映画【ノマドランド】 人生を俯瞰で見る一生に1回は観るべき映画
「一人の時間を大切にしよう。そして、自分の人生を選択しよう…」
数年に1本、この作品だけは絶対に見なければならない、と直感する映画があります。3月26日から公開されている「ノマドランド」は、まさにそれにあたる一作。
2週間前に劇場で鑑賞し、記事にしたいと思っていたところで、アカデミー賞で作品賞含む3部門オスカー獲得のニュースが。オスカーを獲ったというのは置いておいたとしても、心の底から「素晴らしい刺激を得た」と思える作品。
おそらく今後の自分の人生に影響を与えるであろう映画です。その魅力をご紹介します。
ノマドランドとは
ノマドランドは車上生活をおくる一人の女性を主人公としたロードムービー。ゴールデングローブ賞2冠を達成し、今週発表されたアカデミー賞では作品賞、そしてクロエ・ジャオ監督(38)が監督賞、主演のフランシス・マクドーマンドさんが主演女優賞を獲得しました。
ジャオ監督は白人以外の女性として初めて監督賞を手にしましたね。中国人監督、そして女性で監督賞を獲る快挙、素晴らしいですね。映画自体本当に素晴らしい作品です。
アカデミー賞は例年自分の感覚と会わない作品が受賞してたりするので、あまり参考にしてませんでしたが、今回は受賞を素直に祝福したいと思います。
物語のあらすじはこんな内容です。
ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。そして夫も病で帰らぬ人に。キャンピングカーに亡き夫との思い出や、人生の全てを詰め込んだ彼女は“現代のノマド(放浪の民)”として車上生活を送ることに。過酷な季節労働の現場を渡り歩き、毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマド生活者たちと心の交流を重ねる。その生活者達も一人ひとり違った人生があり、彼らの人生の途中でファーンの人生と交差する。誇りを持って自由を生きるファーンの旅はどこへ続いているのか。広大な西部の自然の中で自分の人生を探し求めるロードムービー。
この映画のココがスゴイ
1.出演者がノマド生活者=リアルドキュメンタリー
映画を観ているとわからなかったのですが、観終わってなるほどと驚愕したのが出演者達が本当のノマド生活を送っている人たちだったという事実。主要な出演者の2人(フランシス・マクドーマンドとデビッド・ストラザーン)以外は「実際のノマド生活者」。要するに素人です。でもそれを感じさせない演出が素晴らしい。
実際にノマドライフを送っている彼・彼女らに、ジャオ監督はその人の物語を語らせ、そのリアルな言葉をうまくつなげて物語に仕上げています。そこには演技を超えた「説得力」があり、「本当の人生」が描かれています。その手腕が素晴らしい。
フィクションとドキュメンタリーの中間でうまくバランスを取り、映画としてのエンターテイメントと、社会課題のリアルな現実を浮き上がらせているところがスゴイです。
2.主演の表情、仕草、全てに圧倒
主演はフランシス・マクドーマンド。もはや無敵の女優ですよね。「ファーゴ」「スリー・ビルボード」で2度のアカデミー賞主演女優賞に輝いているスゴイ俳優さんです。
彼女の演技はシリアスさの中にチャーミングさを感じさせてくれます。今回の役もハウスレスという安息の家を持たないという立場であり、先々の不安や全てを一人で解決していかなければならないストレスなど、重圧を感じざるを得ない役回り。
それを十分に表現しながら、親しみやチャーミングなお茶目さ、ユーモラスな笑いを差し込み、非常に人間味あふれるキャラクターを演じきっています。
映画の中で「ファーンという人生」を生きている、とも言える圧巻の演技に脱帽です。ちなみに、ファーンのキャンピングカーには、マクドーマンドの実際の私物が多く持ち込まれ、彼女の実生活や実体験が色濃く映画に反映されているそうです。
3.何もない、ただ人生がある。だから没入する
この映画は派手な演出やアクションなどを楽しむいわゆるハリウッド映画と思って見ると大やけどをします。というのも108分の映画の中ではアクションはなく、恋模様が描かれるわけでもなく、壮大などんでん返しが用意されているわけではないからです。とても静かな映画です。
しかし、とてつもない没入感を感じられる極めて稀有な存在の映画です。それを可能にしてくれているのが映像と音楽(環境音)の調和。
ノマドライフを送るファーンは様々な場所をめぐり、その先々で素晴らしい風景を目にします。この映画では逆光のアングルが非常に印象的に使われています。
心に染みる風景、そして焚き火を囲んで静かに過ごす時間、様々な自然が生み出した地形の素晴らしさなどを観ることで、鑑賞中は映画に没入することになります。
おそらく、映画館で観るのと家で観るのとで大きく評価が変わる作品。是非、抜群の没入体験を劇場で楽しんでいただきたい作品です。
