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【書籍紹介】ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ

今回、ご紹介したい書籍は中土井僚『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』です。

本書は、マサチューセッツ工科大学C.オットー・シャーマー(C.Otto Sharmer)が提唱した「U理論(Theory U)」を国内に紹介・普及啓発され、長年にわたって企業のリーダーシップ開発及び組織開発支援に携わってこられた中土井僚さん(オーセンティックワークス)による書籍です。

5年に及ぶ執筆期間を経て2024年6月に英治出版より出版された本書は、中土井さんのこれまでの研究成果や現場での実践が盛り込まれた、560ページ以上に及ぶ超大作です。

そのため、前提となる情報や関連する知見、何名もの組織学習や組織開発の専門家など、多くの要素が本書内で見受けられます。

今回は、本書『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』について、前提となる背景を紐解きつつ、ご紹介できればと思います。

なお、本書『ビジョンプロセシング』について、中土井僚さんご自身が紹介する5分程度の短めの動画も公開されています。

書籍を読み進めるための勘所を掴むには、こちらも参考にご覧いただくのが良いかもしれません。(実際にある読書会でご一緒した皆さんもこの動画が理解の助けになったという声もありました)


現代の不確実性・複雑性をいかに捉えるか?

本書はビジョンプロセシングの本題に入る前に、中土井さんの以下のような問いから始まりました。

「環境の変化が激しいとはどういうことなのか?」

『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』p22

「現代は環境の変化が激しい時代である」とはよく表現されるものの、一般化したこの表現について改めて問われた時、私たちはその本質をうまく捉えられていないと気づくかもしれません。

本書の冒頭は、VUCAカネヴィンフレームワークといった概念を紐解き、現代を生きる私たちが置かれている状況を丁寧に言語化することからスタートしています。

VUCA

VUCAは、Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた用語であり、不安定で不確実、複雑で曖昧な社会情勢を意味するものです。

元々は1987年にウォーレン・ベニス(Warren Bennis)バート・ナナス(Burt Nanus)戦略的リーダーシップ理論から、アメリカ陸軍士官学校のカリキュラムにて初めて使われた用語でした。

1987年当時は冷戦終結以降の、軍事的・経済的・社会的に不安定で不確実、複雑で曖昧な多国間世界をイメージする必要がありましたが、現在ではビジネスの領域においてネットワーク化とグローバル化、技術革新に伴う流動性、変動性の高い社会を指してVUCAと表現されるようになりました。

では、環境変化が激しいことで何がどうなるのでしょうか?

中土井さんは『ビジョンプロセシング』の中で以下のように表現されています。

「私たちの対応能力を超える形で環境変化が進むことで、次から次へと迫りくる目先の問題に振り回されるだけでなく、対応が後手後手になってしまう。その状態が続く結果、自分たちの首を自ら絞めることになり、手遅れによる破綻を引き起こしうる」

『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』p53

「全知全能ではない人間の認知と能力の限界を超えて起きる混乱が私たちに襲い掛かることで、組織はもちろんのこと、個人の生活にも自己破壊的な問題の発生パターンを常態化させやすくなる」

『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』p58

カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)

カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)は、ウェールズの経営コンサルタント、複雑性科学の研究者であるデイヴ・スノーデン氏(Dave Snowden)らによって開発された、世界の物事の捉え方に関するフレームワークです。
中土井さんは「秩序の有無」という観点から、環境変化の激しさについて紐解く参考になるフレームワークと紹介されていました。

カネヴィン(Cynefin)とは、ウェールズ語で「生息場所」「自分の居場所であるという感覚」などを表す言葉であり、カネヴィンは日本語表記でクネビンとされる場合もあります。

カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)は、自分を取り巻く環境や全く新しい問題に直面した際、これまでにない複雑な状況に突入した際などに適切に状況を把握し、課題解決に向けて最適なアプローチを選択するための5つの領域に関する知見を提供してくれます。

5つの領域とは自明系、煩雑系、複合系、混沌系、混迷で構成され、それぞれの領域において特有の状況とそれに対して効果的なアプローチが異なります。

以下、5つの領域について簡潔に紹介します。

自明系(Clear:かつてはSimple)
安定的で因果関係が誰の目にも明らかな、シンプルなシステム。そのパターンは観察でき、繰り返され、操作することも可能な状況。
有効な関わり方として、実行、ベストプラクティス、標準ルール、マニュアル化などが挙げられます。

