から関心があり、最近になって新たなフレームワークである『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』を構築していると話が盛り上がったということです。
ホールシステム・リーダーシップ×コンシャス・ホイール
このような経緯から、今回の『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』は、大きな2つのストーリーが交わることで生まれました。
そして、新しく生まれたばかりの概念である『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』と、ナーディアのこれまでの知見を新たなフレームワークとして体系化した『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』を融合させながら、参加者の皆さんと共に探求するというチャレンジングな場の仕立てとなりました。(なお、コンシャス・ホイールを対面講座で紹介するのは本邦初とのことでした)
そして、美瑛町在住の聖子さんのご協力のもと、美瑛町地域人材育成研修交流センターが会場に決まり、全国各地から参加者が集い、『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ』の開催に至りました。
この場所は旭神社にほど近く、プログラム中に外に出る時間がある場合は多くの方がそちらをめざして、この地に鎮座する御祭神に挨拶に出向いたり、簡単な山歩きも楽しまれていました。
ここから、プログラム本編の内容についてまとめていければと思います。
3日間のプロセスの全体像
これから見ていくことになる『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』の全体像は、以下のようなものです。
黄色い付箋には、初日、2日目、3日目のテーマが書かれています。
なお、実際に行われたワークなどについては薄い黄色の付箋などにも書かれていますが、ほぼキーワードのみ。2日目、最終日に至ってはほぼ時間の目安しか決まっていません。
ゲストチーム側としてもどのような展開となるか想像がつかず、場のエネルギーや展開を見ながらその都度、柔軟に生成的に構成を変えていったことが伺えます。
では、実際はどのようなプロセスが展開していたのか、ここからいよいよ本編のまとめへと進んでいきたいと思います。
Day1:ホールシステム・リーダーシップの幕開け〜深くつながる。自分と仲間とシステムと〜
3日間のプログラムの初日は、午後3時からのスタート。
これから3日間かけてホールシステム・リーダーシップを探求していく上で、重要となるポイントを押さえると共に、日常生活の中で閉じてしまっていたり、あまり使われていない感覚・チャネルを開いていく時間となりました。
また、今回のプログラムにはゲスト陣の1人である賢州さんも含め、お子さんやパートナーも連れ立って参加されている方もいました。
そして、家族と参加すること自体がチャレンジであるということや、家族と私たちが日々と仕組んでいる仕事、これから探求していくホールシステム・リーダーシップもまたつながっているということを共有した上で合宿がスタートしました。
初日のテーマは『ホールシステム・リーダーシップの幕開け〜深くつながる。自分と仲間とシステムと〜』。
分科会を除く本プログラムは4時間ほどでしたが、この3日間をかけて探求していく種が蒔かれ、参加者一人ひとりが深く内面へ潜っていく準備が始まる濃密なインプットの時間でした。
身体とつながる、身体でつながる
オープニングの進行が終わると、まず初めに小笠原和葉さん・杉本匡章さんによる身体ワークが始まりました。
このような導入から、自分たちの身体を液体に戻す時間が設けられました。
2人1組になって一方が床に寝転び、手足を投げ出します。そして、パートナーは腕や脚をきゅうりの塩揉みのように揺すったり、軽くリズミカルに揉みほぐしていきます。
筋肉の緊張、関節の固さなども人によって意識される中、交代しながらペアワークは進みました。
その後、ペアになった2人で背中合わせになり、互いの背中を感じながら呼吸を整えていきます。
人によっては初対面の方と言葉を交わさずコミュニケーションしたわけですが、体感レベルで相手への信頼や理解が深まるのはとても新鮮な体験だったように思います。
この後、匡章さんによる人間五臓説(パンチャ・コーシャ)……ヨーガにおける人間観が紹介されました。
私たちが普段、意識する身体とは一番外側の食物鞘であり、内側に向かうにつれて目に見えない領域や真我(アートマン)へ近づいていきます。
そして、個の根源であるアートマン(Ātman)は、宇宙の原理であるブラフマン(Brahman)につながっており、それらは同一のものであると言います。(梵我一如)
宇宙物理学を修めた和葉さんのガイドによって人体という宇宙にアプローチした後、匡章さんからはヨーガの観点から私たち一人ひとりの身体はその深層で宇宙につながっており、私たちの身体を知ることは外側の世界へも影響を及ぼしうるという話を紹介いただきました。
では、あらためて私たちは今、なぜここにいるのでしょうか?