4.人は出会い、別れ、また出会う
今作のテーマはノマド。放浪する人を意味するこの言葉。日本ではノマドワーカーという言葉で使ったりしますね。
劇中に出てくるノマド生活者は一人ひとりがその生活を選んで生きています。劇中の印象的な言葉に「ホームレスではなく、ハウスレス。別物よ。」というセリフがあります。家がないだけ、でも心が戻るホームはある。ホームは彼らの心の中にあるのだということが伝わってきます。
そして、この映画で印象的に使われているもう一つの言葉。
“See you down the road”
「また人生のどこかで会いましょう」。
つまりノマドの人たちは決してサヨナラとは言わないのです。人生は続いていくし、またお互いの人生が交わることがある。それぞれの人生を楽しみましょう、という共通した思いが根底に下支えているように感じます。
5.孤独ではなく孤高という生き方
主人公を含め、ノマドライフを送る登場人物たちはみな、自分でノマドを「選んで」生きています。「人間の最大の尊厳は『選択』である」、という言葉に先日出会いましたが、正にそれを地で行く映画の中の人達。
ノマドライフは決して簡単ではなく、不安もつきまといます。そんな生活を自ら「選んで」生きている登場人物達はみなどこか幸せそうです。
主人公のファーンも基本的には人を避けて生きるタイプのようにみえますが、自分の心地よい一定の距離感を保ちながら周囲の人とコミュニケーションをとっています。そして何故か皆から愛されるファーン。
この人付き合いのバランス感覚が観ていてとても心地よいです。自分の選んだ人生だから、誰かに頼りっぱなしになるのではなく自立している。
孤独に見えるノマドライフは「孤独」ではなく「孤高」なのだと思います。自立し、自律する。そしてそんな自分の人生を味わい尽くす。
決して恵まれた環境ではないファーンの人生に憧れを抱いてしまうのは、自らを由りどころにするという意味での「自由さ」があるからだと思います。
この映画から何を受け取るのか
この映画は見る人にとって受ける印象が違うと思います。それは見る側の我々が一人ひとり違う人生を送っているから。
人はみないろんな悩みや課題を抱えながら生きています。そうした悩みや課題のメタファーが映画の中にはたくさん散りばめられています。それらと自分の人生をリンクさせて観ることで、様々な気づきを与えてくれる作品になっていると思います。
私はこの先の人生で「何を大切に生きていくのか」というテーマを深く考えさせられました。
人生の最後に思い描くものは「仕事で達成したこと」でも、「必死の思いで買った車」でもなく、まぶたに焼き付いた素晴らしい風景なのかもしれません。もしそうなら、そうした経験や時間をもっと大切にしたいと改めて思いました。
そしてもう一つ強く感じたのは「一人の時間の偉大さ」です。ファーンは基本一人で生活をしています。自分と向き合い、自分と会話しながら日々を過ごす。時には奇形の岩場を子供のようにはしゃいで飛び回ったり、清流の川をあるがままの姿で飛び込んだり。「自分のしたいこと」を素直に行動にしています。
我々は、社会の中の生活者として、会社の中のサラリーマンとして、家では一人の親として、夫としてなど、「役割」を演じている時間がほとんどです。今日口にした言葉の中で「本当に素の自分が語ったことは?」と聞かれると実は一つもないかもしれません…。
あらゆるしがらみを捨てて、素の自分を開放するには一人になるしかない。ファーンが生き生きと生活している姿を観て、もっと一人の時間を味わおうと強く思いました。
まとめ
この映画は万人ウケする映画ではありません。一般的なエンターテイメント映画を期待して観ると大やけどをします。
ノマド(遊牧民)の生き方というモチーフを通して、登場人物たちの「人生」に触れることで、人が生きるってどういうことかを問う作品です。
そして、何か答えが提示されるわけでもありません。何を感じ、何を持ち帰るかは自分次第、というちょっと難易度高めの作品かもしれません。しかし見ればきっと、何かが心に残る作品だと思います。
他の映画では味わえない没入感を感じられる稀有な作品であることは間違いないと思います。脚本の秀逸さ、登場人物たちの人生を感じる演技、数々の自然の美しさ、心に染みる音楽や音。それらを「感じ」に是非劇場に足を向けてみてはと思います。
久しぶりに心に響く、至極の映画体験でした。おそらく本年度、最も劇場で鑑賞するべきであろう作品。今は非常事態宣言下で鑑賞しにくいタイミングかもしれませんが、落ち着いたタイミングで、是非。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
“See you down the road”
今回、久しぶりの映画レビュー記事でした。過去の記事もお読みいただければ嬉しいです。