コグニティブ・エッジ、田村洋一『不確実な世界を確実に生きる―カネヴィンフレームワークへの招待』Evolving、2018年
The Cynefin Framework―Cognitive Edge

煩雑系(Complicated)
誰が見てもわかるほど単純ではないが、調査分析や事実確認を通じて紐解くことで因果関係を解明し、理解することができる状況。
有効な関わり方として、専門家への相談、調査分析、プロジェクトマネジメント、PDCAなどが挙げられます。

コグニティブ・エッジ、田村洋一『不確実な世界を確実に生きる―カネヴィンフレームワークへの招待』Evolving、2018年

複雑系(Complex:複合系)
因果関係がわからず複雑で、時間が経過してからでしか状況が把握でじゅないもの。流動的であり、小さな1つの変化が予想のつかないさまざまな反応につながりうる状況。
有効な関わり方として、実践、探索、セーフ・フェイル(safe fail:安全な範囲での小さな失敗)を試みるなどが挙げられます。

コグニティブ・エッジ、田村洋一『不確実な世界を確実に生きる―カネヴィンフレームワークへの招待』Evolving、2018年
『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』

カオス(Chaotic:混沌系)
既存のシステムの崩壊や混乱などの差し迫った危機的状況にあり、因果関係の解明や課題の即時解決は困難な状態。戦争、テロリズムその他の災害に類するランダムで混沌とした状況であるため、長居することはできません。
有効な関わり方としては、決断、損害の抑制、秩序の回復、状況を複合系へと移行させ、試行や探索に充てる時間を生み出すことなどが挙げられます。

コグニティブ・エッジ、田村洋一『不確実な世界を確実に生きる―カネヴィンフレームワークへの招待』Evolving、2018年
『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』

混迷(Confused:かつては無秩序/Disorder)
4象限の中心に位置する、他の4つの領域のいずれにも当てはめることができない事柄、状況、領域。取り組みたくない課題が沈んでいる領域であり、課題があっても扱われず、動かなくなっている状態です。
有効な関わり方として、無秩序に沈んでいる厄介な事柄を浮上させ、適切な行動につなげられるサイズに分解することが挙げられます。

コグニティブ・エッジ、田村洋一『不確実な世界を確実に生きる―カネヴィンフレームワークへの招待』Evolving、2018年
『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』

ゴールセッティングからビジョンプロセシングへ

現在の私たちは、自然災害や人口減少、さらにはグローバル超競争や地政学的リスクといった要因によってカネヴィンフレームワークでいうところの非秩序系(複雑-カオス)に否応なく放り込まれてしまい、そこではPDCAなどに代表される計画に基づいたプロセスは限界を抱えやすくなります。そして、計画ではなく「まず、行動」の姿勢も必要となります。

また、次々と降りかかってくる「想定外」「記録的」「甚大な影響」
といった表現で形容される外部環境や、重要かつ緊急の課題に取り組んでいるだけでは、何かを創造することにリソースを充てることができず、いずれ「火消し自滅」に陥ってしまいます。

ビジョンプロセシング(Vision Processing)は、上記のような状況下において、「未来との向き合い方」をアップデートする必要性から生まれてきました。

秩序系(自明-煩雑)で有効であった従来型のゴールセッティング(目標設定:Goal Setting)における「未来との向き合い方」は、計画された現在からの延長線上の結果として定め、手に入れようとする姿勢と言えます。

一方、ビジョンプロセシング(Vision Processing)は、「今、この瞬間に自らを沸き立たせる未来をプロセスとして生き続ける姿勢」に基づいたアプローチです。

ビジョンプロセシングとは?