ここから円座になって、一人ひとりがこの場に対しての期待を話すチェックインの時間となりました。
今、この瞬間とつながる
円座になって一人ひとり語る私たちの中心には、センターピースが置かれています。
この場を象徴するもの、地水火風などを象徴するエレメント、部族の集会における焚き火など、さまざまなものがさまざまな文化圏における円座で中心に置かれますが、初日の時点で置かれていたのは以下のようなものです。
窓の外には広々とした風景が広がり、午後の日の光が会場に降り注ぐ中、私たちは一人ひとりのこの場にきた背景や思い、願いに耳を澄ませていました。
無意識の状態にあるシステムを意識化し、扱う
この場へのチェックインが終わった後は、ナーディアによる『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』の開発背景とポイント、活用に関するお話がありました。
心理学の背景を持ちながらコーチ、組織開発のファシリテーターとしても活動してきたナーディアは、15年前から独自のツール開発にも取り組んできたと言います。
そして、『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』の前にもいくつかのツールを作ったものの、ナーディアが本当に取り組みたいコレクティブ(collective)……個人、組織、国、文化などあらゆる関係性・文脈においても扱うことができ、関係するシステム全体を対象とできるツール開発には至っていませんでした。
そうした経緯を経て今回、対面では本邦初公開となる『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』が出来上がったということでした。
もう一つ、『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』の導入でお話があったのが、以下のような大前提の問いです。
ナーディアのこの問いに対する簡潔な答えは、「私たちが既に所属している無数の、何らかの集団において、心地よく過ごせるようになるため」というものでした。
これまでナーディアは、自身が提供してきたリーダーシップトレーニングにおいて、ある人の家族や生い立ちがいかに人生に影響を与えたかが現れたり、さまざまな深い叡智を得ているはずのリーダーが家庭や自分の秘書にとんでもない振る舞いをしていたり、という場面を目撃してきました。
その最中で、私たちは深いレベルにおいて何らかの集団、文化、システムに属していることに思い当たり、そこからTribe(部族)というコンセプトが立ち上がってきたのだと言います。
そして、自らの可能性を狭めたりするような、何らかの偏りがあったり、部分最適なシステムに無意識に加担するのではなく、Conscious Tribe(意識的な部族)になっていくため、シャーマンの存在にも注目したとのことです。
ナーディアがこれまで見てきたどの先住民族にもシャーマンが存在し、シャーマンは物質的な世界を超えて、精神、自然、宇宙とつながることで集団に貢献していました。
そして、インナーワークは私たちの中に眠るシャーマンのような要素・あり方を解放できるのでは、という思いがあることも、ナーディアはお話しされていました。
ここから、『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』への説明へと進みます。
『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』は、アメリカの思想家でインテグラル理論(Integral Theory)提唱者ケン・ウィルバー氏(Ken Wilber)の四象限と独自の8つの要素を組み合わせによって構成されています。
そして、8つの要素について設定された問いに対する回答をもとに、個人と個人の所属する集団の状態について可視化・把握していきます。
『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』独自の8つの要素とは、以下のようなものです。
各項目ごとに問いが設定され、個人と自分の組織についてポイントをつけていくわけですが、もし個人と組織の間にギャップがあった場合、もし同じ組織の同僚とギャップがあった場合に、そのギャップがなぜ起きるのか?について注目するのも良いと、ナーディアは説明されていました。
なお、日本語版は現在非対応でしたが、英語版ではオンラインアセスメントも可能だとのことです。
また、紹介してきた自身のモデルについて、ナーディアは以下のように表現していました。
ナーディアの示したモデルのすべてが完全な真実のモデルではなく、現実そのものでもありません。ただ、一つの側面を表したものである、という考え方です。
この考え方・表現は書籍『Conscious You』においてもナーディアお気に入りの表現として紹介されています。
お金にフォーカスして内面を扱う
1日目のメインプログラムの最後は、ナーディアによる取り戻しワーク(Reclaming Work)の実演でした。
参加者のお一人が自身の内面の課題を場に提供し、ナーディアがそれを紐解いていくというプロセスです。
取り戻しワーク(Reclaming Work)の原点であるマネーワーク('moneywork')はピーター・カーニック氏が発見・体系化したものであり、ピーターはコンサルタントとしてクライアントに向き合う中で、お金の話をした途端にクライアントの中に葛藤が生まれたり、トラブルが起きたり、その結果不合理な意思決定がなされたり、プロジェクトが失敗する様子を目撃してきたと言います。
こういった問いからピーターは「お金と人との関係」について探求を始め、『私たちは、私たちの一部をお金に投影(projection)している』という気づきから、お金に投影した自分の一部を自分の中に取り戻す(reclaming)介入プロセスであるマネーワーク('moneywork')を体系化しました。
今回のナーディアによる実演の場面では、「私にとってお金は〇〇だ」という表現を「私は〇〇だ」という表現に置き換えてみるところからスタートし、お金に投影していたその人自身の内面体験を紐解いていくこととなりました。
トム・ニクソン著『すべては1人から始まる』のPart3においてもこのプロセスは簡単に紹介されていますが、ここでもナーディアが大切にしたいと語っていたのは、内面のある側面の両極を扱うことでした。
以上、今回のホールシステム・リーダーシップ探求のための前提共有を終え、最後は3人1組になっての感想共有で初日は終了となりました。
なお、自由参加の分科会では「ティール組織」「ホラクラシー」「NVC」「ポリヴェーガル理論」が扱われたほか、朝には匡章さんによるヨーガアクティビティがあることもアナウンスされました。
彩り豊かな実りの秋を味わう
初日の夕食は料理家たかはしよしこさんらSSAW BIEIの皆さんに、季節の幸をふんだんに扱ったフルコースを振る舞っていただきました。
SSAWとはSpring、Summer、Autumn、Winterの頭文字であり、一年を通して旬の幸を使った料理を提供しているというメッセージだとのことでした。
さらに学びを深めたいテーマは何か?