ビジョンプロセシングの定義

以上、ビジョンプロセシングの前提を見てきました。

ビジョンプロセシングは中土井さんによる造語であり、本書中では以下のような端的な定義が紹介されています。

ビジョンプロセシング
いかなる環境・状況であろうとも、自分自身や周囲の主体性と創造性の解放を可能にする姿勢と手法

『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』p90

秩序系は環境・状況のコントロールが容易であるためやり方(How)の洗練によって対処できますが、VUCAな非秩序系ではやり方(How)の洗練はもちろん、「まず行動」に起こすための「姿勢」、「未来との向き合い方」のパラダイムシフトが必要となります。

そのためには、自分自身の「姿勢」「あり方」に影響する目に見えない領域(認知・思考・文化の領域:国際情勢から組織・部署間の混乱・軋轢、夫婦関係、親子関係まで影響する)も含めて変化の対象となりますが、目に見えない領域には扱いづらい厄介な特性が存在します。

このため、ゴールセッティングと比較して、ビジョンプロセシングは実践が難しくなります。

それでも、ビジョンプロセシングを実践に移せるようになることで、「いつ何時であっても可能性の未来を見据え、何度くじけようとも何度でも立ち上がり、力を合わせながら、創造のための試行錯誤をし続けられるようになる」という状態に近づくことができます。

ビジョンプロセシングの土台

本書中にて、ビジョンプロセシングの核となる原理の土台になっている言葉として、以下の言葉が紹介されています。

『問題を処理する場合、私たちは「望んでいないこと」を取り除こうとする。一方、創造する場合は、「本当に大切にしていること」を存在させようとする。「創造すること」と「問題を処理すること」の根本的な違いは簡単である。これ以上に根本的な違いはほとんどない。』

ピーター・M・センゲ「グローバル経済において望ましい未来を創り出す」

この言葉は「学習する組織(Learning Organization)」という経営・マネジメントコンセプトの提唱者であるピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)によるものであり、『ビジョンプロセシング』著者である中土井さんのこれまでの実践が深く関わっています。

以下、ビジョンプロセシングの実践にも深く関わる「学習する組織(Learning Organization)」、「U理論(Theory U)」についても簡単に紹介します。

「組織学習(Organizational Learning)」の系譜

「学習する組織(Learning Organization)」および「U理論(Theory U)」は、「組織学習(Organizational Learning)」と呼ばれる領域における実践者たちの協働と探求によって生み出されてきた経緯があります。

そして、「学習する組織(Learning Organization)」および「U理論(Theory U)」の発見に連なる組織学習の歩みについては、以下のようにまとめることができます。

1990年8月
ピーター・M・センゲ氏がThe Fifth Disciplineを出版。

1991年9月
ロイヤル・ダッチ・シェル社(現シェル社)の戦略企画部門に所属していたアダム・カヘン氏Adam Kahane)が、南アフリカの民族和解を推進するモンフルー・シナリオ・プロジェクトにファシリテーターとして参画。
アダム・カヘン氏にとってジョセフ・ジャウォースキー氏は当時、社外採用の同僚に当たる存在だった。
このプロジェクト以降、アダム・カヘン氏は企業・政府における問題解決プロセスのオーガナイザー兼ファシリテーターとしての活動を開始する。

1993年
アダム・カヘン氏がシェルを退職し、ジェネロン・コンサルティング(Generon Consulting)を設立。ジョセフ・ジャウォースキー氏とハノーバー保険元社長ビル・オブライエン氏(Bill O’Brien)がパートナーとして、オットー・シャーマー氏がリサーチパートナーとして参画。

1995年6月
ピーター・M・センゲ著『The Fifth Discipline』が『最強組織の法則』として邦訳出版(『The Fifth Discipline』増補改訂版が2011年6月に『学習する組織』として出版。小田理一郎さんが翻訳者として参加)。

1997年4月
ピーター・M・センゲ氏がSoL(The Society for Organizational Learning:組織学習協会)を設立。(後にSoLジャパンが地域コミュニティとして立ち上がり、現在、小田理一郎さんはGlobal SoLの理事、SoLジャパンの理事長を務めている)

2000年1月
オットー・シャーマー氏が『Presencing: Learning From the Future As It Emerges』を発表。
本論文の発表に際し、ピーター・M・センゲ氏、ジョセフ・ジャウォースキー氏、アダム・カヘン氏をはじめとする協働パートナーや、『知識創造企業』著者・野中郁次郎氏、組織心理学の第一人者エドガー・H・シャイン氏Edgar Henry Schein)、組織開発の大家ビル・トルバート氏Bill Tolbert)らへ協力に対する謝辞を述べている。

2001年1月
オットー・シャーマー氏、ピーター・M・センゲ氏が共同執筆した『Community Action Research1』が、『Handbook of Action Research』に寄稿される。

2004年8月
アダム・カヘン氏が『Solving Tough Problems(邦題:それでも、対話を始めよう)』出版。
オットー・シャーマー氏が後に自身の書籍で紹介することとなる3つの複雑性(ダイナミックな複雑性、社会的な複雑性、生成的な複雑性)や、4つの話し方・聞き方について紹介している。また、本書の序文はピーター・M・センゲ氏が担当している。

2005年8月
ピーター・M・センゲ、C.オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティ・スー・フラワーズの4名の共著で『Precense』が出版され、翌年2006年5月に『出現する未来』として邦訳出版される。

上記のような組織学習の系譜も踏まえ、中土井さんは組織学習協会(SoL:Society for Organizational Learning)の共同創設者であり、複数のプロジェクトを協働してきた同僚であるピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)C.オットー・シャーマー(C.Otto Sharmer)の両名の世界観は共通している部分も多く、『学習する組織』と『U理論』の親和性も高いと『ビジョンプロセシング』の中で紹介されています。

共有している世界観の一例としては、今日の組織や団体のリーダーが直面している困難な状況について両名が体系化した3種類の複雑性が挙げられます。

ダイナミックな複雑性(Dynamic Complexity)
原因と結果が相互依存の関係にありながら、時間的・空間的にも遠く離れており、個別対処ではなく、システムを全体として捉える必要がある課題。
ex.地球温暖化・気候変動、パンデミック、人口問題、環境問題

社会的な複雑性(Social Complexity)
複数の集団、組織、領域、国にまたがる関係者のものの見方、利害、世界観が一致しておらず、専門家だけではなく、当事者自身の参加が必要な課題。
ex.グローバルサウス(南北問題)、民族紛争・宗教対立

出現する複雑性(Emerging Complexity)
課題の解決方法が未知であり、課題が常に変化し続け、誰が主要な利害関係者かもわからない非連続な変化。未来が過去の延長線になく、過去の経験から推し量ることができない状況。Generative Complexityとも。

Peter Senge and Claus Otto Scharmer,"Comminity Action Reserch" 24(2001)
Solving Tough Problems: An Open Way of Talking, Listening, and Creating New Realities(2004)
C・オットー・シャーマー 『U理論[第二版]―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(中土井僚訳、由佐美加子訳、英治出版、2017年)
アダム・カヘン『それでも、対話をはじめよう――対立する人たちと共に問題に取り組み、 未来をつくりだす方法』(小田理一郎訳、英治出版、2023年)

なお、これらの複雑性は単独ではなく、多くの場合は複数が絡み合っているため、それによって未来が困難な状況が生まれていると紹介されています。

「学習する組織(Learning Organization)」

学習する組織(Learning Organization)』とは、1990年にマサチューセッツ工科大学のピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)が発表した『The Fifth Discipline The Art and Practice of The Learning Organization』によって広く知られるようになった経営、マネジメントにおけるコンセプトです。

ピーター・M・センゲの『学習する組織』にはまず、『現在のマネジメントの一般的な体系は組織本来の潜在能力を発揮するのではなく、凡庸な結果を生み出してしまう。それは、今日優れた業績を上げているとされる大企業であってもそうなのではないか?』という問いがあります。

マネジメントの一般的体系を支えている今日の組織の設計、管理の仕方、人々の仕事の定め方、教えてこられた考え方や相互作用のあり方は7つの学習障害(learning disabilities)を生み出し、この学習障害を理解するところから、『学習する組織』へと変容していく旅路が始まります。

そして、7つの障害を治癒し、『学習する組織』へと変容するための5つの中核的なディシプリン(The Fifth Discipline)とは以下の要素を指します。

・システム思考(System Thinking)
・自己マスタリー(Personal Mastery)
・メンタル・モデル(Mental Models)
・共有ビジョン(Shared Vision)
・チーム学習(Team Learning)

『学習する組織―システム思考で未来を創造する』(小田理一郎訳、英治出版、2011年)
The Fifth Discipline: The art and practice of the learning organization: Second edition