今回の『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ』には、開催の背景でも触れたようにさまざまな専門領域の実践者がゲストとして集っています。
一方で、その豊かな知見のすべてを合宿中の時間で扱うことは難しく、選択制で分科会に参加する時間が設けられ、以下のようなテーマが扱われました。
Day2:システムの声を聴く
2日目のテーマは、『システムの声を聴く』です。
2日目は朝9時から夜19時まで(分科会を含むと22時近くまで)という、1日の時間をフルに活用し、『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』の探求で考えうる、あらゆる体験が詰まった1日となりました。
昨日までの学びと体験の流れを汲みつつ、ランチまでの時間はナーディア、和葉さん、匡章さんからさらに話題提供とワークの実践があり、より探求を深めるためのギアが上がるような感覚を感じていました。
和葉さんからは身体と生命のインテリジェンスを感じるための話題提供と呼吸にフォーカスしたペアワークへの招待。
匡章さんからはグループ全体のシステムと現在地を知るためのコンステレーションワークへの招待。
ナーディアからは書籍第4章でも紹介されているトランスフォーメーション・マップ(The Transformation Map)とインナーワークを進める上で役立つメタファーのシェア。
途中、2人組になって旭神社方面に向かって歩き、これまでの学びを振り返るペアウォークの時間も設けられました。
聖子さんおすすめのレストランでランチを取り、美瑛町のバス観光を行った後は、ナーディアによる取り戻しワーク(Reclaming Work)の実践と、その後は賢州さん、匡章さん、篠原さんがホストを務める3グループに分かれての取り戻しワーク(Reclaming Work)の実践。
取り戻しワーク(Reclaming Work)の体験が参加者間で進む中、翌日の最終日に向けて、参加者一人ひとりの中に「この3日間で自分は何を得て帰るのか?」「この3日間で自分はどんなチャレンジをするのか?」といった次の一歩に向けたエネルギーも沸々と高まっていたように感じられました。
ホールシステム・リーダーシップの核心を掴むヒント
2日目のスタートは、前日の振り返りとこれからの探求の進め方に関して賢州さん、ナーディアから簡単にお話がありました。
はじめに参加者の皆さんは会場内を自由に歩き回り、ホワイトボードに掲げられた模造紙を見て回るギャラリーウォークの時間が設けられました。
その後、参加者の皆さんが円座に戻った後、賢州さんはホールシステム・リーダーシップというものを探求する上で『ティール組織』の事例も簡単に紹介いただきました。
まず、フレデリック・ラルー著『ティール組織』(英治出版)は、全580ページに及ぶ書籍です。
いざページをめくってみると、採用、意思決定、評価、教育などトピックや事例も多種多様で、初めて知った方には「どこから学んでいいのかわからない」「ここに書いてあるすべてを暗記するように理解しなければならないのか」という不安も出てくるかもしれません。
一方で、学んでいく中で「シンプルですね」という感想を持つ方もいらっしゃると言います。
それは、「『ティール組織』がどのようなパラダイムをもたらそうとしているのか?」「『ティール組織』の思想の根底に流れている生命体的なダイナミクスに委ねてみよう」などの核心を掴むことで生まれてくる発想かもしれない、と賢州さんは続けられます。
その核心を掴むことで、そこから組織経営における採用、意思決定、評価、教育などのさまざまな要素に繋がっていることが理解・体得され、さらに探求を進めれば、これまでにないものを新しく発明することすらできるかもしれません。
現在、探求しているホールシステム・リーダーシップもまた、これまでにさまざまな要素が散りばめられているものの、そもそもゲストも含めて現時点で正解がわからないものであり、その核心や本質とはどういったものだろう?と問い続けることで、迷子にならずに探求を進められるかもしれないとお話しされていました。
続いて、ナーディアからはごく簡単にではありますが、『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』の説明の際に触れた四象限についての付け加えがありました。
個と集団、内側と外側で構成されるこの四象限は、世界に溢れかえる事柄・情報を理解・把握する上でとてもシンプルかつパワフルに役立てることができます。
そしてナーディアは、この四象限の図をケン・ウィルバーのオリジナルの形から、自身のクライアントとのやりとりも踏まえて上下逆転させて活用しています。
それは、内側が下にくることで氷山のモデルを書き加えることができ、このような理解が有用だと感じたためだと言います。
氷山は海面に出ている部分はほんの僅かであり、水面化にははるかに巨大な部分が隠れています。そしてこれは、私たち人間の振る舞いにも当てはめられそうです。
私たちの多くは人間関係で悩みますが、人を理解する上で目に見える行動だけを捉えても不十分であり、水面下の氷山のように目に見えない内面に意識を向けることが重要です。
また、互いに相互しあう四象限の中でも、システムを変容させる上で重要なのは、自身の内面から始めることであるともナーディアは続けられました。
この、四象限に氷山を書き加えたモデルは、ナーディアの書籍『Conscious You』においてはトランスフォーメーション・マップ(The Transformation Map)という名称で第4章で紹介されています。
以上のような導入を踏まえつつ、和葉さんにバトンタッチされました。
世界の知覚の仕方を変える身体・生命の叡智
和葉さんは初めに、ご自身の宇宙物理学から身体の世界へやってきた背景をお話しいただきました。
大学院まで宇宙物理学の研究を行い、エンジニアとして生活していたものの、男社会でもあった理系の研究生活の中で期待されている以上のアウトプットを出そうと励んでいた結果、ご自身のアトピーが悪化してしまったのだと言います。
その悪化具合は凄まじく、全身が血だらけになって夜もろくに眠れず、痛さと痒さで息が詰まるほどでした。
「息をしなきゃ」「なんとかしないと」と切迫感に駆られ、心身共にギリギリの中で、治療に専念するべく休職した和葉さん。
治療のためにお医者さんを回り、身体へのアプローチを模索する中でたまたま出会ったのはパワーヨガでした。
まったく予想もしていなかったものの、身体を動かしてどんどん飛んだり跳ねたりポーズも変わったりする中で、本当のリラックスも感じられたと和葉さんはお話しされていました。
そして、身体が本当にリラックスした状態を知ったことで、「エンジニアの仕事はあまり好きじゃなかったのかも」「身体のことをやってるの、好きかも」と考えが及ぶようになりました。
当時、職場に対する不満などもなく、むしろ制度なども充実していて申し分ないと感じていた和葉さん。
なぜ、これほど体調が悪化しているのか本当に見当がつかない状態だったそうですが、身体の感じていたものこそがリアルでした。
このような不調の原因がわからない・身に覚えがないという状態は、現在の和葉さんのクライアントや多くのビジネスパーソンにも見られるものだと言います。
そして、和葉さん自身も本当に身体がリラックスしたり健康的な状態を知ると、それ以降、世界の見え方も変わってきたとのことです。
この、身体は知覚を通して世界を認識しているという考え方は、生物学者であり哲学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル(Jakob Johann Baron von Uexküll)が提唱した「環世界(Umwelt)」に通じます。
まず、私たち人間は世界をありのまま知覚することはできていません。
視認可能な光の波長は限られており、音に関しても限られた周波数のものしか聞き取ることはできません。
一方で、昆虫や動物は人間とはまったく違う感覚器官を備えています。
赤外線や紫外線を知覚することができたり、世界をモノクロ状に知覚したり、超音波によって空間把握やコミュニケーションを行ったりと、同じ世界であっても世界の知覚の仕方が異なります。
この、生物ごとの独自の知覚に応じて体験できる世界をユクスキュルは「環世界(Umwelt)」と呼びました。
この考え方を応用すると、たとえ同じ人間であったとしても身体の状態によって世界の知覚の仕方はまったく違うものとなり、アイデアや発想、これから作り出そうというビジョンすらも身体の状態によって変わってくることが考えられます。
ここから和葉さんの促しにより、身体にいい、楽な姿勢……呼吸が楽にできる姿勢を探りつつ、身体構造から見た呼吸の現実的なイメージを再認識・再構築する時間へと移っていきました。
呼吸は肺で行うものですが、私たちは意外にも肺の大きさをよく知りません。
和葉さんのクライアントには中には拳大と答えた人もいたそうですが、現実的な身体の設計として、肋骨の下には肺が存在します。より具体的には、鎖骨よりやや上から肋骨の下部あたりまで肺が存在します。
そして、脇腹から背中方面に肋骨を探っていくと、その身体の厚みの分だけ肺が位置していることがわかります。
ここからはペアになって軽く相手を横から挟むようにタッチしつつ、鎖骨から胸、脇腹までの縦横の肺の大きさを実感し、呼吸を整えていくワークの時間となりました。
左右の肺の大きさの実感とリアルなボディイメージができてくると、呼吸の仕方や体重の掛け方、歩き方、姿勢まで変わってくるのは驚きの体験でした。
特に印象的だった和葉さんの言葉は、「身体や呼吸はボトムアップでいのちを支え続けてくれている」というものです。
普段、私たちは頭からの指令でトップダウンで身体を動かしているようでいて、心臓の鼓動や呼吸は思考に頼らずボトムアップで私たちの生命を支えています。
時々意識のベクトルを身体に戻し、身体の知性(インテリジェンス)を感じることは、私たちの人や世界への関わり方をより健康的かつ包括的なものにしてくれるかもしれません。
最後、都会では小さく縮こまりがちな姿勢・呼吸、空間認識を、美瑛町の開かれた環境も活かしながら広げ、呼吸を自然界や地球との共同作業として捉え直しながら、この時間を終えていきました。
コンステレーション:場と集団に働くシステムに気づく
和葉さんからバトンタッチした後は、匡章さんのアイデンティティでもあるレインメーカーについてのお話からスタートしました。
奥さんにプロポーズした日も雷雨だったという、重要な日に雨を降らせる雨男であり、レインメーカーを自認する匡章さん。
レインメーカー(Rainmaker)は直訳的な意味では雨乞い師ですが、英語圏では世界を一変させる人、お金や富を雨のように降らせる人といった意味を持つと言います。
また、ユングの著作には雨乞い師に関する興味深い逸話が収録されており、曰く雨乞い師は自身の内面を調和させ、外側に影響したとき、その土地には降るべき雨が降るとのことです。
あり方(Being)を整えることはヨーガ療法士としても重要なポイントであり、あり方(Being)を整えていくことは世界とのつながりを整え、世界に影響を与えることにもつながる、といったお話をシェアいただきました。
和葉さんの促しで呼吸を通じて世界とのつながりを意識し始めた私たちでしたが、ここからは一度外へ出て、このグループや世界に働くシステムを感じる時間を取ることとなりました。
では、私たちの間に働くシステムをどのように体感し、捉えるのか?
匡章さんが紹介してくださったのは、国内外でファミリー・コンステレーション(Family Constellation)やシステミック・コンステレーション(Systemic Constellation)、あるいは単にコンステレーションなどの呼び名で紹介されるコンステレーション(星座)のワークでした。
一度、円陣になって集った私たちの中心には、今回のテーマであるホールシステム・リーダーシップ×コンシャス・ホイールの図が置かれています。
そして、以下の3つの問いが匡章さんに投げかけられ、皆さんそれぞれが、その問いに対して感じたまま、思い思いに「ちょうど良い」「これくらいかな」という位置・向きへ歩いて移動していきました。
興味深いのは、各問いごとに大きく人の位置が入れ替わったり、その場所を選んだ理由もそれぞれまったく背景が異なるというものでした。
中にはテーマが見えないほどぎりぎり遠くまで行く人や、逆に興味津々で覗き込む人も居たりと、率直な現時点の感覚がシステムに反映されていました。
もう1つ興味深かった点としては、まず感覚的に動いてみるが先であり、それを説明する言葉や理由は後からついてくる、というこのワークの特性です。
呼吸のワークの時間に和葉さんから、私たちは日々「頭からのトップダウンによって身体を動かしている」という話もありましたが、このワークは思考や言葉になりきらない感覚を起点に動いたり、人によっては身体が感じたものから動くボトムアップのアプローチにもなりうるもののように感じられました。