1990年代にビジネスの領域で紹介された『学習する組織』でしたが、近年では教育の領域でも注目を集めつつあります。

2014年には教育に携わる人々のために書かれた実践書『学習する学校(原題:School That Learn)』が邦訳出版されたほか、2022年12月には、文科省が発行している生徒指導のガイドラインにも『学習する組織』の記述が見受けられます。

文部科学省「生徒指導提要(改訂版)」の第3章「チーム学校による生徒指導体制」では、教職員1人ひとりの生徒指導の力量形成のために学校が「学習する組織」へと変容していく必要性が明記されており、絶えず未来を創り出すために学習と変容を遂げていくチームの重要性を、学校という現場においても強調しています。

「U理論(Theory U)」

U理論(Theory U)』とは、2000年にマサチューセッツ工科大学のC.オットー・シャーマー(C.Otto Sharmer)が発表した論文『Presencing: Learning From the Future As It Emerges』の中で初めて紹介されたプレゼンシング(Presencing)という概念及びプロセスを体系化した理論です。

オットー・シャーマー及び彼の同僚は「あなたの仕事の根底にある問いは何ですか?」という問いから始まるインタビューを学者、起業家、ビジネスパーソン、発明家、科学者、教育者、芸術家など約130名の革新的なリーダーたちに対して行う研究を行いました。

そしてその研究から、繰り返されてきた過去のパターンの延長線上ではない変容・イノベーションを、個人・組織・コミュニティ・社会といったさまざまなレベルで起こすための原理と実践法について明示したU理論(Theory U)が生まれました。

参照:Theory U - Wikipedia

この後、オットー・シャーマーは2007年に『Theory U: Leading from the Future as It Emerges』を出版し、2010年11月に中土井僚さん、由佐美加子さんらの翻訳によって『U理論―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』が英治出版より出版されます。

この、2010年の『U理論』(英治出版)出版をきっかけに、U理論は本格的に国内へと紹介されていくこととなります。

中土井僚さん、由佐美加子さんのお二人はその後も継続的にオットー・シャーマー氏の著作の翻訳出版を続けられ、現在、邦訳出版されているU理論関連書籍には、以下の5冊が挙げられます。

『出現する未来』
『U理論―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』
『出現する未来から導く―U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する』
『U理論[第二版]―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』
『U理論[エッセンシャル版]―人と組織のあり方を根本から問い直し、新たな未来を創造する』

2010年の『U理論』邦訳出版から『ビジョンプロセシング』出版に至るまで、中土井さんはクライアント企業への「U理論」の実践の支援の他、「U理論」普及のための書籍の執筆・出版にも取り組まれてきました。

そのうちの1冊である『人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門』は昨年2024年で出版10周年を迎え、出版10周年記念イベントも開催されました。

ビジョンプロセシングのめざすものとは?

ビジョンプロセシングの土台となっているピーター・M・センゲの言葉から、私たちは創造することと問題を処理することの違いを意識することができるようになりました。

『問題を処理する場合、私たちは「望んでいないこと」を取り除こうとする。一方、創造する場合は、「本当に大切にしていること」を存在させようとする。「創造すること」と「問題を処理すること」の根本的な違いは簡単である。これ以上に根本的な違いはほとんどない。』

ピーター・M・センゲ「グローバル経済において望ましい未来を創り出す」

そして、中土井さんが本書を執筆するにあたって前提となっている「学習する組織(Learning Organization)」、「U理論(Theory U)」についても見てくることができました。

以上を踏まえると、ビジョンプロセシングとは、対処療法に陥りがちな「〈望んでいないこと〉を取り除こうとすること」に嵌まり込むことなく、問題の真因の解決や創造につながる「〈本当に大切にしていること〉を存在させようとする」ことで、一人ひとりの主体性や創造性が継続的に引き出され、持続的な創造へつなげていくための姿勢であり、実践と言えそうです。

ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ

ビジョンプロセシングについてさらに詳しくは、ぜひ書籍をご覧ください。

終わりに

以上、中土井僚 『ビジョンプロセシング―ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』について、本書を取り巻く文脈や経緯も踏まえつつ、まとめてきました。