以上、私たちそれぞれの探求の現在地を把握する・その場に働くシステムのダイナミクスを体感する時間を経て、ここまでの振り返りの時間へと進みました。
ペアウォーク:折り返しと振り返り
屋内に戻った後は簡単な軽食をしながら休憩の時間もありました。
軽食の準備をしてくれたのは、参加者の皆さんが会場に到着した初日に館内案内もしてくれていた中林美果さんです。
軽食も摘みつつ、篠原さん・和葉さんからペアウォークの案内がありました。
ここまであまりじっくり話せていない2人でペアになり、旭神社を折り返し地点として、1人15分ほどの持ち時間で以下の2つの問いについて思いつくままに話していくというものです。
私は通訳のお1人で、以前は京都で同僚だったグロス昌美さんことDADAさんとペアになり、互いのそれぞれの変化についても語り合いながら旭神社をめざしました。
DADAさんも私も共にそれぞれの地元(愛媛と伊賀)で米作りを営んでいたり、土地に根ざした活動に取り組んでいることもあってか、「神社に行ってこの土地の神様に挨拶しよう」「そうするとようやく、この土地に受け入れてもらえたような気がする」という感覚をすぐに共有できました。
投影と、内なる部屋のメタファー
ランチに向かう前の最後のセッションにて、ナーディアは2つの要素について午後のワークの種蒔きをしました。
インナーワーク全般で使える内なる部屋のメタファーと、投影(projection)という2つの要素についてです。
まず、私たちは生まれた時にたくさんの部屋を内面に持っており、誰もがどの部屋にも自由に出入りすることができました。
ここで言う部屋とは私たちが本来的に備えている感情、または人としての持っている普遍的な欲求(ニーズ)です。
怒り、好奇心、喜びなどさまざまな部屋が私たちの内面にはありますが、子どもたちはものの数分のうちに10もの部屋を行き来し、表現することもできます。
ところが、私たちは成長するに従い、すべての部屋が平等ではないと気づき始めます。
親や学校の先生、友人たちなどの影響によってある特定の部屋は褒められ、喜ばれる一方で、また別の部屋は無視されたり、罰されたり、それによって傷ついたりと言うことを身につけていきます。
すると、次第に私たちはある特定の部屋に滞在することが多くなり、周囲から喜ばれない、それによって非難される部屋には鍵をかけてしまいます。
そして、すっかり大人になる頃には黄色と黒の立ち入り禁止のテープが張り巡らされたような状態になり、入れる部屋はずいぶん少なくなってしまったことに気づくかもしれません。
インナーワークはナーディアにとってこの鍵のかかった部屋を開ける試みであり、ピーター・カーニック氏が体系化したマネーワークやお金をテーマにしたアプローチは、どんな部屋に鍵がかかっているのかを効果的に探しに行けるものだと、ナーディアは話します。
マネーワークはお金に対する人の投影(projection)を取り戻す(reclaiming)ことに役立ちますが、投影の対象はお金に限りません。
投影の対象はパートナーや義理の母、親友、政治家、政府、システムである場合もあり、何か自分を苛立たせるものに人は投影している可能性があります。
「自分のことばかり話している人を見るとイライラする」と感じたら、「自分だってそのように振る舞いたい」という欲求をその人に投影しているのかもしれない、というようにです。
上記のような例以外にもさまざまなパターンが考えられますが、いずれも本当はもっと自分がこうしたいという感情やニーズの部屋に鍵をかけており、それに自分が反応しているからなのかもしれません。
ランチの後の時間は、本格的にこの内なる部屋について扱っていくことをナーディアはアナウンスされ、一同はバスに乗ってランチへ向かいました。
美瑛の景色を満喫するランチタイム
辿り着いたのは、広大な牧草地帯でした。
この位置から振り向くと、ランチの目的地であるフェルム ラ・テール 美瑛です。
中へ入った一同はお待ちかねの昼食に舌鼓を打ちます。
今回、フェルム ラ・テール 美瑛についてお話し頂いたのは専務取締役の細田俊二さん。
細田さんは昼食後の出発間際に集合写真も撮影いただくなど、各地から美瑛に集った私たちを気持ちよく送り出してくださりました。
コンシャス・リチュアルを試してみよう
バスの中で景色を楽しみ、広々とした景色と豊かなランチですっかり満たされた私たちでしたが、会場に戻ってきた私たちにナーディアは「さぁ、立ち上がって!」と促しました。
ナーディアは言います。
「ここから一分間、全力で身体を動かし続けてください。いいですか?」
そして始まりました。
「声も!」
「「「「「「「「「「「「「「「Fooooooooooooo!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
会場に奇声が響き渡り、大人数十名が全力で身体を動かし続けるという狂気的な時間です。
流石にそろそろ全員がくたくたになってきた頃、それは終わりました。
ナーディア曰く、私たちがConscious Tribe(意識的な部族)になっていく上で、それを促してくれるConscious Ritual(意識的な儀式)を持つことは役に立つとのことです。
ワークショップ前におけるチェックインなどもまた、Conscious Ritual(意識的な儀式)と言えるものです。
なお、今回のこの儀式をナーディアはクレイジー・ダンス(crazy dance)と名付けており、オルガと仕事している際もどちらかがある音楽を流すとこの儀式が始まるとお話しされていました。
クレイジー・ダンス(crazy dance)を経るとそれまでとはまったくモードが切り替わり、ここから午前の続きである取り戻しワーク(Reclaiming Work)の時間へと進みました。
取り戻しのパワフルさを体験する
取り戻しワーク(Reclaiming Work)は、まず全体の場でお一人志願者を募り、ナーディアと1対1で進められました。
その後、賢州さん、篠原さん、匡章さんの3名がホストとなって3つのグループが別の部屋へと分かれ、その3グループでそれぞれ取り戻しワーク(Reclaiming Work)が進められました。
各部屋でそれぞれまったく異なるプロセスが進んだようですが、私のいた部屋では「取り戻しを行う人が響く言葉を、支援者はどう見つけるか」「介入していくための入り口をどのように支援者は見極めるか」といった声も出ていました。