僚さんとのご縁は、2015年に開催されたU.Lab x Impact Hub Kyoto U理論学習プログラムという3ヶ月の長期プログラムに参加したことがきっかけです。ここで初めて、U理論についてご紹介されている僚さんの存在を意識し始めました。

プログラム参加者たちによって描かれた図

それ以前の私は、関西を中心にワールドカフェをはじめとする対話のワークショップのファシリテーションを各地で行っており、その現場や学びの中で、話し方・聞き方の4つのモードの文脈でオットー・シャーマー博士らの知見に触れていました。

ダウンローディング(Downloading)
人々が、普段自分が言っていること・考えてることを、録音されたものをそのまま再生するようにコミュニケーションを取っている、また、礼儀正しく予測的に話す状態。儀礼的会話(Talking Nice)とも称される段階。

討論(Debating)
自分や相手の意見、考え方をオープンに話す・聞く、また、率直に自分の本音を話すが、合理的・客観的に判断するように聞いたり、相手の意見は聞き入れない状態。論争(Talking Tough)とも称される段階。

対話(Dialoguing)
自己の体験や本心を話し、相手の立場や考えを受け入れながら共感的に聞く、また、内省的に話し、聴いている状態。内省的な対話(Reflective Dialogue)とも称される段階。

プレゼンシング(Precensing)
その場で話されていること全体や、今、その瞬間に現れようとしているものやプロセスに真摯に耳を澄ませ、感じ取り、表現している状態。生成的な対話(Generative Dialogue)とも称される段階。

アダム・カヘン『それでも、対話を始めよう』(英治出版)
C.オットー・シャーマー『U理論[第二版]』(英治出版)
Leadership in the New Economy: Sensing and Actualizing Emerging Futures
Facilitating Breakthrough: How to Remove Obstacles, Bridge Differences, and Move Forward Together
上記の参考文献をもとに作成

その後、私はティール組織(Reinventing Organizations)をはじめとする新しいパラダイムに基づいた組織運営の方法の紹介や記事の執筆なども行うようになりますが、この領域でもまた旅路が交わりました。

『ティール組織』(英治出版)でも取り上げられているホラクラシー(Holacracy)という組織運営法をヨーロッパを中心に紹介・実践されている専門家に、クリスティアーネ・ソイス=シェッラー氏(Christiane Seuhs-Schoeller)という実践者がいます。

2018年にクリスティアーネを日本に招聘したプロジェクトの中で、私は初めて僚さんと対面しました。

その後、僚さんはクリスティアーネの書籍『愛、パワー&パーパス』が邦訳出版される際に推薦の辞を送られ、私はこの『愛、パワー&パーパス』の出版記念イベントのファシリテーターとしてクリスティアーネの叡智を国内のみなさんに紹介することとなりました。

また、2024年2月にはオットー・ラスキー『「人の器」を測るとはどういうことか―成人発達理論における実践的測定手法』(日本能率協会マネジメントセンター)が出版されましたが、僚さんは本書の監訳者を務められており、同年4月には僚さんとご一緒して出版記念イベントを企画・実施しました。

このような経緯を踏まえつつ、5年に及ぶ執筆期間を経て、満を辞して出版されたのが今回ご紹介してきた『ビジョンプロセシング』です。

本書の知恵を読み解くことは、そのまま私自身のこれまでの探求の旅路を振り返ることとなり、本当にありがたい機会となりました。

今回の紹介記事が、みなさんの探求の一助になれば幸いです。

なお、ここまでまとめてきたものは本書『ビジョンプロセシング』を読み進めやすくするための序章のようなものです。

本記事を読み進める中で、気になった点やもう少し深めてみたいテーマなどありましたら、ぜひこちらからや、こちらに記載している連絡先などからお気軽にメッセージいただけると嬉しいです。

さらなる探求のための参考リンク

『ビジョンプロセシング』より「はじめに」全文公開

【書籍紹介】「人の器」を測るとはどういうことか―成人発達理論における実践的測定手法

レポート:NPO法人U Journey 設立記念イベント|意識に基づくシステムチェンジ~Attention→Intention→Agencyで可能性の未来を引き寄せる


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大森 雄貴 / Yuki Omori
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