私自身は篠原さんのグループでセッションしてもらうこととなり、1対1のやりとりの中の自分の奥底にあってタイミングを逸していた事柄を扱うことができ、取り戻しを扱うことで生まれるエネルギーの大きさも実感することができました。
この時間を共有させていただいた皆さんに本当に感謝したいです。
人生で最も長く付き合ってきた、自身の身体への労いを
取り戻しワーク(Reclaiming Work)を各部屋で終え、夕食後の分科会を除くといよいよ2日目の最後の時間となりました。
2日目の最後は、和葉さんのガイドにより床や背もたれに身体を預けて気持ちの良い呼吸を行います。
取り戻しワーク(Reclaiming Work)では鍵のかかった部屋を開けた人もいたかもしれません。
私たちの身体は、さまざまな経験をしながらその記憶を留め続けてきました。
また、日々の生活で私たちはつい、頭によるトップダウンで身体を扱おうとしますが、私たちの身体は就寝中も心臓が脈打ち、呼吸が繰り返され、ボトムアップで私たちの生命を支え続けてくれています。
私たちの人生において、最も長く時間を共にしてきた身体を労い、優しい眼差しを向け、ゆっくりとリラックスしながら呼吸し、2日目を終えていきました。
美瑛の食材の魅力を引き出す気鋭のモダン韓国料理人手ずからのディナー
2日目のディナーを準備いただいたのは、CHEF-1グランプリ 2022関東ブロック優勝者でもある鄭大羽(チョン・テウ)さん。
鄭大羽さんには、こちらでは載せきれないほど多くの美味しい料理をご提供いただきました。
また、鳥取県からスタッフとしても参加していた丸毛幸太郎さんは彼の義実家である梅津酒造有限会社のエヴァンジェリストも担っており、お酒コーナーが食堂の一角に生まれていました。
今回のまとめはプログラムのプロセスを中心にまとめてきているため、残念ながらこれまでの料理についても詳細にまとめることはできていません。
良きタイミングで、美瑛町ワークショップ料理編のレポートにもチャレンジしたいですね。
分科会での共同ホストが始まる
2日目を経て、分科会の運営にも少し変化が生まれていたように思います。
扱われたテーマとしてはソース原理(Source Principle)、ホラクラシー(Holacracy)、昨晩の続きでNVCとポリヴェーガル理論が挙げられ、合計3つの分科会が生まれました。
そのうち2つ、ホラクラシー分科会とNVC&ポリヴェーガル理論分科会は、参加者も話題提供者として加わり始め、NVC&ポリヴェーガル理論分科会は「健康とは何か?」というテーマについて探求する分科会へと発展していったと言います。
互いに深く知り合い、取り戻しワーク(Reclaming Work)の体験が進むことで、参加者一人ひとりの中で本来持ち合わせていたはずのパワーが発揮されるようになったり、その様子に触発されたりということも生まれてきたのかもしれません。
次第に、互いの専門知やリソース、想い、興味関心を持ち寄りながら、生成的にグループが生まれる準備が整いつつありました。
Day3:響き合うビジョンと助けあいの生態系へ
いよいよ最終日です。3日目のテーマは、『響き合うビジョンと助けあいの生態系へ』。
2日目は朝から夜に至るまで、身体知と人々の集合知、内面世界と環世界、人間界と自然界、身体を瞬間的に動かす緊張のプロセスと楽な姿勢で呼吸を整える緩和のプロセス、取り戻しワーク(Reclaming Work)における両極の取り扱い、家族と共に過ごすことと仕事に取り組むこと……などなど、私たちはさまざまな領域における異なる側面の尊重を実践・体感、あるいはそれらへ挑戦してきました。
これらの実践、体感、挑戦すべてが何らかの形でホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)の探求につながっているように感じられつつも、3日目朝の時点ではそれもまだまだ不確かです。
一方で、2日目のランチ以降の取り戻しワーク(Reclaming Work)は、多くの参加者が自分の本来のパワーを取り戻すことを助け、それを見た方たちへの刺激や勇気づけになっていたように思います。
3日目はこのカオスなプロセスの統合を試み、そこから新しい一歩へチャレンジするための時間となりました。
また、ここまでの2日間を通じて、ゲストによる講義や話題提供から、少しずつ参加者独自の知見の提供や場への提案、分科会などでの創発なども生まれつつありました。
3日目最後のセッションは、この流れを後押しするオープン・スペース・テクノロジー(OST:Open Space Technology)が賢州さんのファシリテーションのもと、実施されました。
思いのある1人ひとりが語りたいテーマを掲げ、分科会をつくる。そして、テーマを掲げなかった人はその時の自身の興味関心やエネルギーの高さによって分科会に参加し、時に自由に移動したり休憩することを可能にするOSTですが、今回は合計12の分科会が表明されました。
OSTの終了から今回、お世話になった会場・美瑛町地域人材育成研修交流センターの片付けと清掃、そこから円座になってのチェックアウトまでの時間はあっという間でしたが、その時間の中にもさまざまな気づき、学び、チャレンジがありました。
以下、ここまで読んでくださった皆さんには最後、「この3日間がどのように収束していったのか?」をご覧いただければと思います。
朝の清々しい空気を身体に取り込む
3日目の午前9時。最後の朝も気持ちの良い天気の中で始まりました。
円形に並べられた椅子に座った皆さんでしたが、和葉さんの促しで椅子を引き、まずは身体をリラックスさせて会場内を歩き回ることになりました。
会場内を歩き回りながら身体の左右の体重のかかり具合、呼吸の浅さ・深さなどを確認しつつ、和葉さんの合図で出会った人と手を繋ぎ、互いの手を引っ張りあっての伸びの時間が始まりました。
しばらく経つと今度は人数を増やしながら手を繋ぎ、次第に組体操のようなポーズになりながら身体をほぐしていきました。
3日間の体験・学びの統合を試みる全体ダイアログ
ボディワークを挟んだ後は円座になって目を閉じ、これまで過ごしてきた中の自身の体験や学びを反芻しながら、これからの時間に向けて深く内面へと潜っていきます。
上記2つの問いが場に投げかけられ、各々がじっくり自身の内面に耳を澄ませる時間を設けました。
その後、初めのひとりがこの場に投げかけてみたい問い、話してみたいテーマについて語り始めることで対話がスタートする旨が伝えられました。
今ここに、今回の3日間で最初で最後となる、全員が一堂に会してのダイアログが緩やかに始まろうとしていました。
この時、一番初めに口火を切ったのは和葉さんだったと記憶しています。
それは、2日目の取り戻しワーク(Reclaming Work)の途中、なぜナーディアはセッションをしている相手に優しくタッチしたのか?という問いかけでした。
ここから、ナーディアの背景の共有が始まりました。
ナーディアはある日、トラウマを抱えた馬たちを相手にする男性の姿を映したYouTube動画を見る機会があったと言います。
その男性の周りには何頭もの馬が居たそうですが、20秒ほどの間にその馬たちが皆座り始め、一頭はその男性にしなだれかかっていたというのです。
その光景に驚いたナーディアでしたが、彼のメソッドを聴いてみると、ナーディア自身もセッションの場でクライアントに行っていることと共通していました。
その彼が言うにはトラウマを持った動物は振動数がとても高く、ちょっとした刺激にも敏感に反応してしまうとのこと。
では、その彼が動物たちにどのように接しているかといえば、動物をざわざわさせてしまわないよう自身の思考や感覚を抑え、フラットな状態に持っていくと話したそうです。
ナーディア自身もクライアントに対してそのように接しているのですが、その姿勢について「静かな湖のような状態に自分を整える」という表現で紹介してくれました。
ちなみにこの「静かな湖のような状態」という表現は、京都のある企業を対象にナーディアがセッションした際に出会ったコーチが活用していたものであり、自身の実践に重なる美しい表現として今回ナーディアは私たちに紹介してくれました。
ナーディアはセッションの際、自分自身の内面を波が静まった「静かな湖(calm lake)」のようにまず整えます。
そうすると相手から振動が伝わり、受け取ったそれを自分の身体に反映することで、相手が何をしてほしいか?このシステムは何を欲しているのか?を汲み取るのだと言います。
そして、前日の取り戻しワーク(Reclaming Work)の場面では、その相手は優しいタッチを欲しているのだと感じられ、そうしたとのことでした。
この時、私の脳裏には匡章さんのお話しされていたレインメーカー(Rainmaker)が浮かんでいました。
自身の内面を整え、周囲と調和させることで、その土地に降るべき雨を降らせるという雨乞い師の存在です。
ナーディアからは逆に日本人である私たちに1つの問いかけがありました。
このような旨の問いかけでした。
この問いに対してはさまざまな意見が出てきたのですが、ドイツ人であるナーディアから見た日本人像や、私たち一人ひとりも日本人として貢献できることがあるという感覚は、この3日間で初めて刺激されたポイントだったかもしれません。
「今、私がこの場で探求していきたい問いは何か?」
円座に座っての全体ダイアログがしばらく進められた後、匡章さんは一人ひとりに「今、私がこの場で探求していきたい問いは何か?」という問いを投げかけられました。
それは、「今、この場にはどのような問いが漂っているのか?」「一人ひとりは何を見て、どこへ向かおうとしているのか?」について、場に働くシステムを見にいこうとする試みに感じられました。
その問いはさながら、水面に石を投げかけることでその波紋がどのように動くのかを測るような、そんな気配が感じられるものでした。
この問いが投げかけられた後、私は反射的に参加者の皆さんが一人ひとり語る問いかけやテーマを付箋に書き留め、円座の中心に散りばめていくことにしました。
その後、別会場の準備に向かっていた賢州さんらが緩やかに合流し、私は最後の1人の問いを書き終えたくらいのタイミングで、最後のセッション・オープン・スペース・テクノロジー(OST:Open Space Technology)へ移行していくことになりました。
一歩踏み出した人の勇気を称え、自らも主体的に過ごし方を選択する
オープン・スペース・テクノロジー(OST:Open Space Technology)とは、1985年にハリソン・オーエン氏(Harrison Owen)によって提唱された生成的なダイアログの手法の1つです。
この手法の誕生のきっかけは1983年、ハリソン・オーエン氏が準備を手掛けた250人が集う国際カンファレンスの閉会時に遡ります。
この国際カンファレンスの準備に1年近くかけてきたにも関わらず、オーエン氏には「コーヒーブレイクが一番有意義だった」という声が最も多く寄せられたと言います。
それでは、格式ばった仕立てや仰々しい儀礼のようなプロセスを省略し、率直に皆さんは何をしたいのか?実際のところ何を考えているのか?といったことを話し合える有意義な会議を、どうすればコーヒーブレイクのような雰囲気で行うことができるのか?というオーエン氏の試行錯誤が始まりました。
その結果、生まれた対話の手法がオープン・スペース・テクノロジー(以下、OST)です。
(ちなみに、OSTを活用した4日間に及ぶイベントsummit of summitsが直近の9月に日本で開催されており、そこには今回のホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップのゲストである賢州さん、匡章さんも参加されていました。さらにその振り返り会が11月初めに予定されています。)
OSTの場では、ある話したいテーマや問いを持つ人が自らセッションをホストし、希望者はそのセッションに自由に参加することができます。
移動した先の会場の中央には、テーマを書き出すためのA4用紙と紙用マーカーが準備されていました。
そして、セッションをホストしたい人はテーマを書き出した上で随時参加者に向かって簡単にプレゼンし、セッションをホストする会場と時間帯を参加者に伝えます。
OSTを初めて体験する方も多かったように思いますが、どんどん希望者がセッションのホストになることを希望し、順次プレゼンが行われていきました。
この時間で特に印象的に感じたのは、一人ひとりのあり方や探求のテーマ、そのテーマに対する真摯さやエネルギーが乗ったプレゼンに自然と「おぉ〜!!」という声が上がったり、思わず場に笑顔やこぼれたりというダイナミズムが生まれていたことでした。
そこには、自らの意志で一歩踏み出し、あるセッションを共に語り合いたいというイニシアチブを立ち上げたソース一人ひとりの勇気・あり方への敬意や賞賛が込められていたように思います。
この時間中に書き出されたセッションの数は合計12。
テーマ書き出しの時間中、これからの自由な時間の使い方のヒントとして、以下のような4つの原則と、主体的移動の法則が賢州さんから紹介されました。
これらはOSTにおいて参加者の行動を導く指針であり、これらを意識することで迷子にならずに過ごせると賢州さんから説明がありました。
同時にこれらの指針は、これまでのホールシステム・リーダーシップ探求の文脈やその実践を大いに後押ししてくれるものに感じられました。
OSTにおいてこれらの指針を意識することで、その時々の自分の内面や奥底の関心、体調、集団のダイナミクス、美瑛町にいるという今この瞬間など、自分を取り巻くさまざまな要素とつながり影響しあうこと、そして、最後は自らの意志と選択によって自身の行動のリーダーシップを取るということにつながるためです。
テーマの書き出しとプレゼン、そして会場と時間がある程度出揃ったら、準備は完了です。
この時間以降、OSTの導入部分を担った賢州さんもまたファシリテーターとしての役割を解き、参加者一人ひとりの選択・裁量で過ごし方を決めていくこととなりました。
なお、それでも何か迷った場合は気兼ねなく捕まえてほしいとのアナウンスもあり、ここからランチタイムも挟みながら、この合宿の最後のプログラムの時間が始まりました。
ランチを楽しむ×サプライズゲスト登場×対話を深める
ランチを振舞ってくださったのは、有限会社チカラノが提供するチカラノ食堂の皆さんです。
また、このランチタイムには美瑛町にいらっしゃっていた英治出版の皆さんがサプライズゲスト的に参加されるという一幕もありました。
ランチタイム中のセッションの興味深いテーマとしては、「卓越したファシリテーターが行っている『場を観る』とはどういうことか?について論文にまとめていくための情報やリソースがほしい」というものがありました。
ランチタイム以降もOSTは継続し、会場の各部屋でいくつものセッションが同時並行で営まれます。
また、分科会の会場は屋内に限らず、屋外の旭神社をめざして散歩しながら話すというものも存在しました。
私がたまたま参加したこの分科会のテーマは、『日本文化・宗教観とWhole System Leadership』。
このテーマを立ち上げた匡章さんは、先述したsummit of summits……ピーター・カーニック氏が立ち上げたイニシアチブであり、9月に箱根で開催されたイベントで感じた「日本文化を海外に向けて発信すること」の可能性や、巡り巡ってピーターからsummit of summitsのソースを引き継ぐことになったといったお話も紹介してくれました。
3日間を終え、それぞれのフィールドでの次の一歩へ
OSTの時間も終わり、残すところはチェックアウトのみ……とはならず、篠原さんの促しで会場の片付け・清掃を全員で取り組むこととなりました。
食堂、談話室、会議室、トイレなど、チェックアウトを行うメイン会場を残し、3日間の感謝を込めてみんなでこの場を綺麗に整えていこう、という時間です。
時間を区切って参加者総出で急ピッチの原状回復やゴミの片付けを行い、すっきりとした気持ちで最後、円座へと帰ってきました。
そして、今一度。改めてこの濃密な3日間を振り返り、1人ずつ浮かんだ気持ちや言葉を話していくチェックアウトを行いました。
これにて、ある日の3名の対話から生まれた新しい概念であるホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)の探求と、ナーディアが開発したコンシャス・ホイール(Conscious Wheel)の探求をコラボレーションさせるというチャレンジングな3日間は終了となりました。
なお、このワークショップの詳細ページをよく見ると、希望者の方と北海道美瑛町を堪能するオプショナルツアーが実施されることが明記されています。
美瑛町滞在に余裕があった一部のメンバーは、空港組がバスで会場を発った後に白金 青い池を訪れるなどのツアーも開催されました。
以上のオプショナルツアーを以て、今回の『ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿』の全行程は終了です。
「またこの場所に戻ってきたい」と感じられる本当に豊かな時間を仲間たちと共に過ごすことができ、後ろ髪を引かれながらも美瑛町を発つこととなりました。
終わりに
このまとめを書くと決めた時、何人もの方から「どうまとめられるのか想像がつかない」と言われました。
私自身も「書く」とだけ決めたものの、その全体像はまったく見えない状態にありました。
3日間に及ぶ複雑かつ複合的、複層的かつ生成的に展開したワークショップのプロセスをただ羅列するだけではなく、そのダイナミックさを表現するにはどうすれば良いだろうか?
そんなことも考えながら進めていると、今まで書いたことのない構成を生み出し、それに沿ってまとめに臨むこととなりました。
なぜそうまでして書くのか?といえば、この3日間の学びと体験がゲストにとっても、参加者の皆さんにとっても、もちろん私にとっても大きな転換点、ターニングポイントになると感じたためであり、この感動を未来に届けるために私は「書いて、遺したい」と考えたのでした。
この記事を書き進めるプロセスは、私にとってはまさしく神話学者ジョーゼフ・キャンベルが提唱した英雄の旅(The Hero's Journey)で、時に迷子になり、挫けそうになりながらもこうして書き終え、帰還することができてホッとしています。
今、このまとめを書き終えて思うのは、30000字を超える文字数を費やしてもなお、あの3日間の体験を十分に表現しきれてはいないのではないか?ということです。
このまとめを読んだ3日間の参加者の皆さんからのフィードバックや新たな対話、初めて『ホールシステム・リーダーシップ(Whole System Leadership)』や『コンシャス・ホイール(Conscious Wheel)』について知った皆さんからの率直なフィードバックとこれから共に歩む旅路を通じて、ようやく完成する気がします。(いや、完成することなく次なる探求の旅路が続きそうです)
私にとっても大きな挑戦となった今回のまとめですが、何か感じられたことがありましたらどんなことでも是非、感想をお寄せいただけると幸いです。
そして、このまとめに現れたもの・まだ現れていないものも含めて、もし何か惹かれるものがありましたら、これからの探求の旅路をご一緒していけると嬉しいです。